第6話【旧校舎の怪】
「この馬鹿タレめ」
旧校舎のとある教室に黒海音弥を正座させ、銀髪赤眼の男子生徒――ユーイル・エネンは吐き捨てる。
「いつまで経っても同級生のことを忘れられんとは何事だ。オレは自分自身の誤ちで幽霊になってしまったのだから、オマエが気にすることなど何もない」
「でも」
「でももクソもあるか。オマエは何も悪くない、このオレが言っているのだから間違いはないのだ」
しょんぼりと肩を落とす音弥に、ユーイルは深々とため息を吐く。
同級生同士の説教を眺める鬼灯と永遠子は、完全に置いてけぼりである。
過去にユーイルと音弥は同級生であり、旧校舎の噂を確かめるべく侵入してしまったユーイルを音弥は止められなかった。それを後悔しているので、今までずっと謝りたかったらしい。
――止められなくてごめん、見殺しにしてごめんと。
「馬鹿らしい」
ユーイルはフンと鼻を鳴らすと、
「オレはオマエが『行ってほしくない』『行かないで』と求めたところで旧校舎に侵入し、同じ末路を辿っただろうよ。オレの性格を知っていれば分かるだろうに」
「…………そうだな」
音弥は納得したように応じる。
本来のユーイル・エネンという男子生徒を正しく理解しているからこそ、彼の言葉にも納得が出来たのだ。
側から聞いていると、ユーイルはかなりの問題児だったようだ。鬼灯にはそんな印象を受けた。
音弥は伺うようにユーイルを見上げると、
「入祢」
「何だ」
「また、ここに来たら会ってくれるか」
「お断りだ」
ツーン、とそっぽを向くユーイル。
先程までのいい雰囲気をぶち壊すかのように、この銀髪の男子生徒は「お断りだ」と突っぱねたのだ。
これにはさすがに音弥も「え……」と泣きそうになるし、鬼灯も永遠子もどう反応していいのか分からなかった。大の大人を泣かせる男子高校生の性格の悪さよ。
しかし、ユーイルも理由なしに拒否をした訳ではなかった。
「旧校舎は訪れた人間を喰らう。オマエが旧校舎に入り浸れば、オレと同じ末路を辿るぞ」
ユーイルは音弥の頬を摘むと、
「オレは幽霊になったオマエと楽しく過ごしたくない。オマエは生きているのだから、綺麗な嫁でも見つけて子供と孫に囲まれて健やかに死ね」
長めの前髪の隙間から覗く黒曜石の双眸を瞬かせる音弥に、ユーイルは仕方なさそうに笑いかけた。
「それまでは、愚痴にでも何でも付き合ってやろうではないか。オマエは理科準備室にいるだろう? たまに遊びに行ってやる」
それから、ユーイルは鬼灯と永遠子まで指を差してきた。
「そこの阿呆どもも連れてな」
「ユーイル、ご飯はいらないんだね」
「なあッ!?」
鬼灯の言葉に驚いたユーイルは、
「何故だ鬼灯、オレに餓死しろと言うのか!!」
「幽霊なんだから死なないでしょ。二度も死ぬとか聞いたことない」
「酷いぞ、オマエに心はないのか!!」
「貴方に優しくして利益があるならいいけど」
飯を寄越せと叫ぶユーイルに、鬼灯は適当にあしらう。
犬も歩けば棒に当たるという表現が正しいように、鬼灯が歩けば幽霊事件に遭遇するのだ。どうせ彼がついてくれば食事の時間となる。
鬼灯とユーイルのやりとりが面白かったのか、黒海音弥は初めて腹を抱えて笑った。
「はははッ!! 入祢、お前って女子高生に振り回されてるのか。昔は女子と正面を切って言い合ってたのになあ!!」
「喧しいぞ、音弥!!」
ウギー、とユーイルは頭を掻き毟って叫んだ。
☆
食事を提供してくれる女子高生と自分の旧友が旧校舎から出ていき、女子高生の親友を自称する小学生が見送りに行った。
旧校舎に残されたのはユーイルだけだ。
伽藍とした教室に佇み、埃を被った教卓に腰掛けて大欠伸。「面倒なことになった」と愚痴を呟くと同時に、それはやってくる。
ぎしっ。
誰もいないはずの旧校舎の廊下に、足音が響く。
ぎしっ。
ぎしっ。
その音は徐々に近づいて、ユーイルの占拠する教室の前まで来た。
――ぎしっ。
足音はそこで途切れる。
ユーイルは教卓に腰掛けたまま、視線を教室の外に向ける。
教室の外には何もなく、誰も立っていない。ただ、埃が降り積もった廊下には誰かの足跡が残っていた。
音もなく赤い瞳を眇めたユーイルは、
「残念だったなぁ」
教室の外に立つ誰かに向けて、ユーイルは不敵に微笑む。
「食えなくて残念だったなぁ」
旧校舎は人間を食うのか?
それはもちろん、本当のことだ。
実際にユーイルは『入祢由縁』と名乗っていた時に旧校舎へ足を踏み入れて、それから食われた。気がつけば身体はなくなり、銀髪赤眼の幽霊になってしまった。
最初は驚いたし、自分の愚かさに嘆いた。友人の黒海音弥が言っていた「洒落にならない」という単語をよく聞いておけばよかったのだ。
「だけどオレの執念を舐めるなよ」
教卓から飛び降りたユーイルは、笑いながら言う。
「以前まではチマチマと人間の恐怖心だけを餌にしてきたが、幽霊を食って力をつければオマエもいつか食えるだろう?」
嗚呼、その時が非常に楽しみだ。
ユーイルは炯々と輝く赤い瞳で教室の外を見つめながら、相手の反応を待った。
教室の外につけられた誰かの足跡は、ゆっくりと消えていく。ユーイルの食欲に恐れをなしたか、それとも。
やってみろ。
おそらくだが、旧校舎はユーイルの宣戦布告を正しく受け取った。
「ああ、腹が減ったな」
古ぼけた天井を見上げて、旧校舎に取り残された男子高校生は呟く。




