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去り際に贈り物を

 あれから俺は真尋さんと合流した。


 俺がマリンちゃんと話している間に買い物を済ませたようだった。

 待たせて怒っているかなと思ったけれど、どこか真尋さんはスッキリした表情をしていた……トイレにでも行ったのだろうか。

 そんなことは置いておいて、俺と真尋さんはスクランブルスクエアから移動することにした。


 電車で移動して、俺と真尋さんは外苑前まで来ていた。

 東京都の中でも、俺は外苑前エリアは割と好きだ。

 都会であることは確かではあるが、緑が多く、また夏には野球場から聞こえてくる金属音や歓声が、都会の喧騒をかき消してくれる。

 何度かプロ野球を見にきた時に来たことがあるが、やっぱり好きだなぁここ。


「この辺に何かあるの?」


「ええ、お店を予約しているの」


「あーなるほど……って、まさかお高いお店じゃないよね!?」


「そこそこリーズナブルよ? ランチだと特に」


「それならよかった。てっきり高級フレンチだとばかり」


「そんなに高級志向じゃないわよ……私をなんだと思ってるの」


「いやぁ〜あはは……」


 見た目的には白金とか麻布十番らへんに住んでそうな雰囲気漂ってるからな。

 まぁ誰にでもリーズナブルなファミレスに来てたくらいだし、その辺の感覚は庶民的なのだろう。


 真尋さんと神宮外苑を歩いていると、金属音が聞こえてくる。

 神宮球場からの音ではない。


「あ、バッティングセンターか……」


 神宮球場近くにバッティングセンターがあることは知っていたが、来たことはなかった。

 バッティングセンターには大人子供、様々な年齢層が白球を打つことを楽しんでいる。

 打つと楽しいもんなぁ。芯食った時の完璧な感覚とか、今でも思い出すだけで気持ちがいい。


「……いきたい?」


「あ、いや! だってお店、予約してるんでしょ?」


「まだ時間あるもの。遊んでいきましょう」


「あ、ありがとう」


 俺が物欲しそうにバッティングセンターを見つめていたせいか、真尋さんに気を遣わせてしまった。

 まあちょっといきたいなって思ってたけど!

 なんだろう……心読むのやめてもらっていいですか?

 なんて、匿名掲示板管理者じみた文言を心の中で吐きつつ、バッティングセンターへと向かった。


 ***


 バットを握るのは高校生ぶり……なんていうことはない。

 実はちょこちょこバッティングセンターにはいく。


「球速は……140kmまであるのか。打てっかな……」


 高校の頃は投手として投げていたものの、バッティングの方が俺は好きだった。

 それこそ、素振りなどは一日も欠かしたことはなかった。


 ガシャン! と、マシンからボールが放たれる。

 捉えようとスイングしたが、やはり久々の実打ということもあり空振りする。


「前のめりに打ちに行っちゃったな……もう少しタメて打ってみよう」


 ネットを挟んで背後には真尋さんの姿がある。

 別にカッコ付けたいわけではないが、元野球人として快音を響かせたい。


 次のボールが放たれる。

 イメージ通りに、フォームが崩れないように、重心がブレないように、振り抜くーー……!



 カィィィィン!!! と、芯を食った金属音が鳴り響く。



「よし、二塁打だな」


 おそらく実戦であればレフトを抜けて、二塁打コースだろう。

 まあ最近走ってないから普通のヒットになるかもしれないが……。


「やっぱ楽しいな」


 残りの十八球。

 凡打もあったものの、気持ちよくバッティングが出来た。

 バッティングセンターに来るときにいつも感じるのは、やはり俺は野球が好きなんだなという気持ちだ。


 一度はボールすら掴めないほどのトラウマになった俺だが、時が経った今は思う。

 あの頃、もう少し俺の気持ちが強ければ、あのままチームメイトと和解し、野球を続けられたのではないかと。

 そんな風に思った。


 ***


 規定の打球数を終えた後、俺はグラさんの元へと向かった。


「お待たせしました。真尋さんも打つ?」


「私は遠慮しておくわ。やったことないもの。それよりも……」


「はい?」


「野球……やっぱり好きなのね。スッキリした顔しているわよ?」


「あはは……まぁ、ね」


 やはりバッティングは、打てた時気持ちいいし、スッキリする。

 ……ん?


「やっぱりって……俺、野球好きって真尋さんに言いましたっけ?」


「うぇ!? い、いいいい言ってたわよ!? あなた、その年でもうボケてしまったのかしら!?」


「さ、さいですか……」


 言ってなかった気がするんだが……まあ、いいか。


 ***


 俺と真尋さんが来たのは、神宮球場付近に位置するロイヤル・カフェというお店だ。

 店内の装飾は、俺のような苦学生には似合わないような洒落た雰囲気であり、如何にも表参道女子や白金マダムが好きそうなお店だ。

 しかし、そんなお洒落で高そうな雰囲気が漂うお店のランチメニューを見てみると、案外そうでもない。

 場所代というものがかかるのが東京という日本の魔境の特性なのであるが、場所代を含めたとしてもなかなかにリーズナブルなのではないか。


 彼女持ちの大学生には是非お勧めしたいお店だな……喜一に教えてやるか、しゃあねーな。


「決まったかしら?」


「俺はこのビーフカレーの……季節野菜を添えて? で」


 なんだこのオサレな名前は。

 ビーフカレーに『〜を添えて』系のがあるとはオラ驚いたぞ。


「ビーフカレーにするのね。私は……モルタデッラとアボカドのチャバタサンドイッチにしようかしら」


 俺なら絶対噛むだろうなその名前。

 店員さんに注文するとき『すみません、も、モルデッタ、じゃなくて、モルタデラとアボカドの茶バターサンドお願いします』みたいになるだろう。


「その……今日一日、どうだったかしら?」


「ん?」


「つまらなかったりしなかった?」


 ……なるほど。

 真尋さんは今日一日付き合わせたことを気にしてるのだろう。


「全然! むしろ楽しかったまである。普段なら絶対行かないだろうところにも来れたし、久々にリフレッシュできたよ」


 お世辞などではない。心の底からの言葉だった。

 普段は大学に行くかバイトに行くか飲みに行くかくらいのしがない大学生であるが故に、こんな風に連れ出してもらえて新しい世界を知れた。


「そう、それはよかった」


 そう言って、真尋さんはふふっと笑みをこぼす。

 彼女が時折見せるその表情は、サングラス越しでもどこか美しくて、思わずドキッとしてしまう。

 ……はあ、俺ってちょろいんかな。


 ***


 日も沈み、辺りは仄暗くなってきた。

 俺と真尋さんは神宮外苑ととぼとぼと歩いていた。


 《《アレ》》を渡すなら今かな。


「真尋さん、帰りは電車?」


「いえ、私はタクシーで帰ろうかしら。電車は苦手なの」


 まさかのタクシー!

 やはりモデルか何かなのだろうか……庶民代表の俺からしたらタクシーどころかなるべくチャリを使いたいところだ。

 なんならここから電車使わないで歩いて帰ろうか迷っているまである。


 おっと、そんなことよりも。


「じゃあ、今のうちに渡しておきますね」


「え?これは……」


 俺が真尋さんに渡したのは、先のスクランブルスクエアのアクセサリーショップでこっそり買った蝶形のブローチだ。

 真尋さんはよく帽子を被ったりグラサンをかけたりしているからわからないが、きっと似合うと思う。いや、間違いない。


「真尋さんに似合うかなって思って!せっかくだし、もらってください」


「……嬉しい。ありがとう」


 喜んでもらえたみたいでよかった。

 もし『何かしらこの変なブローチ?さすがにセンスを疑うわ。土に還りなさい』とか言われたら凹んでたぜ……まあそんなこと言われないだろうけど。


 すると、真尋さんは自分が持っていた紙袋を一つ、俺に渡してきた。


「えっと、これは?」


 さっきの真尋さんみたいな反応になってしまった。


「私からもプレゼントよ。実は、私もこっそり買っておいたの」


「ええ!?」


 まさかの真尋さんからの逆サプライズ。

 袋の中を開けてみると、アイボリー柄のニットだった。


「服なんてしばらく買ってなかったからすごく嬉しいです!ありがとうございます!」


「ちょ!また敬語!……まあ、喜んでもらえて嬉しいけど」


「あ、いけね……」


 真尋さんが小さく笑みを零す。それにつられて俺もなんだか笑ってしまう。

 今日という日がどうなることだろうかと思ったものだが、とても楽しかった。


 真尋さんと一緒にいると心が落ち着くし、楽しい。

 まるで高校時代の真尋さんと話していた時と同じ感覚だ。


 心地良い風に労われつつ、俺と真尋さんは今度こそ帰路についた。


 正直俺はこの日一日で、真尋さんが気になって気になってしょうがなくなってしまったかもしれない。

 またいつか、二人で出かけることが出来たら良いなと、心からそう思った。



 ー---しかし、それから一週間経っても、真尋さんが店にくることはなかった。

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