表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/38

:束の間の幸せ:

 それから数日。リズの頭の中にはしょっちゅうレオが出てきていた。


「シュテファンさまのお相手も気になるんだけど……」


 庭で剣の素振りをしながらあれこれ考える。木製の剣は、訓練のためにとシュテファンが贈ってくれたものだ。これがリズにぴったりで、素振りが楽しくなっている。


(レオさまの正体も気になって仕方がないのよね……)


 思い余ってアンナベルに手紙を書いてみたが、侯爵家の嫡男ということしか知らないとのことだったし、特に馬愛好家だという話も知らないとのことだった。


「……魔法もかけてみたけれど……ダメだったのよね」


 まれに、魔法使いでもないのに心をがっちりと防御した人がいる。日常的に相手に本心を悟られてはいけない立場の人に多いのだが――。


「レオさまは侯爵家のご子息、そこまでだとは思えないのよね……」


 等間隔に並べた藁人形を強かに打ったところで、母が昼食だと呼びに来た。今日の訓練は終わりにする。


「そうそう、エリザベス。明日の朝、例のものが届くそうですよ」


 優雅に食後の紅茶を飲みながら母が言う。


「わ、楽しみ!」

「まったくあなたときたら……ちっともレディらしくしないんだから……」

 

 リズが待ち望んだソレは――屋敷の玄関に鎮座していた。


「うん、形もほとんど記憶にあるものと同じだわ」

「密かに自転車の改良をしていたなんてね……驚いたわ」


 前世の『便利さ』を覚えているリズの不満はいくつかあるが、その中の一つが移動手段の少なさだった。現時点で貴族令嬢に許された手段は、馬車か徒歩、これだけなのだ。これにリズは、貴族の男性が乗り始めている自転車を加えることを思いついた。


 ただし、現存する自転車の形態のままでは危なくて乗れない。ので――記憶を頼りに自転車職人に改善を頼んでみたのだ。改良すること数度、ようやく前世で見慣れた自転車に近いものが仕上がった。


「行ってまいります、お母さま」


「ああ、本当に? 本当に追跡に行くのね、大丈夫なのね? というか自転車……あなた今生では練習していないでしょう? せめて補助輪つきにしたら……」


 大丈夫大丈夫、と、手をひらひらと振ったリズは、このところ流行の兆しを見せている自転車にまたがる。そのため、今日は裾や袖の膨らんだドレスではなく、丈の短いスカートの下に足首のところですぼめた女性用のズボンを着用している。


「ドレスも嫌いじゃないけれど、やっぱりこっちの方が動きやすいわね……」


 ともすると動きが『今生らしくない』ことになるため、普段以上に気を付けなくてはならないが――。


「出発!」


 練習が必要かと思ったが、前世で乗り回していた感覚を覚えていたため、スっと乗ることが出来た。


「ふふ、何をやっても完璧よ!」


 ただし、石畳の上は非常に乗り心地が悪い。それはリズが悪いのではなくて……。


「あうあうあう……悪路ってこれよね……ええい、魔法よ!」


 凸凹のある石畳をつるつるの石畳へとかえたうえで、自転車にも安定感を足すよう魔法をかける。


 微調整を加えながら自転車を飛ばす。


「ひゃっほーう!」


 坂道を勢いよく下る。新鮮な空気が頬にあたって気持ちがいい。


「あ、いけない!」


 急停車したのはわけがあった。行く手に馬車が止まっている。

「朝から元気だねぇ……レディ・リズ」


 窓から顔をだしたのは、満面の笑みのシュテファンだった。今日は騎士団の制服を身に着けている。これから仕事なのだろう。


「まぁ! シュテファンさま、おはようございます」

「勢いよく坂を下りてくる姿が見えて、思わず馬車をとめてしまったよ。それ、自転車かい?」

「はい」

「いいね、ちょっと……触らせてもらえないだろうか? ずっと興味があったんだ」


 なんてすばらしい日だろう、と、リズの心はたちまち明るくなる。馬車から降りたシュテファンに自転車を渡し、乗り方を簡単に説明する。


 その間、リズの心はふわふわと舞いっぱなしである。なにせ、外とはいえ二人きりである。シュテファンと手が触れたり、シュテファンの体に触れたり……。なにより、新しい自転車というもののおかげで、互いに笑いっぱなしである。


(ああっ、幸せ……)


 ――この笑顔を、いつも誰に向けているのだろうか。

 ――この自転車で、シュテファンはどこへ行くのだろうか。


 そんなことも思ってしまうが、何より、シュテファンと一緒に笑いあえることがリズは素直に嬉しかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ