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30/38

:彼の素性に彼女は気付かない:

 自転車に跨ってシュテファンを凝視するリズ、という新たな「名物」が王都に出来つつあるのだが、なぜか、当の本人であるシュテファンは全く気付いていない。


「ああっ、シュテファンさまはどうしてどなたにも愛想が良いのかしら」


 そこがまたいいのだけれど、と、リズはうっとりとシュテファンを見つめる。馬車から降りる姿も、馬に乗る姿も、酔ってカードに負ける姿や選挙の応援演説の姿も、リズの目には眩く映る。


 シュテファンが遠ざかれば、双眼鏡を取り出して器用に操る。これも、前世の知識を総動員してこの時代にあるものを改良してもらった逸品だ。


「ああ本当に、いつまでも観ていられる美しさね……肖像画でも欲しいくらいだわ」


 リズ自身気が付いていないのだが、それは憧れのタレントを追いかけている感覚と同じである。


「レディ・リズ、シュテファンの想い人が誰かわかったかい?」


 じっくりと木陰からシュテファン鑑賞に勤しんでいるリズに、馬車を乗り付けたレオが声を掛けた。窓をあけて上半身を乗り出したレオもまた、非常に楽しそうである。

「レオさま!」


 ぱっとリズが馬車に駆け寄った。優雅に挨拶をしてにっこり微笑む。


「それがちっともわかりません! 遠くから麗しい姿を鑑賞しているだけになっていますわ」

「そうか。じゃあ今日のシュテファンの予定を教えてあげよう。この後、王立歌劇場でオペラ鑑賞だよ」


「ええっ……」


 リズが息を呑んで絶句した。


 なにせ、王立歌劇場のオペラは人気の歌手たちが勢ぞろいする場所である。しかも今は、貴族令嬢と身分を隠した大国の皇子とのラブストーリーが演じられているのだが、なぜか大ヒット、異例のロングランになっている。


 噂が噂を呼び、見た人は次々とリピーターになるため、庶民向けチケットも貴族向けチケットも、あっという間に売り切れるし、そのチケット代もあり得ないほどに跳ね上がっている。もちろん、主催側も公演回数を増やしたり補助いすを出したりしているが、とても追いつかない。


 残っている席は王族の隣だったり最上階の個室だったり、極上の席ばかり、地方に領土を持っている程度のリズの家ではそう簡単に買えるものではない。


「……王立歌劇場……無理よ」


 リズが明らかに困った顔になった。シュテファンはこのオペラを本命と鑑賞するかもしれない。その可能性は高い。だからぜひとも入場したい。


 が、リズにはチケットが買えない。


 真正面からその眉根を寄せた顔を見たレオが相好を崩した。


「きみは、困った顔になっても可愛いんだな」

「え、え!?」

「崩れても美しいというか、愛嬌があるというか……いやぁ、良いものをみた」


 褒められたと思っていいのだろうか。リズが赤くなって両手で頬を押さえる。そんなリズを見つめながら、


「……あ―レディ・リズ、ここに運よくチケットが2枚あるんだけど……一緒にどうかな?」


 と、レオがチケットを取り出した。恭しく受け取ったリズの目が点になった。


「……ちょ、ちょっと、レオ、これ王族のお席のすぐそばよ! どうしたの、どうやってこんな立派なお席を……」


 え、と、レオが返事に困った。


――いやだって俺、皇太子なんだけど……


 とは、心の中だけでつぶやいておく。どうやらリズは演技ではなく本当にレオの正体に気が付いていないらしい。

 レオが、異国での遊学や視察を終えて数年ぶりに戻ってきた皇太子だと気が付いている人はそれなりに出てきている。ただ、レオも王家も正式に帰国の発表をしていないし、レオが偽名をつかってまで王都で暮らしているので、人々が気を利かせて話を合わせてくれているのだ。


「ああ、そうか。デビュタントだと、出国前の俺を知らないから、わからないのか……」


 それならそれでいいか、と、レオは思う。あとで嫌味のひとつやふたつ言われるかもしれないが――。


「レディ、俺の父が正規のルートで手に入れたんだ。観るだろう?」

「は、はいっ」


 ぱぁぁ、と、薔薇の花が満開になった――ような錯覚をレオは覚えた。


「……自転車と双眼鏡をしまって、乗るかい? 劇場まで馬車ですぐだ」

「はい。ありがとうございます」


 馬車の中でリズは、チケットのお礼を捲し立てたかと思うと、ストーリーに思いを馳せて少女のように頬を紅潮させる。実に表情豊かなレディである。

「ああ、楽しみだわ」

「ラブストーリーねぇ……」

「ああ、きっと素敵な舞台よ! レオさま、楽しみましょうね」


 にっこり。この笑顔が見られただけで良しとするか、と、レオは小さく笑った。


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