:今の今まで気づかないとは……:
レオと何事かを話したのち、どうしたことかリズだけが戻ってきた。
「シュテファンさま、わたくしについて来てくださる?」
「え?」
そのままリズに腕を取られて舞踏会の会場を後にする。
シュテファンをダンスに誘おうと待ち構えていた令嬢、リズを誘おうと思っていた紳士たちが不満そうな顔をするが、リズが完璧な笑顔で「退いて下さらない?」と告げるだけで道は開く。
会場入り口では、レオが馬車の扉を開けて待っていた。
「さ、シュテファン。乗り給え」
「は、はい」
リズとレオも乗り込み、馬車は走り出す。
「どこへ行くんだい?」
「シュテファン、これに着替えてくれ。これから起こることについてきみのご両親の許可はとった。もう一方は説得しても言うこと聞かなさそうだったから、ちょっと裏から手を回すよ」
と、レオが若干物騒なことを口走るがリズもシュテファンも聞きなおす余裕はない。
何度も乗ったことのあるレオの家の馬車だが妙に速度が速い(馬は、リズの家の馬である)うえに妙に明るい車内(リズが魔法をこっそり使った)、なぜかリズに着替えさせられるシュテファンの目は白黒している。
馬車が止まると同時にリズが一足先に降りて、建物の中へ駆け込んでいく。ほどなくして、リズが外から扉を開けた。
「レオさま、用意できました。シュテファンさま、どうぞ」
「さ、降り給え、シュテファン卿」
「は、はいっ……って、教会?」
通いなれた教会、扉をあけたシュテファンは息を呑んだ。アンドリューの隣に、白いドレスの女性――。
「ティレイア!」
「シュテファンさま、わたくしとアンドリューとレオさまとで企画しました。お二人の結婚の儀ですわ。おねえさまが老人と無理矢理結婚させられる前に、結婚してしまってください」
一日も早く娘を結婚させたいティレイアの母が、娘の結婚許可状を提出しようとしている――そのことを知ったレオが、大あわてでリズに伝えた。幸い、ティレイア本人がまだ名前を書き入れていないため、提出できる状態ではない。
母が提出する許可状を無効にするには、先に結婚してしまうしかない。猶予はないため、互いの想いが確認でき次第教会で挙式を強行する――となったのだ。
「大それたことをするが、責任は俺が取る」
と、レオがきっぱりと宣言し、リズは思わずレオに見惚れてしまったのである。
リズとレオ、アンドリューを立会人として、結婚式が進んでいく。
ティレイアの美しいウェディングドレス姿に、なぜかリズが大興奮だ。
「おねえさま、本当にお綺麗です。世界一です。どうか、どうか幸せに……」
「ありがとう、リズ」
シュテファンとティレイアが夫婦の誓いをし、誓いのキスをする頃になると、リズの涙腺はついに崩壊、喜んだり泣いたり忙しいリズを見て、レオが笑いをかみ殺す始末だ。
だが、はっと我に返ったリズは、真っ青になった。
「許可状のサイン……シュテファンさま、おねえさま、シュテファンさまのお父上……あと一人……どうしましょう、今から王家に掛け合う時間はあるかしら?」
オロオロするリズの肩を、レオが優しく抱き寄せた。そのまま額にキスを落とすがリズは嫌がらない。
「大丈夫」
「レオさま……」
「俺がサインする」
へ? と、リズの目が見ひらかれた。アンドリューが差し出す羽ペンを走らせるレオの手元を覗き込んだリズの目が、今度こそまん丸になって点になって……リズは硬直してしまった。
「……皇太子、殿下? え?」
「やれやれ……今の今まで気付かないのもどうかしてるぜ……レディ・エリザベス……」