:ターゲット、確定:
約束の日、王都は社交界シーズンに突入したばかりだというのに、大通公園は若い男女がひしめいていた。目的は男女の出会い、それも、友人を紹介し合うという古式ゆかしい方法だ。その流れの中に、リズとアンナベルもいた。
きょろきょろと落ち着かない、赤い色のドレスを纏ったアンナベルの傍で、薄いピンクのドレスを着たリズは敢えて無表情を装っていた。社交界のエチケット・ブックに則った振る舞いをする人々ばかりではないことを、リズは長年の経験から熟知していた。
今も、馬に乗った小太りの中年男性がやたら親し気にアンナベルに話しかけてきた。ぱっと見ただけでは爵位が判然としないが、身に着けているものがそれなりに上等であるから、さほど低くはないのだろう――が、社交マナーが大きく欠落しているらしい。
通常、見知らぬレディに男がいきなり話しかけることはないのだ。然るべき人物が間に入って、レディの意向を聞いたのちに引き合わせる。この男のように、
「レディ、ルビーのように美しいですな。公園の中には無数の令嬢が居ますが、あなたの存在は光り輝いている。眩しい。どうです、我がコレクションに加わりませんか?」
と語りかけながらよたよたと馬から降りて、アンナベルに執拗に話しかけるなど、論外である。
しかも、話の内容が下品である。相槌に困ったアンナベルがちらちらとリズに視線を送るので、リズが間に入って会話を引き取る。が、すぐにアンナベルに近寄っていく。これでは社交界では後ろ指をさされまくっているに違いない。
そのうち、アンナベルを馬に乗せようとしはじめたので、リズはいよいよその男が許せなくなった。
アンナベルは、思わぬ男の動きに目と口が丸くなってしまい、体が硬直してしまっている。アンナベルがいくら優秀な学生とはいっても、まだ社交界を経験していないレディなのだ。そのような年若いレディばかりを狙っている男に違いない。
リズは、きりりと眉毛を吊り上げて不躾な男の手を、そっと払った。
「お引き取りください」
「なんだね、君は。私を誰だと思っているのだ」
「わたくしたちは、ここで待ち合わせをしています」
リズのきっぱりした言葉に、男はむっとしたらしかった。
「ほう? 誰とだね?」
男が、口元に嫌な笑みを貼り付けてリズを見下ろす。
「侯爵家のレオンハルト・ゲーアハウス・シェーバーさんですわ。ご存知よね?」
名前を出した途端、その男の顔が引きつった。ははは、と渇いた笑いで後退る。リズとアンナベルが思わず顔を見合わせてしまうほどのうろたえっぷりだ。
「し、失礼した。私のことはできれば閣下には伝えないでいてもらえると助かるよ、ではな」
ぽかんとする二人をその場に残し、妙な男は馬で慌ただしく去っていった。
「ねぇ、アンナベル……今の男、レオのことを閣下、って言ったわね……」
リズの腕にすがったままのアンナベルがリズの呟きにこくりと頷く。
「正式な場でもないのに変よね。何か、格式ばった間柄なのかしらね……アンナベル、何か心当たりある?」
「いいえ、さっぱり……」
レオが何かおかしな人物なのだろうか。だとしたら、アンナベルを紹介するわけにはいかない。今すぐここから立ち去る必要がある。
リズは本気で、傍らにいる、ある意味とても年若い友人を悪しき男どもの手から守らねばならないと思っていた。
令嬢のトップを争うライバル関係だが、アンナベルを貶めたり傷つけたりするつもりはまったくない。出来れば幸せになって欲しいと思う。
そうこうしているうちに、やあ、と、片手をあげながら青年が集団でやって来た。その先頭にいるのが、レオだ。
社交界のマナーに則って互いに挨拶をし、レオが、自分の友人たちにアンナベルとリズとを紹介する。
どうやら男性陣はアンナベルとリズ二人のことを既に知っているらしい。喜色満面である。
そしてたしかに、約束どおりにレオは友人を連れてきていた。
が、その人数が常識から少し外れて大勢だった。彼らは、紳士的な『紹介者』であるレオを押しのけて、アンナベルとリズにわっと迫った。
「ひゃ、あ!」
同世代か少し年上の男たちにぐいっと近寄られてアンナベルは思わず後退る。
「レオ、アンナベルはまだ社交界デビュー前よ! はしたない真似は許さないわよ」
「おっと怒るなよ、仕方ないだろ? こんな美人二人と一気に知り合いになれて大喜びなんだから」
苦笑しながらレオが友人たちを押し下げる。
「……まったくもう。アンナベル、彼らの誰かに噛み付かれそうになったら言うのよ。わたくしが、追い払いますからね!」
リズが言うと、レオの友人の一人がけらけらと笑った。
「勇ましいレディだ。頼りがいがあるじゃないか」
「ええ、わたくしこう見えても、護身用の剣が使えますのよ」
「今度、手合わせを願いたいな」
男女のデートが剣の試合かよ、と、誰かが突っ込みを入れ、その場が一気に和んだ。
「確かにロマンに欠けるな」と笑っている彼は、たしか、ライセン侯爵家の嫡男シュテファン・ゾンマーフェルト・ライセン。男たちの集団の中で、一番光っていた男性だ。
リズの視線が、彼で止まったことに気付いたのだろう、レオがにやりと笑った。
「彼、いいだろう? この国で一番の有望株……いや、皇太子がいるから、その次かな? とにかく、将来は皇太子の側近になるだろうし、金髪碧眼で背も高い。剣術も勉強も問題ない。気持ちのいい男だよ」
ターゲット、確定。今生では、彼の妻になって幸せな人生を送って見せましょう!
「ところでレオ、あなたが本当に良い人だとわかったら、アンナベルを改めて紹介するわ。彼女、いい子でしょう?」
ああ楽しみにしているよ、と、レオはにこにこと笑った。