勇者の嘆き ~俺選択を間違いました~
唐突で悪いが俺の名前はアオツキ タクマ。ちょっと前までは何処にでもいる普通の高校生だったけど今は違う、異世界を救う使命を持った勇者として日夜頑張ってるんだ! と、これだけだと間違いなく頭が残念なかわいそうな奴にしか聞こえないだろうからちゃんと説明するとこうだ。
学校から帰ってる途中で急に地面が光ったと思ったら、いつの間にか知らない石造りの部屋に立ってたんだよ。
その部屋には偉そうなおっさん達がいて、俺を見ると嬉しそうに騒ぎ出すから何なんだと慌てていたら、一際豪華な服を着た偉そうな爺さんが俺に謝り、何でこんな場所にいるのかを教えてくれたんだ。ちなみにその偉そうな爺さんてのは国王様だった。
ここは異世界にあるバフォル王国ていう名前の国で、昔勇者によって封印された魔王が復活して大陸中が大騒ぎになってるそうだ。ここまで言えばもう分かったと思うけど、俺はテンプレよろしく復活した魔王をもう一度封印するために勇者として呼ばれたんだ!
最初はどうせドッキリかなんかだろうと笑っていたら、何と目の前で魔法を使って見せてくれたんだよ! その瞬間、俺のテンションは一気に上がっちまったよ、だって魔法だぜ? 誰でも一度くらいは憧れる魔法があったんだからさ、俺は嬉しくなってつい勇者になることを引き受けちまった!
それから詳しい話を聞くと、俺を元の世界に還す術はないんだそうだ。これには流石に怒ったが宰相や大臣達、まさかの王様までも何度も頭を下げたことと、無事に勇者の役目を終えた暁には公爵位を授爵し、相応の領地も与えてくれると約束してくれたから渋々ながらも許すことにした。
話が決まってからはこの世界の常識や文字なんかを教えられたけど、不思議なことに初めて見るはずの文字なのに自然と読み書きができた。そして待ち待った魔法と武術の訓練だ、魔法はずっと楽しみだったから俺はもう、今までにないほど一生懸命に頑張ったとも!
その甲斐があってか講師達が驚くほど早く魔法を覚えて褒められたな。毎日の訓練のかいあってか俺は大陸でも上位の部類に入るほどの実力をつけることが出来たんだ。
それで講師から報告を受けた王様が「そろそろ魔王退治に出ても良い頃じゃろう」と言って旅立つ日にちを決めると、俺の仲間として一緒に旅をしてくれる事になった三人を紹介してくれたんだけど、これがもう何だね、つい王様に向かってグッジョブ! とか叫びたくなったね、何せ三人とも無茶苦茶良い女だったからだ。
少し気が弱そうな長い艶のある絹糸のような銀髪をしている美少女のマルル。
赤髪で鍛えられ引き締まった体をしているが出るとこは出ている、気が強うそうな美女レイナ。
癖のある金髪をしていて少し大きめのローブを着ているが、その下からでも分かるほど豊満な肢体を誇っている美女ネアン。
別々の魅力を持っている彼女達を見た時、俺は体にまるで電流が走った、これはもうお約束だっ! きっと神様が俺にハーレムを作れ、そう言ってるんだと思ったね。それからは勉強や訓練を前以上に頑張りながらもマルル達と仲良くするために色々と努力したさ。
その努力は実を結んで三人と親密な仲になることができたけど一つだけ大きな問題があったんだ。
それは王国にある騎士団の一つ黄龍団で団長をしているグラウスとか言う名前のおっさんだ。
本当はおっさん呼ばわりするほど老けてないけど俺はわざとそう呼んでる、何故ならこのおっさんはマルル達の婚約者だからだ! 初めてそのことを聞いた時は婚約者がいたのかと落ち込んだりしたけど、話を聞いていくうちにおっさんに対して怒りが湧いてきた。
何でもこの婚約は政治的な判断で成されたもので本人たちの意思とは関係がなかったらしい、そのせいか知らないがおっさんは普段マルル達に冷たくあたっていたらしいのだ! こんなに魅力的な女性達と婚約しておいて何様のつもりだ許せん!
そのくせマルル達の心が自分から離れ、俺に向いていると知ったら急に婚約者面してマルル達を束縛しだしやがったらしい。これじゃマルル達があんまりにも可哀そうだし、何よりも俺と結婚できない、どうやったらおっさんに三人のことを諦めさせられるかと悩んでいたらアッサリとその問題は解決した。
おっさんは年下の俺が自分の婚約者を奪おうとしているのが気に食わなかったのか、無謀なことに勇者である俺に三人を賭けて一騎打ちを申し込んできやがった。
受ける代わりに俺が勝ったら婚約解消に同意し、二度と彼女達には近付かにように約束させることが出来た。
それで一騎打ちの結果はといえば当然のように俺の圧勝で終わったよ。
まあその後は王様にも訳を話してマルル達を正式におっさんから俺の婚約者することが出来たけど、ちょっとした問題もあった。ボロ負けしたおっさんが団長を辞めて行方知れずになったそうだけど俺のせいじゃないぞ、実力差が分からずに戦いを挑んできた、おっさんが全て悪いんだからな。
なんだかんだとあったけど最後の問題も片付いた俺は王様に魔王退治に行くことを伝えると、マルル達と一緒に王都から旅立ったんだ。
今この瞬間からようやく俺の勇者無双とハーレム伝説が始まる、そう信じてな!
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……なんて夢見ていたこともあったけど現実は厳しかったよ……。
あの日、魔王退治するために王都を意気揚々と旅立って早くも三ヶ月、その間にいかに物事を甘く考えていたのかを十分すぎるほどに思い知らされた……。
ん? なんか最初の頃と比べると別人みたいに元気が無いって? ははは……そりゃそうもなるさ、確かに王都を出てから暫くの間は、途中で出くわす魔物なんかも苦労せずアッサリと蹴散らせてたから勇者最強! 俺に敵う奴なんて誰もいないぜヒョッホーー!
とか調子乗って満足していたさ……でもだ、王都を離れ色々な場所に行って、様々な連中と出会って一緒に戦ったりしているうちに気付いたんだよ。
俺は自分が憧れていた勇者無双が出来るほど強くないってことにな。講師達も確かに言っていたさ、俺の力は大陸でも上位に入るほどに強いものだってな……。
それはあくまで上位の部類に入るくらいの強さしかないってことだったんだよ! ハッキリと言って俺と同じくらいの強さの奴なら、名の売れた冒険者達の中にそれなりにいたし、明らかに俺よりも強いと肌で感じれるようなやばい奴にも二回ほど出会ったしな。
もうなんなんだよこれは!? 俺は勇者なのに何で最強じゃないんだよっおかしいだろ! そう思ってイライラとしていたら偶々知り合った冒険者が呆れ顔で教えてくれたんだよ。
勇者に必要なのは戦う力じゃなくて魔王を封印する能力だけ、最低限旅の足手まといにならないだけの力があればそれでいいんだそうだ。
それで俺は気づいたんだ、最初から夢見ていたラノベみたいな勇者無双なんて無理だったてことにな……。
だけどだ、それだけなら何もこんなに落ち込んだりはしなかったさ、最強じゃなくても勇者だし俺の後ろには王国がいるんだからよほど馬鹿なことをしなきゃハーレムくらいは出来るはずだってそう思ったからな。
そう本当の問題は俺が最強じゃなかったことじゃなくて……
「ん? どうしたんだタクマ、そんなに私を見て? あ、もしかしてタクマもこれが食べたかったのか? なら食べさせてやるよ、ほらあ~ん」
俺の視線を勘違いしたレイナが自分が食べていた魚のフライを一切れフォークに刺して俺の口元に運んでくると。
「もう何を勘違いしてるんですかレイナ。タクマさんが見ていたのは貴女ではなく私の方ですよ、そうですよねタクマさん?」
可愛く微笑みながらそう注意するマルルだがよく見れば額に青筋が浮かんでるし手に持っている金属製のナイフとフォークが思いっきリ曲がっている。
「あらあら、それも違うよマルル、彼は貴女達みたいな貧相な女なんて見ていないわよ。彼が見てるのはいつだって私よ」
その豊かな胸をさらに主張するかのように腕を組み、馬鹿にしたように二人を見て笑うネアン。だがその目は氷のよう冷たく刃物のように危険な光があった。
「………」
今俺達が居るのは結構大きな街にある人気の酒場だ、そんな場所で人目もはばからず俺の取り合いをしてバチバチと見えない火花を散らしているのは婚約者になった愛しい……愛しかったはずの女達だ。
三人とも自信満々に笑みを浮かべ自分こそ俺に愛されているんだとばかりに惚気けてみせているせいで周りの視線が凄く痛いんだが気づいてないのか?
『チクショウが、どうしてあんなガキがモテるんだよ! 俺のほうが絶対にあのガキよりも強いってのに!』
『勇者だからに決まってるだろ。けっ、噂だと旅が終わったら爵位と領地をもらって美人の婚約者達と引きこもるんだとよ』
『ていうかあいつだろ? パッと出てきてグラウスさんの女達を寝取りやがった糞ガキっていうのは……』
『他人の女を奪っておいて自分は楽しく暮らすってのかよ、とんだクズ野郎だな、一人になったら皆で殺っちまうか?』
『『『おうっ! 奴に人生の厳しさを教えてやるぜ!』』』
いかにもヤバそうな奴等が額にくっきりと青筋を浮かべてこっちを睨んでるんだけど!? なかには俺を殺す気満々でナイフを取り出して舌なめずりをしている奴までいて怖すぎるんだが!?
頼む、頼むから待ってくれよ! お前らの気持も正直に言えば分かる、なにせ三人ともそれぞれ違った魅力を持つ美人だ。そんな三人に目の前で惚気けられ、取り合いをされているところを見せつけられたら思わず殺気立つのも頷けるさ、少し前の俺ならきっと同じようなことをしていただろう。
だがだ、今は違うぞ! むしろ土下座でも何でもするから代わってくれと頼み込みたいくらいだ!
確かにこの三人は美人だよ! それは俺だって認めているし、こんな美人と結婚できたら幸せだろうなって何度も思ったさ!
でもだお前ら気づいているか? さっきから笑顔で同じテーブルを囲んでいるこいつ等の目が全然笑っていないことに! それどころか背筋が凍りそうなほど強烈な殺気をぶつけ合ってるんだぞ!
ニコニコ笑顔のその裏に恐ろしい般若の顔を隠しながら、昼ドラも真っ青なほどの愛憎劇を繰り返していることを知ってるのかよ!
俺のバカっ! どうして婚約するまで気付かなかったんだよ、こいつ等がこんな重度のヤンデレだったってことに! 泣く泣く勇者無双は諦めてハーレムだけでも叶えようと開き直ったのに、こいつ等のせいでそれすらも不可能だ!
恐ろしく独占欲が強く、俺が他の女とちょっと話をしたりするだけでも邪魔をしやがる。ある時なんて、気の弱い子だったんだろうな、三人が放つ禍々しい殺気に当てられて過呼吸をおこして倒れたこともあった。
流石にこれには文句を言おうとして、マルル達の方を見たけど、残念なが一言も言葉が出てこなかったよ……。
だってさ目線の先にいたのは、まるでこの世全てを呪い尽くそうとしている邪神のような、光のないどこまでも淀んだ瞳に壊れたマネキンみたいな表情をしている三人なんだからな。
そんなことがあってからというもの俺に近づくと危険だって広がったのか、女の子から避けられまくり、たまに寄ってくるのは俺の立場を利用しようと目をギラギラと輝かせる肉食系女子のみだけだが、そいつ等も三人を前にすると怯え尻尾を巻いて逃げ出しちゃうしさ……。
もう嫌だ、こんなヤンデレ共と旅なんかとてもじゃないが無理だ。この際、男でもいいからまともな奴を仲間にしてもらおうと一度戻って王様に頼み込んでみたけどダメだった。
何でもおっさんを慕っていた平民出身の有能な奴等が、おっさんが居なくなった原因である俺に腹を立てて次々と辞めていってしまい、とてもじゃないが俺に回せる人員なんていないんだとか。
最初のうちはごねてみたけど目の下に濃い隈を作りげっそりと痩せ、フラフラになって大量の書類を片付けている姿に何も言えなくなっちまった。
それに王様や大臣達の目が口に出さなくても『これはお前の責任でもあるんだぞ!』そう告げていたから黙って引き下がるしかなかったんだ。
もうこうなりゃ自棄だ! ハーレムも勇者無双もスッパリと諦めて一刻でも魔王を退治して褒美の領地を貰って贅沢三昧して遊んで過ごしてやる、そう考えたがそこで俺はとんでもないことに気付いちまった。
俺が爵位と領地を貰うには魔王を退治するしかないのだが、それは同時にこいつ等と結婚し一緒に暮らさなくちゃならないってことだ。
おっさんから婚約者だった三人を奪っておいて今更、やっぱりいりませんなんて言っても誰も納得してくれるはずがない、だからといってこんながちで危ないヤンデレ共に一生囲まれて生きるのなんて無理だ、なら逃げるか? そんな考えも頭を過ぎったが不可能だ。
例え地の果てまで逃げたとしても絶対に見つけ出されてしまう、そんな嫌な予感がするんだよな……。
そして逃げて捕まったらどうなるか、きっと殺されたほうが幸せだというような悲惨な目に合わせられる可能性が非常に高い! 悔しいがこいつ等の方が俺よりも断然強いんだからな……。
くそっどうればいいんだよっ!? 俺はこのままこのヤンデレ共と一生一緒に生きなくちゃならないのか!? それとも奇跡を信じて逃げ出してひっそりと人目のない山奥にでも隠者のように隠れて暮らすしかないってのか!?
「タクマどうしたのよ、さっきからボ~としてるし、それに顔色も酷いしもしかして体の調子が悪いのかしら?」
心配そうにしながらネアンがテーブルの上に身を乗り出し俺の額に触れて聞いてくるが言えない、もしもどうやったら逃げられるかを考えていたなんて言ったら、きっと俺は……。
「どさくさ紛れに何タクマに触れているんだネアン? 本当にタクマの具合が悪いならそんなことしたらもっと悪くなるだろう、何を考えてるんだ?」
「……それってどう意味か教えてもらえるかしら?」
ミシミシと音が聞こえるほどに強く、俺の額に触れていたネアンの手を掴みながら背筋が凍りそうなほど冷たい声を放つレイナに対してネアンも負けてはいない、見たものを石に変えるという怪物ゴルゴーンも真っ青な目つきでレイナを睨んでいる。
「タクマさん、馬鹿なことをしている二人は放っていおいて具合が悪いなら休んでいたほうがいいですよ。看病なら私が一人で付きっきりでしてあげますからね、そうしましょう!」
「マルル何を図々しことを言ってるのよ、貴女じゃ逆に悪化させるだけよ。ここは私に任せて二人はタクマの体調が治るまで魔物でも退治ていなさい」
「ふん、お前に任せたら色々な意味で危ないだろうが! ここは私が面倒見るから二人は少しどこかに行っていろよ」
「いいえ! がさつなレイナさんや色ボケのネアンさんに私の大切な未来の夫であるタクマさんはお任せ出来ません!」
「「私の夫よ!」」
一人抜け駆けを図り、俺と二人っきりになろうとするマルルだが、そんなことを見過ごすほど甘いレイナ達ではなく結局いつものように三人で言い争いになってしまった。
「あ、あのだな皆、俺の体調なら大丈夫だから。少し食べ過ぎただけで全然風邪とかじゃないからさ、安心してくれよ!」
飛び火するかもしれないから言い争いしている最中の三人には話し掛けたくなんかないが、流石に手にナイフを握り今にも殺し合いを始めそうになってしまったら、そういう分けにもいかないよな……。
「そうですか、それなら良かったです。ですけど本当に無理はしないでくださいね」
「全くだなお前にもしものことがあったらと思うとそれだけで心臓が止まってしまいそうになるからな」
「体は大切にしてね、お願いよ?」
「いやー皆に心配してもらえて嬉しいな、アハハハー……」
取り敢えず一触即発の状況からは離脱できたがまだ互いを目線で牽制し合う三人に俺の精神はガリガリと削られていくし、胃がとても痛いんだけど。
「あら、そんなことは当然よ。ねぇそうでしょう二人共?」
「ああ、その通りだな」
「当たり前ですよ、何今更言ってるんですか」
一斉に俺を見ると笑みを浮かべ幸せそうに、本当に心の底から幸せそうに同時に同じ言葉を口にしたのだ。
「「「私はタクマ(さん)の婚約者だからね」」」
何故だろうか、恥じらうように頬を朱く染めている三人が俺には死の宣告をする死神にしか見えないのだが?
あ~~~こんな事になるなんて分かっていたら、おっさんから無理に奪ったりしなかったのに!
頼むこの通りだ! 神様、おっさん様! どうかこのヤンデレ共から俺を助けてくれ! ハーレムも勇者無双も出来なくてもいいです、少しだけ贅沢な暮らしができれば何も文句も言いませんからこいつ等を俺から引き離してくれよーーーーっ!