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:いよいよ、社交界へ:

 前世の記憶と、努力と、負けん気と魔法で誰もが認めざるを得ない寄宿学校の主席――すなわち、同世代の貴族令嬢のトップに躍り出たリズは、それを卒業までキープし続けることを宣言した。


「まぁ! なんて生意気な子なのかしら」


 腕組みしたアンナベルが、リズの前に立ちはだかった。文字通り、通路を塞ぐように立つのでハッキリ言って邪魔である。リズは微かに顎を引いて顔をわずかに背けた。だが、視線は外さない。


「レディ・アンナベル……」

「なにかしら」

「あなたとは、年は変わらないと思ったのだけど?」

「ええそうよ、だからこそ! 主席卒業、やれるものならやってみなさい! 田舎令嬢ごときに負けるアンナベルではなくてよ!」


 田舎、というところにカチンときたリズだが、いちいち噛み付いて喧嘩をしてはレディとしての品位が下がる。ドレスの裾を握りこみ、何度か深呼吸することで堪えた。


「レディ・アンナベル、あなたはどうして首席で卒業したいの?」

「決まってるでしょう。名門寄宿学校を首席で卒業となれば社交界での知名度が抜群になるもの。いい男と結婚できる確率が跳ね上がるわ。だから、あなたから首席の座を奪い取って見せるわ」

 それ以外に理由があって? と、アンナベルはリズの目をぐっと覗き込んでくる。負けないわ、と炎が燃え上がっている。


「わたくしだって、あなたに主席を譲る気はありません」


 尤もリズは首席で満足するつもりもない。同世代のレディのトップに立ったら、次は年上のレディたちもふくめた貴族令嬢のトップに立たなければならない。


「ここで、負けてはいられないのよ!」


 王国で二番目にいい女になって、国中で一番いい男を捕まえる。それがリズの目的なのだから。


 当然、リズのトップを快く思わず、引きずり降ろしてやろう考えている令嬢は山のようにいる。真正面からリズと対戦して負かしてやると息巻く令嬢もぞろぞろ出てきたが、挑戦者はことごとく敗退した。


 ある者は単純に歴史の成績で、ある者は野蛮なことに決闘で、ある者は――勝手に生徒たちが始めた『ドレスの裾捌き選手権』または『プリンセスらしい振る舞い方選手権』で――。


 リズは、淡々と挑戦を受け入れ、それらに全力で向き合った。どんな相手でも念入りに準備をし、全力で対戦した。魔法や前世の記憶には頼らず、出来る限り『自力で』というのが、リズが己に課したルールだった。


 その結果リズはあらゆる分野で実力をつけ、華々しい経歴と人々の尊敬、多くのファンと多少の嫉妬を一身に集めたまま、学友たちより一歩早く十七歳で社交界デビューの許可が下り、夜会デビューを果たしたのである。


 王宮主催の、デビュタントのための夜会で、リズは年上のレディにまじって人々にお披露目された。


 眩いばかりの美貌、洗練された立ち居振る舞いは、人々を強烈に惹きつけた。まるで魅了の魔力を持つかのような存在感――。


 当然、注目の的である。行く先行く先男が大量に群がるが、リズは彼らに決して靡かなかった。男たちに囲まれても冷静さを失わず、年若い令嬢として考えられる最善の方法で男たちをあしらった。


「君、たいしたレディだ。大人の男をあしらって平然としてるデビュタントなんて、はじめてみたよ」


 ワルツが終わった瞬間、ふいに声がかけられた。ゆったりとそちらを見れば、窓枠に凭れかかった青年――そつなく『貴族子弟』の枠に収まっている二十歳くらいの男がいた。くるくると跳ねた髪は明るい茶色、どこか子供っぽい印象を与える大きな目はリズと同じエメラルドグリーン。指先で軽やかに弄ぶワイングラスは、三分の一ほど赤ワインが残っている。


「君だろ、噂の主席令嬢」

「え!?」


 なんですかその妙なあだ名は――と思ったが、飲み込む。


「何事も完璧な令嬢は社交界デビューも完璧でした、ってところかな」


 恐れ入ります、と、ドレスの裾を摘まんで膝を曲げて挨拶をする。

 もちろん、前世で社交界を渡り歩いた経験と知識があるため、デビュタントであってデビュタントではないのだが――。


「おっと、まだ名乗ってなかったね。俺は、シェーバー侯爵家の嫡男レオンハルト・ゲーアハウス・シェーバー。気軽にレオと呼んでくれていいよ」

「わたくしは、フォントレー侯爵令嬢エリザベス・アル・フォントレーです」

「知ってるよ。レディ・エリザベス、一曲どうかな?」


 リズは完璧な笑顔をレオに向けた。失礼のないように、悪いうわさが立たないように、ダンスを一曲だけ踊る。


 ふたりでダンスホールへと向かう。人々がさっと避けてスペースを作ってくれるため、嫌でも目立ってしまう。しかし注目の的のリズと踊るというのにレオは堂々としたもので、リードもステップも完璧だった。おまけに話術も巧みで、一曲があっという間に感じられたほどだ。レオとならまた踊ってもいい、そう思ったほどだったのだが、リズは早々とこの男には、


「なし!」


 と、烙印を押していた。見目も悪くないし、家柄も悪くない。だが、リズが思い描く「国中で一番いい男」のイメージとはかけ離れているのだ。


 レオもレオで、リズとどうこうなろうとは思っていないようで、


「俺たち息がぴったりだったな。これはいい友達になれるかもしれないな」


 と、笑った。

「誰にでもそんなことを言ってるんでしょ」

「いや? 他の令嬢たちは、もっと真剣に口説くさ。友達になれる、なんて思わない。が、君はどうも……なんか違うんだ」

「あら、奇遇ね。わたくしもよ。わたくしたち、いいお友達になれそう。今度、学友を紹介するわ」

「楽しみだ! そうだな、明後日の朝、大通公園を散歩しないかい? 友を数人連れて行くよ」

「ええ、いいわよ」

 

 こうして、レオとリズは、互いの連絡先を交換し合って別れた。


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