第二章 月の谷間にて (3)
ウルラは、左手をうっすらと地上に届く蒼い光にかざして眺めたあと、それをせせらぎに浸け、指と指の間を水が幾つかの筋のようになって流れていくさまを眺めた。そこに、自分がひとつ、新しい世界を作ったような気がして、少しだけ嬉しかった。このズーロランドの大地を、人間ですらないただの飛翔機械から逃げ回っているだけの自分が、はじめて創り出した、小さな小さな独立国だ。
よく考えてみよう。自分を取り巻く、このだだっ広い大地。よくは知らないけれど、ここは大昔からずっと、このままなんだって。そして自分の頭上にぐるりと広がる、色とりどりの砂粒みたいな星々に覆われた天球。そのときのウルラは、天球という概念を知らないが、とにかく、この自分を中心として、周りを取り囲むこの世界が、なんだかすさまじくでっかいものだということだけは身体でわかる。
いま、自分は追われるばかりで、ただ次々と親友を失うばかりで、なにもできないけれど。ただ逃げて、命をつないで、また絶望して、もがいて逃げて、夜の間だけひっそりと息をついて・・・合間にこんなとりとめのないことを考えるだけの、ちっぽけな存在だけれど。そのちっぽけな自分だって、(もっと、すごくちっちゃいけれど)ここに、こんな世界を創ることができる。
飛翔機械どもは、たぶん、こんなことはしない。奴らはただ飛んで、捜索して、標的をロック・オンして、掃射するだけ。奴らにあるのは、破壊だけ。奴らは世界を創ろうとはしない。
自分が生きていられる、あとほんのわずかな時間。そのあいだに、いったい何をしたら良いのだろう。もう、生まれ故郷のことはよく覚えていない。家族のことも。自分にとっては、この戦闘団だけが家族みたいなものだ。そして今や、残された唯一の親友といえる存在は、岸辺の岩に立てかけてある、あの歩槍だけだ。
黒光りするそれは、なにか特殊な塗料で塗られているらしく、一切の光を反射しない。Type 97という名前があり、口径5.56mmの弾丸を29発ほど込めた幅の広いバナナ型の弾倉が嵌めてある。本当は30発入りなのだが、一発減らしておくのが万が一の送弾不良を避けるためのミソだ。いつもセレクターは「2」にしておく。フル・オートマティックで、とうぜんそのまま撃ったらわずか数秒で弾丸を撃ち切ってしまうが、ウルラは指切りの3点バーストが得意だった。いくら弾丸の節約のためとはいえ、1発ずつしか撃てないセミ・オートなんかより、はるかにいい。
こいつはコンパクトで無駄がなく、軽量で、女でも射撃が簡単だ。どこか遠くの、とても大きな国で作られた新式の輸入品で、資力のあるパパ・ドゥンは数年前にこのモデルを大量に買い入れた。膨大な弾薬の補給も、その後、絶え間なく続けられている。補給が滞りなく続けられているということが、極めて大切なことだ。いつだって、手に馴染んだ、おんなじ銃でおんなじ弾丸を撃てるから。その頼もしい支援国の名をとって、この戦闘団での銃の呼び名は、「シャイナ」だ。
周辺の諸勢力は、別の国で設計された、Ak47という古い銃を使う。なんでも、彼らが使っているのは、ウルラたちと同じシャイナで生産されたタイプだとかなんとかいうことだが、詳しいことは、ウルラにはよくわからない (じゃあ、シャイナという国は、あたしたちの、敵なの?味方なの?)。敵が投げ捨てて遺棄していったそれを、ウルラも試し撃ちしたことがあるが、あまりいい銃ではなかった。ずしりと重く、腰のすわりは良いが、やけに発熱が早く、数発撃つと烟や陽炎があたりにもやもやとたちこめてなんだか狙いにくくなる。銃口の真下に、針のような銃剣が作り付けでくっついているのも気に入らなかった・・・こんなもの、誰がいつ使うんだ?
やはり軽量で無駄がなく、まるで身体の一部のようになり、女でも取り回しのしやすいシャイナこそが、最高の銃だ。最良の戦友だ。これを持っている限り、ウルラたちが負けることはない。もし、相手が人間であれば、の話だが・・・。
リーが去り、リリアが死に、いまウルラに残っている親友といえば、ただこの子だけ。この異国から送られてきた、もの言わぬ銃だけだ。この子だけは、絶対にウルラの信頼を裏切らない。ウルラの一部だ。ウルラの生そのものだ。この子は、銃口から火を吐き、標的を潰し、狙ったものをズタズタに引き裂く。やることは破壊かもしれないが、この子は、なにかを破壊することで、ウルラの明日を創り出すのだ。ウルラの生を未来へとつなぐのだ。
だからこの子は・・・ウルラにとって、この世に最後まで残された、最高の親友なのだ。
シャイナは いい子
とっても できる子
なかよくなったら 百発百中
みんなでいっしょに闘おう
オゥイ!オゥイ!俺たちゃ最強!
|おととい来やがれ糞野郎!《ヴァ トゥ フェ-ル アンキュレ》
もう何万回も繰返し繰返し歌ってきた、オルレアン処女戦闘団のスローガンを、ウルラはひとりで節を付けてうたった。別に、誰に対してというわけではなく、あたりの、ズーロランドの闇に向かって。




