第三章 うつろな魂 (4)
さて、そんなときだ。
ヒロシが、あの噂を聞きつけたのは。
この大都会の裏手に、ひっそりと電気部品を商う、まるでかつての秋葉原の裏通りに並んでいたような怪しいジャンク・ショップがある。ヒロシは、なんだか懐かしく、また電子機器も好きなので、暇な時間になんどかこのショップを訪れ、特になにを買うわけでもなく、雑多に棚に並べられた使い捨てのモバイルフォンやSIMカードや、PCの基盤や筐体などを眺めるのが常だった。
店番をしているのはジムという名の年齢不詳なやせぎすの男で、入ってきた客を無視し、いつもネットに繋いだゲーム機で一人称視点シューターに熱中していた。
その日、いつものようにヒロシが店を訪れ、棚に置いてあったビデオボードを手にして眺めていたとき、ジムが手元で忙しくコントローラを操作しながら、めんどくさそうにヒロシに話しかけた。
「あんた、街に来てる日本のテレビ局のクルーなんだろ?」
ジムは、ヒロシのほうを見ずに言った。ヒロシは無言で頷いたが、ジムはその眼を画面に釘付けにしたまま、構わず言葉を続けた。
「いつまで居るんだい?もし良かったらよ、ズーロランドの奥地で、ちょいとした特ダネがあるぜ。」
「なんだい、それは?」
ヒロシが興味を示すと、ジムはやっと画面上の虐殺行為を止め、コントローラを置いてヒロシのほうを見た。
「ズーロランドだよ、知ってるだろ?この国の奥地にある、だだっぴろい原野のことだよ。あそこにゃ、どこの国の政府軍も入れない。いわば聖地だ。」
「聞いたことはあるよ。なんでも、凄い峡谷があるんだってね。」
「俺も、行ったことはねえ。命が惜しいからな。でもよ、その奥地の村で、いま、けっこうヤバいことが起こってるんだってよ・・・なにせズーロランドだ。危なっかしすぎて、もうここ数十年、外国のメディアは、なにも取材できてねえ。でもよ、戦乱の前からあったキリスト教の慈善施設がまだ残っててよ、そこに、多数の白人を含む運の悪い連中が、孤立してるんだってよ。」
「孤立?なんの話だい?あそこが戦地だってことは、もう有名な話じゃないか。いまさら孤立だなんて、よくわからないな。」
「それが違うんだよ、日本人さん。」
ジムは、少し得意げに言った。
「いま奴らを取り囲んでいるのは、別に武装組織とかじゃねえ・・・エボラだよ。また、あの病気が出てきやがったんだ。なにせズーロランドさ、どこの国の軍隊も救援組織も入れねえ。現地の人間しか居ねぇんなら、特に騒ぎにもなるめえ。だが、あそこにゃ、まだけっこうな数の白人が居るんだ。それもよ、多くがアメリカ人なんだってよ。」
「あんなとこに、アメリカ人が!」
「なんでも、キリスト教の関係らしいぜ。慈愛だか博愛だか知らねえけどよ・・・他国に余計なちょっかい出すから、こんなことになる。ったく、よしゃあいいのに、難儀なことだよな。」
「で、あんたのいう特ダネってのは、それかい?」
「おう、そうよ。結構な特ダネだろうが・・・で、よ。もし幾ばくか、俺に礼金を払ってくれたら、外国人は誰も知らねえ、現地へと行く近道を教えてやろうって、そういう寸法よ。」
「かんべんしてくれよ・・・僕はただの撮影クルーだ。予算も持ってないし、現地に行くための手段もないよ。」
「まあ、興味がねえんなら、別に構わねえ。だがよ、もしいち早く現地に駆けつけて孤立してるそいつらのインタビューでも撮ってみろ、アメリカの馬鹿なニュースメディアに、けっこうな大金で売れるぞう!お前さんもメディアの端くれならよ、そのくらい、欲をかいても別に撥は当たるめえが。」
「でも、そんな話があるなら、ネットじゃもう騒ぎになってるはずだろ?僕は聞いたことないぞ。」
「そこだよ、そこ。この話の情報ソースは、まじで確かだ。だが、なぜかこのことは、ネットでも一切出てこねえ。俺にもそれが不思議でな・・・理由が知りてえと思ってたんだよ。なんだか、ヤバい裏でもありそうでな。だからよ、勇気のある日本のメディアのサムライ野郎に、ちょいと相談してみたっていう次第よ。別にあんたがサムライじゃねえんなら、構わねえ。この話は忘れろ。」
それきり興味を失ってまた画面の中の戦場に戻っていったジムを後に残して、ヒロシはいったん店を出た。しばらく夜道を歩いてなにごとか考えていたが、ふと、思い出したように端末を懐から取り出し、ネットに繋いだ。そして、Facebookのメッセンジャーを通じて、故国にいるかつての知り合いにメッセージを送る。日本は早朝だったが、相手はもう起きていた。数分もせずに返事が来た。
「興味がある。行ってみろ。当座、必要な金は入金しておく。」
ヒロシは、そのあとしばらく夜道をあてどもなく歩いたが、やがて意を決したように店に戻り、やや驚きの色を浮かべたジムに向かって、財布に残っていた残金のほとんどを突きつけた。そしてズーロランドへの近道の情報を聞き出してホテルに戻り、女性プロデューサーに宛て、これまでの礼と別れの挨拶とを記した便箋を置いた。
行こう。行ってみよう・・・なにが待っているのか、わからないけれど。
ヒロシは思った。
そのあとの彼の旅路のことは、もう少しあとで詳しく語ろう・・・とにかく、いま、ズーロランドの谷間のせせらぎのほとりでバタリと倒れ、愛し合うウルラとサルダの二人を脅かした彼、ヒロシがここにやってきた理由と流れは、だいたい、以上のようなものだった。
要は虚ろな魂が、成り行き任せにあてどもなくさまよい、地球を半周してここまでやって来た、ただそれだけのことなのである。




