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:わたくし、すでに二番です:

 必要に応じて前世の記憶を解除すると母は言った。だが、ちっとも解除してくれる気配はなかった。


「お母さま、どうして封印したまま暮らさなければならないのですか? 少しくらい、解放してください」


「あら、お帰りリズ。また学校を抜け出したのね」


 突如姿を現した娘に驚くことなく、母は顔をあげた。母も魔法が使える。娘が近づいてくることを察していたのだろう。


 ただいま帰りました、と、膝を折って律儀に挨拶をするリズは、濃紺のワンピースを着て上品な帽子をかぶっている。彼女が通っている寄宿学校の制服だ。ちなみに寄宿学校はここから馬車で三日かかる静かな都市にある。徒歩で帰ってこられるはずがない。


「……空を飛んだの?」


「はい、箒を飛ばしましたので、ここまで数時間でつきました」


 馬車で三日の距離を数時間で。どれだけ飛ばしたのだろうか。


「いつも注意してるけれど……途中で、人を轢いたり鳥を弾き飛ばしたりしなかったわね?」


 一瞬の妙な沈黙があった。思わず母が娘の顔を覗き込む。


「大丈夫よね!?」

「……たぶん? まぁ、そんなことがあっても、魔法で始末するから大丈夫。いくらでもなかったことに出来るし、いざとなったら会社に頼んで転生させてもらえばいいでしょう」


 そう言う問題ではない、と、母は眉間を軽く揉んだ。


「あのね、リズ……そうね、なんと言ったらいいのか……できる限り、普通に暮らした方がいいと思うの」


 母は、書いていた手紙を脇に退けると、愛娘の手を取って大広間へと誘導した。綺麗に手入れが行き届いた大広間は、舞踏会が開けるほどに大きい。シャンデリアより人目を惹く大きな飾り窓からは、昼間は太陽光が、夜は月の光が降り注ぐ。その窓の下に、母は立った。

 

「この世界で魔法は思った以上に『希少価値が高い』し『とんでもなく便利』なのよ。そのうえ、前世の記憶や転生に頼って暮らしてごらんなさい。あなた、かえって大変だと思うわ」


 そんなことないわよ、と、リズは頬を膨らませてブーツで床を蹴る。侯爵令嬢として相応しくない振る舞いであるが、母は咎めることはない。リズが苛立っているときの仕草だと承知しているからだ。


 今回の転生で、どうも母は何かとリズに制限を設ける。魔法も最初は使いたい放題使っていたのだが、一日に開放できる魔法量を制限されてしまった。今では『大技は日に3回程度』それ以上は使えない。


 さらに、世間の令嬢たちと暮らしやものの考え方を統一するために、十二の歳から六年間、寄宿学校にほうりこまれてしまった。当然、転生者だと喋ることもできず、魔法は校内で使ってはならず、いたって普通の令嬢として過ごすことを強要された。


「なんのために転生したのか、わからないじゃない! ちっとも思い通りに過ごせてないわ。侯爵令嬢っていっても、爵位を持ってるだけでその実態は地方の有力領主の娘だし、思っていたのと違うのよ!」


 と、たびたび憤慨したが、母は「この国の習わしに従って立派なレディになることが、一番の近道なのです」というばかり。


「いい? いつも言っていることだけれど、この国で、自他ともに認める一番いい女になりなさい。そして、この国で一番いい男を捕まえるの」


 だが今日は、リズの顔がさっと曇った。


「お母さま……わたくし、すでに二番です」


「あら、どうしたの?」


 リズは、唇を噛んで俯いた。体の前でこぶしを握り、それをぎゅっと腹部に押し付ける。そうすることで少し、落ち着く気がした。


 何度か深呼吸をしたあと、細く小さい声で告げた。


「おねえさま……ティレイアおねえさまに……会いました……」


 まあ! と、母の目がまん丸になった。そして、座りましょう、と、リズの手を引いて壁際に置いてある長椅子へと向かう。これは舞踏会で踊りつかれたレディや、未婚の男女の付き添いの人たちが座るために用意されているものだ。そのため、座り心地は抜群に良い。


「レディ・ティレイアに会ったのね?」


「はい。わたくしの、五つ年上の異母姉ですね。先週社会奉仕活動の一環で訪れた王都の教会で、天使かと思うほどに美しい方が讃美歌を歌っていらして……教会にいた方々が、口々に教えてくださったのです。領主の妻という役割に耐えられなかった母親の強欲さに巻き込まれた憐れな美女だと……。お母さまがお父さまと出会ったのは、二人が家を出た後だったのね」


 一気にしゃべったリズを抱き寄せた母は、ええそうよ、と、静かに頷いた。


「お姉さまは大変な美貌でいらして……。わたくし、嫉妬しました。そして、心はどんなに汚れているのかと嗤ってやろうと思い魔法でお心を覗いたのです。けれども、御心も本当に清らかで……。わたくし、自分が恥ずかしくなりました。お姉さまにはかないません。ですから、王国で二番目にいい女を目指します」


「……二番目も、大変ですよ。がんばりなさい」


「だから、前世の記憶を解放してください。知識や魔法を、悪いことには使いません。絶対に」

 

 リズの頭に、母はそっと手を乗せた。黄緑色の光がリズを包む。リズの瞳が大きく見開かれ、唇が嬉しそうに弧を描いた。


「――お母さま、ありがとうございます」


 リズは、ワンピースの裾を摘まんで挨拶をすると、指を鳴らして呼び寄せた箒に飛び乗った。


「お母さま、学校へ戻ります。ええ、ちゃんと、今の世界にあった絵画や外国語、ピアノにダンスを習って社交界デビューに備えます」

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