:ぜひ、頑張って:
それから五日ほど後、リズはアンナベルと待ち合わせをして買い物に出かけていた。先日、アンナベルをほったらかしで、歌劇を見に行ってしまったお詫びである。
もっとも、なぜかアンナベルはリズたちの動きを完璧に把握していて、「歌劇はどうだったのか、レオさまとの仲はどうなったのか、詳しく教えて」と興味津々である。
恋の話をおおっぴらにするなら、屋根のついた馬車の方がいいだろうと思い、王都のメインストリートを、リズの家の馬車で走っているのである。が。
「あ、あ、あ、あ、ちょ、なんて速度なのっ……」
と、アンナベルが目を白黒させる。恋の話どころではない。が、その横でリズは「え、ええ!?」と困惑していた。リズにしてみればお客さまを乗せているので普段よりゆっくり走っているつもりである。
すっかり目を回してしまったアンナベルのために、近くの公園で急遽休息をとることにした。さほど大きな公園ではないが、若い貴族たちがそこかしこに集っている。
「あら!」
と、アンナベルが驚いた声をあげた。彼女の視線をたどれば、驚いたような表情の男性が二人――アンナベルの婚約者と、レオである。
「レディ・リズ、レディ・アンナベル! 会えてうれしいよ。きみたち、どうしてここにいるんだい?」
「二人でお買い物に来ましたの。ね、レディ・アンナベル」
「ええ」
人の好さそうな紳士に向かってアンナベルが嬉しそうに駆け寄り、リズの横にはごく自然にレオが立つ。
そしてアンナベルは全員を紹介してまわった。こうしてきちんと対面するのは、はじめてなのである。
「あなたが、レディ・リズ……フォントレー侯爵令嬢……噂に違わずお美しい」
リズが完璧なカーテシーで応えた。流れるような挙措で、心が籠っている。
「わたくし自慢のお友達なのよ」
アンナベルが嬉しそうに言う。婚約者というより新婚夫婦といった雰囲気である。
「ああ、よくわかるよ。友達がいたことが嬉しい。レディ・エリザベス、良ければこの先ずっと、彼女と仲良くしてやって欲しい」
「もちろんです」
――と、なぜかレオが勢いこんで応える。
「ちょっとレオ、なぜあなたがここでお返事するの!」
「レディ・リズ、きみのような跳ねっ返りのお転婆に付き合える上に、沈着冷静できみを制御できる貴重な存在なのだよ、彼女は! ぜひ、仲良くしたまえ」
「なによ、偉そうね。侯爵家の嫡男に命令される筋合いはないわ」
ぷん、とそっぽを向いたリズ。可愛いなぁ、などとレオは言い、ついでに抱き寄せて額にキスを贈る始末である。が、それはさらにリズの御機嫌を損ねてしまった。
「なによ、二言目には可愛い、可愛いって……」
「可愛いと思うから、正直に伝えているんだよ」
ぼ、と、リズの頬が真っ赤になった。おや、と、レオが嬉しそうに言う。
「き、気安く触れてキスなんてしちゃって……はしたないわよ」
「大丈夫、誰も咎めやしないよ」
「あら、御大層なおうちなのね? シェーバー侯爵家は!」
さらにつーん、とそっぽを向いたゆえに――アンナベルたちの微妙な視線がレオに向けられたことに気付かなかった。
アンナベルはすかさずレオの腕を掴んで、少し距離を置く。
「殿下……まだ、シェーバー侯爵家の嫡男レオンハルト・ゲーアハウス・シェーバーと名乗っていらっしゃるの?」
「……うん。気付いてもよさそうなのに、彼女も彼女でちっとも気付いてくれない」
「彼女の心は、だいぶ殿下に移っているはずなのに……もうあと一押しね!」
アンナベルが扇の影で小さく頷いた。
「ね、こうして並ぶとレオさまとお似合いだと思わない?」
「あ? ああ、美男美女とはこのことだろうね。良いと思うよ」
「さぞ美しい子どもが生まれるだろうって、わたくし思うの」
「そ、そうだろうね」
おっとりととんでもないことを言われて、リズは真っ赤になった。
「ちょ、ちょっと、アンナベル、わたくしとレオさまはそんな関係じゃ……ね、ねぇ、レオさま? レオさまは……え? あら? レオさまの意中の方ってどなた? わたくし、知らない……」
「ああ……ここまで鈍かったとは。そんな君も可愛いよ、うんうん」
「え? え? みんなご存知なの?」
きょとんとしたリズが、アンナベルを見る。寄宿学校のライバルであったアンナベルですら滅多に見ることのない、飾らない素の表情である。
「そうね、社交界のおよそ半分くらいの人たちが、気付いていると思うわ……」
「わたくし……シュテファンさまを追いかけてものにすることしか考えていなかったから周りが見えていなかったわ、ごめんなさいね? あなたの恋が成就するよう、お手伝いするわ!」
ぜひ頑張って、と、他の三人が声をそろえたので、リズはますます首を傾げた。