その1
「スクナビコナ」……日本神話における小さな身体の神、少彦名。または、縮小・復元器によって身長5ミリメートルに縮小された人々とその世界。別名「スクナビ」
「スクナビ」の始まりは、明治31年に京都帝国大学・柴田龍三郎教授が、シバジウムを使って物体の縮小・復元を可能とする「柴田理論」を発表してからである。
柴田教授は明治39年に没するが、その志を受け継いだ京都帝国大学・井上重蔵教授が、明治40年に物体の安定した縮小・復元を成功させた。
成功の鍵は縮小率にあった。生物や物質を元の大きさの0.0285倍(約1/350)とすることによって縮小は安定し、復元後も異常がないことが確認された。また、この倍率で縮小した場合、縮小後の生命活動に影響がなく、縮小・復元の回数に制限がないことも判明した。
井上教授は、助手の学生に対して「物体を縮小・復元させることは、現在のいかなる科学理論でも解明できない部分があり、これは、まさに神の意思によるものだ」と説明したことから、物体の縮小・復元にまつわる解明不可能な現象は「神の意思」と呼ばれるようになった。
「神の意思」の代表例は、「スクナビ」が独自で設計した工業製品が、まともに動かないことである。ところが、縮小されていない世界で使用されている工業製品を「スクナビ」で再設計して製造すると設計どおりに動く。この謎はいまだに解明されていない。
現在にいたる「スクナビ」社会は、大正10年から始まった。
この年、大日本帝国政府は、これまで過剰な労働力をブラジルなどへ移民させる政策を行ってきたが、同様に希望者を縮小させ、縮小世界を開拓する移民政策を始めた。そして、縮小世界の町を各地の有力者に管理させた。
この政策は神話に出てくる小さな神の名前をとって「スクナビコナ(少彦名)」政策と呼ばれ、縮小した人間や縮小世界のことを単に「スクナビコナ」あるいは短縮して「スクナビ」と呼ばれるようになった。なお、「スクナビ」に対する普通の大きさの人や世界のことは「ダイダラ」と呼ばれた。
その後の10年間に「スクナビ」になった人々は約一千万人に達し、日本各地に数十人規模の「ハウス・コロニー」と呼ばれる小さなコロニーから、数百万人規模の大規模な「メガ・コロニー」まで様々なコロニーが形成された。
また、これらの土地と資金を提供できる有力者は限られており、その有力者は、しだいに「スクナビ」世界で支配階級を形成していった。
昭和11年は、「スクナビ」世界にとって激動の年であった。静岡県沼津市の有力者、斉藤彰英が自ら国王を名乗り、周辺に点在したコロニーを統合して香貫王国の樹立を宣言したのである。
大日本帝国政府は対外政策に忙殺されていたため、これを黙認した。このため各地の大規模なコロニーは、周辺の中小コロニーを取り込んで次々と国家を樹立していった。
こうして新しく樹立された国々は、さらなる権益の獲得と、他国からの侵略を恐れて互いに争い、際限のない軍拡競争を行った。
この争いは、現在でも続いている。
この、混沌として戦火の絶えない「スクナビ」世界は「スクナビ」同士の争いのほかにも危険がある。
大きな人々「ダイダラ」では何でもないことが「スクナビ」の命を左右する。「ダイダラ」であれば捕食性の昆虫、鳥、魚などに命を奪われることはない。ちょっとした雨で溺れ死ぬ心配もない。ちょっとした風で吹き飛ばされることもない。それでも多くの人々が、毎日「スクナビ」の世界に移住してくる。
なぜ人々は危険を承知で「スクナビ」に移住してくるのであろうか?
それは、「スクナビ」世界が未だ発展途上にあり、無限の可能性を秘めたフロンティアだからである。人間は、身体が小さくなっても欲望まで小さくなることはない。力が正義の世界。それが「スクナビ」の世界なのである。
この「スクナビ」世界で新たな戦いが始まろうとしていた。