第4話【さよなら家族】
「返せ」
「かえせ」
「かえせ」
「カえセ」
鬼灯の家を占拠する顔のない怪物は、驚くほど細い腕を伸ばしてユーイルに庇われる鬼灯を捕まえようとする。
銀髪赤眼の男子生徒――ユーイル・エネンは、無様に鬼灯へ追い縋る顔のない怪物を眺めて「フン」とつまらなさそうに鼻を鳴らした。
逆手に握りしめた銀色のナイフを一閃すれば、顔のない怪物が伸ばす腕が地面に落ちる。切断面から漏れるのは鮮血ではなく、禍々しい印象のある黒い靄。
「ぎゃあああああ」
「ぎゃあああああああ」
「ぎゃあああああああ」
「ぎゃあああああああ」
顔のない怪物の口ではないどこかから、耳を塞ぎたくなるような悍ましい絶叫が放たれる。
「馬鹿正直に手を伸ばしてくるとは、よほど食べられたいようだな」
ユーイルは悠々と悲鳴を上げる怪物へ歩み寄り、まずは地面に落ちた腕を拾い上げる。
節くれだった指先がユーイルから逃げるようにジタバタと暴れ回るが、それを押さえつけてまずは人差し指に齧り付く。
幽霊相手では骨の硬ささえ意味をなさないのか、簡単に食い千切られて少年の口から嫌な音が聞こえてくる。
ごきごき、ごりごり。
ごきごき、ごりゅごりゅ。
骨を噛み砕き、肉をすり潰し、そうしてユーイルは怪物の指先を嚥下する。
「ふむ、刺激のある味だな。恐怖心がいい調味料となっている」
ユーイルは怪物の腕を順調に胃袋へ収めていくと、
「鬼灯の両親のフリをするのは楽しかったか? たまたま葬式で見かけただけの少女に同情した訳ではなく、いつか成長した暁に、その身体を乗っ取ろうとしたのだろう?」
残念だったなぁ、とユーイルの嘲笑う声が、鬼灯の耳朶に触れる。
「父親と母親のフリをして幼い少女を乗っ取る為に一生懸命育てたのになぁ、本当に残念だ。オマエたちはこれから、オレに食われるのだ」
腕を全て胃袋に収めて、ユーイルは銀色のナイフを握り直す。
勝ち目はない。どう足掻いても、顔のない怪物が銀髪赤眼の男子生徒に敵う訳がないのだ。
これは少年漫画ではない。幽霊同士の熱い戦いなどある訳がなく、ただそこにあるのは男子生徒の悪霊による食事の風景だけだ。
「ほおずき」
「鬼灯」
「ほお、ずきぃ」
「ほー、ずき」
顔のない怪物は、黒い靄を噴き出す腕を揺らしながら鬼灯の名前を連呼する。
まるで助けを呼んでいるようだ。
今まで育ててやったんだから、助けてくれと言っているようだ。
地面に座り込む鬼灯は、顔のない怪物を真っ直ぐに見据える。
眼球も、鼻も、口も、ぐちゃぐちゃにすり潰されて真っ平らとなった悍ましい顔面。ボロボロで血が滲んだ衣服を纏い、小枝のように細い手足で立っている。
細い手足に似合わず頭は大きく、髪の毛はボサボサだ。事故に遭った人間の幽霊が鬼灯の前に現れたと説明されれば納得できそうな出立ちではある。
確かに、彼らは家族かもしれない。何もせず、鬼灯を監視するかのように家へ居座り続けた怪物たちは、鬼灯の家族と呼べるのかもしれない。
「助けると思った?」
鬼灯は吐き捨てる。
「何もしなかったのに家族ヅラしないでよ」
何もしなかった上に、身体を乗っ取ろうとしたなんて。
「どこの誰か知らない奴に、あげる訳ないでしょ」
鬼灯は顔のない怪物を睨みつけ、言う。
「さようなら」
別れの言葉を告げると同時に、ユーイルの銀色のナイフの切先が顔のない怪物に突き刺さる。
ナイフとは思えない切れ味で持って喉元を引き裂き、銀髪赤眼の男子生徒の手によって解体されて、食われていく。
ただの食事と化した怪物たちがユーイルに食われていく様子を、鬼灯はただ呆然と眺めているしかなかった。
☆
顔のない怪物は、断末魔さえ上げずにユーイルの胃袋へ収まった。
怪物だけではなく、家の中にいた首吊りの男性と自分の腕を切り刻む女性の幽霊もついでとばかりに食われた。
鬼灯の自宅を占拠する怪物たちは食ったはずなのに、何故か頭上に広がる空は毒々しい赤い色をしたままだ。住人の姿は見えず、周囲も恐ろしいほど静かなままだ。
ペタンと地面に座り込んだままの鬼灯は、ゆるゆると顔を上げる。
「鬼灯よ」
怪物の足を掴んだ状態のユーイルが、目の前に立っている。
「しけた顔をしているな。そんなに家族を食われるのが嫌だったか」
「あんなの家族じゃないわよ……」
鬼灯はユーイルから視線を外すと、
「みんな死んだもの」
「そうか、そうか」
ユーイルは鷹揚に頷き、
「ではいつまで経っても元の世界に戻れないのは、どう説明する?」
「知らない」
「だろうな。オマエは何も知らん。知らんからずっとこの部屋に住んでいた」
「どういう意味よ」
鬼灯はユーイルを睨みつければ、彼は「はははは」と腹を抱えて笑う。
「オマエは随分と鈍いな、鈍ちんだ。鈍感すぎて笑うしかないぞ」
「貴方はいつも説明がないわよね」
「幽霊を引き寄せるオマエは、まさか事故物件も引き寄せるとはなあ。いやはや、オマエはやはりオレの食事の為に存在していると言っても過言ではない!!」
ユーイルは身体を折り曲げて笑うと、
「今まで無事だったのが不思議なぐらいだ。オマエは幽霊を引き寄せる不幸な体質の割に、自分自身だけが助かる術を身につけているようだ」
そう言って、彼はある方向を指差した。
鬼灯の自宅だ。
開け放たれたままとなっている扉の向こうは真っ黒に塗り潰され、その先が見えなくなってしまっている。明かりがついていないとしても、もう少し何か見えてもいいのに。
ユーイルは実に愉快そうに、
「まだいるぞ、オマエの家に」




