第三章 うつろな魂 (2)
途中、立木ひとつ無い荒野の山中の峠を走る乗合いバスでは、なんと山賊の襲撃を受けた。山賊たちは道に阻塞を作ってまずバスを停め、多数のAk-47を突きつけて乗客を全員下ろし、一列に並ばせて持ち物を物色した。そして、その半分ほどだけを奪い、半分を残して彼らを解放した。
ヒロシは、事前に聞いていたので驚かなかった。一切の仕事のないこの地域では、こうした強盗行為が、いわば地域の経済活動の一環として当たり前のように行われている。運悪くたまたまこれに当たってしまったら、抵抗せず、奪われるままにするのがいわば現地の「作法」である。そうすれば、彼らも半分、すなわち乗客たちがこの峠を越えて麓の街まで安全に降りられるほどの必要分は残してくれる・・・皆さんどうかご無事に。そしてまた、いらっしゃい・・・乗客たちは、いわば山賊たちの上得意様なのだ。
だが、乗客の中に混じっていた出稼ぎウイグル人の若い夫婦は、この約束事のことを不幸にもなにも知らなかった。脅えた妻が(おそらく腹に子供がいたこともあろう)、解放の合図を、処刑の始まりと勘違いしてパニックとなり、いきなり走って逃げ始めた。山賊の一人が反射的にAk-47の引鉄を引き、初弾が彼女の後頭部に命中して血しぶきが飛んだ。夫がなにかわからぬ言葉で喚きながら駆け寄り、妻の遺骸に取りすがった。彼女の顔は全部砕けて、なくなっていた。
結局、乗客と運転手は、哀れな彼女の遺骸を毛布にくるみ、バスの側面の大型荷物の格納スペースへ入れて麓に降りた。もちろん、誰も治安機関に届け出る者はいなかった。ウイグル人の夫が、その後どうなったのかヒロシは知らない。
さらにその先の国境地帯では、地元の武装勢力に武器を流す闇商人と知り合い、彼の家に厄介になった。彼は、どうやら日本人は世界一の金持ちであるという、もう十数年前もまえの情報をまだ更新できていないらしかった。美味で豪勢な地元料理で歓待されたあと、ヒロシは、裏庭にしつらえられていた射的場で、実戦仕様のロシア製Ak-47を渡され、生まれてはじめての自動小銃による射撃を楽しんだ。腰だめにしてセミ・オートで撃てば、ほぼすべての弾丸を面白いように的に当てることができた。しかし何の気なしにセレクタをフル・オートにすると、凄まじい反動で銃身が跳ね上がり、弾をあらぬ方向にぶち巻いて家人を慌てさせた。
無邪気に射撃を楽しむヒロシを気に入った武器商人は、(そのときはもう、彼は商売相手にはなり得ないと、自分の判断の誤りに気づいてはいたが)特別に対戦車擲弾を撃たせてやると持ちかけた。
「アール・ピー・ジー?ロール・プレイング・ゲームのこと?」
特に武器に詳しいわけではなかった極東のプログラマーがなんの気なしに発した一言は、この辺境の武器商人に大受けした。おまえ、ほんとに何も知らないんだな。彼は、自分で実際にRPGを撃ち、その威力と、あたりに立ち込める濛々とした砂煙に腰を抜かしたヒロシのあぜんとした顔を楽しんだ。ヒロシは、Ak-47を格安で譲ってやるという武器商人の厚意を謝絶し、ちょっと多めに宿泊費用を押し付けて彼のもとを辞した。
麓の大きな港町で、ヒロシはとある初老の日本人と知り合った。茶を飲んで話すうち、彼は大手商社出身のビジネスマンだと名乗り、昔のつてでアフリカ数カ国の政府要人に顔が利くという。うち二カ国の大臣クラスに袖の下を握らせ、有望な金鉱山とダイヤモンド鉱山の試掘権を、なんと個人名義で取得しているということだった。
試掘し、その鉱山が有望であることをデータで証明できれば、追って本格的な採掘権を日本の大手商社へと売る仲立ちをすることができる。要はブローカーだ。鉱山自体はきわめて有望で、自分が個人名義で押さえている区画の横はロシアの有名な国策企業の領分で、彼らは人工衛星を使ったサーモ走査で鉱脈のデータを取り始めている・・・と、ここで彼は、ちらりと自分の名とその企業グループの名の並んだ試掘計画図を見せた・・・そこにはたしかに、英国の有名なサッカークラブをも買収した世界的企業の名とロゴマークが描いてあった。
ただ彼いわく、まずその試掘を実施するのにまとまった金が要る。そのため自分は年に何度も日本に帰ってスポンサーを探さねばならないが、現地に張り付かせている現地スタッフたちをつなぎ留めておくことが必要だ。どうかその役を引き受けてくれないか。知り合ったばかりでもあるしとりあえず現地までは自費で渡航してほしいが、そこで指定口座に滞在費と手間賃を入れておく。無事に試掘が始まれば、数千万単位の成功報酬も上乗せする。私は老いた。もうこのように頻繁な往復も身体に応えるので、以降はパートナーとして、基本的に現地を取り仕切ってくれないか。とりあえず数ヶ月、自分は日本に居るが、連絡は密に取り合おう。
現地で使われているというフランス語や英語に堪能なヒロシは、その話に乗ることにした。どちらにせよ、そろそろ、人で溢れたアジアに飽きてきたところである。アフリカがどんなところなのか、いちど見てみたい。本当に、話に聞くような無法地帯なのか。貧困地帯なのか。いったい、自分がふらふらと過ごした秋葉原や、かつての、緑に包まれた故郷に較べてどうなのか。
ヒロシは、なんとなく、この破格の冒険が楽しくなってきた。久しぶりに味わう、生きているという実感だ。なにが待っているのかわからない。どんな運命が自分を見舞うのかわからない。もしかしたら、一生使い切れないくらいの富を得て、あとは左うちわの悠々たる異国の人生が待っているのかもしれない。それも悪くない。あるいは、どこか人知れぬ路傍で強盗にでも撃たれて、あのウイグル人の女のような物言わぬ骸になってしまうのかもしれない。まあ、そうなったら、そうなったまでのことだ。いずれにせよ、いまの自分に、明日なんてありはしないのだから。




