:何とも歯痒いものだね:
しかし困ったことにリズは王族に伝手はない。
「うーん、困ったわね。わたくしがやれるのはここまでかしら」
「どうしたんだい?」
「王族に伝手がないもので……どうしたらいいかしら、と」
リズの形の良い眉が八の字になっている。本当に、困っているらしい。
「あー……だったら、レオにサインを頼むといいと思うんだ」
「あら、彼は王族にも知り合いがいるのね。社交的ですものね。そうしましょう」
「え。あ、うん……」
シュテファンはがっくりきた。どうして今の流れで『レオにサインをしてくれるよう頼む=レオは王族?』とならないのだろうか。
そうなることを期待したのだが――。
「レオさまに相談してみましょう。舞踏会が終わるころ、待ち合わせをしているの」
にこっ。
音がしそうな笑顔であった。今まで自分に向けられた笑顔も素晴らしかったが、この笑顔が自然のもの、シュテファンにはわかる。
「レオときみとは、話があうんだって?」
「そうなのです。馬の育成方法については、意見が対立してしまうのですけれど……馬車の速度を出す方法や自転車の改良はいろいろお話して一緒に試しているのです」
「そ、そうなのか」
「今度、競馬場に連れて行って下さるそうよ! わたくしもう、今からとっても楽しみなのです」
シュテファンは、喉まで出かかった質問を一生懸命飲み込んだ。「競馬が楽しみなのか、レオと出かけるのが楽しみなのか、どっちだ!?」などと聞いたらリズがどんな反応をするか。
下手したら、レオの恋は一気に失恋へ突き進む。
どうしたらレオの恋が成就するか。完璧令嬢なのに妙に恋愛に疎い令嬢を、どうやってその気にさせるか。
必死でシュテファンは脳みそを回転させた。が、気の利いた言葉のひとつも浮かばない。
そうこうしているうちに、いったん会場内へ戻ったリズが、ワインとシャーベットを手に戻ってきた。
「はい、シュテファンさま」
「あ、ありがとう」
「ふふ、ごめんなさいね。本来なら、会場に戻っていただいて構わないのにお引止めしてしまって」
「いや、構わないよ。正直、ティレイアのことで頭がいっぱいの今、あそこに戻る気にはなれない」
そうよねぇ、とリズが苦笑を浮かべる。令嬢たちが目を吊り上げてこちらを見ている。彼女たちの視線をはねつけるように、リズは胸を張る。
「きみはどうして、テラスにいるんだい?」
「え? えっと……それはね、ここからだと会場に到着する人が見えるでしょう?」
はにかんだようなリズの表情に「おや?」と思いながら視線を追えば、なるほど会場の入り口が見える。
「だから、レオさまが来るのが見えるから……到着なさったらすぐに行けるわ」
「レオと待ち合わせだったね」
「ええ。レオさま、まだかしら?」
「……待ち遠しい……の、かな?」
「ええ。このところ、頻繁にお会いしているでしょう? だから、お会いしないとレオさまはどうしてるのかしら、って思ってしまうのよね」
内心、シュテファンはガッツポーズをした。が、それを悟られないよう、慎重に言葉を選ぶ。
「レオは、話術巧みで話題豊富で……面白いからね」
「ええ、あっという間に時間が過ぎて、わたくし、いつも、笑いっぱなしなのです」
「レオは見た目も良いし」
「ええ。表情がくるくるコロコロ変わって、見ていて飽きません」
「その上将来有望だ」
――皇太子だし、というのは敢えて飲み込む。これはレオ本人が告げるべきことだろうから。
「将来有望? ……そ、そうか……そうよね……」
きょとんとしてリズが、シュテファンを見た。
「あ、の? レオさまはお城でどんなお仕事をなさっているの? わたくし、ふらふら遊んでいる貴族の子息だと思っていたのだけれど、お城勤めなのよね?」
今更その質問か……と、シュテファンが目を片手で覆って空を仰いだ。
「え、え、シュテファンさま?」
「あー……うん、それはレオ本人に聞くといい。きっと喜ぶ」
そうかしら、と、リズが不安げになったところへ、馬の足音や嘶きがした。
「あ、きっとレオさまよ!」
「え? 馬の嘶きでわかるのかい?」
もちろん、と、リズは笑う。
「何度も馬車に乗せて頂いたもの! 覚えてしまいましたわ。シュテファンさま、ここでおまちくださいませね」
ドレスの裾を翻して会場入り口に向かったリズの表情とレオの様子が、シュテファンの位置からはよく見えた。
「……レディ・リズ、どうしてきみは気付かないんだ! どうみても、きみはレオが好きだしレオもきみを愛しているというのに!」
なんとも歯痒いものである。