:あの二人、お似合い……:
普通ここは引き留める場面ではなかろうか、と思いながら隣を歩くレオを盗み見る。何とも楽しそうな表情をしていることに意表を突かれ、思わず見つめてしまう。
リズの視線を感じたのだろうレオが立ち止まって首をかしげる。そんな仕草さえ優雅で、いったいこの人は何者だろうと、リズはレオに興味を持った。
「どうしたんだい? ぼうっとして……おっと、俺に惚れると大変だぜ、レディ?」
「あら、わたくしに惚れて欲しいと口説いていらっしゃるのね? わたくしに軽々しく触れると火傷いたしますわよ」
「おお、言いなれてるなぁ……」
「そちらこそ」
「……誰彼会うたびに口説かれるのも大変だからな」
「まぁ……それは否定しないわ。でも、真剣に思いを寄せてくださる方とは真剣に向かい合いますわよ」
うんそれは大切だ、と、レオも頷く。
「きみはいつも、何事にも全力だね。良いことだと思うよ。さ、中へ入ろう。レディが逢引きしていたと要らぬ噂を立てられたらいけない」
レオに伴われて教会内へ進めば、案の定、アンドリューが血相を変えてすっ飛んできた。
「レディがうろうろする時間じゃない。何をしてるんだ? ライバルを蹴落とす策略か何かの相談だったら明日の昼以降にどうぞ」
「失礼ね、いつでもライバルを蹴落とす算段をしてるわけじゃないのよ!」
思わずリズが反論すると、アンドリューは疑わしそうな目になり、リズ自身が聞いたこともない『ウワサ』を列挙してくれた。あまりの酷さにリズは目が点になり、扇子を持った手で眉間を軽く抑える。
「わ、わたくしが、そんな……権謀術数に長けているとか、流言飛語や隠密部隊を駆使しているだなんて……するわけないでしょう!」
魔法は時々使っているけれど、と、胸の中で言い訳をしておく。
レオは「わかってるよ」とげらげらと笑いだした。体を二つに折って、涙まで浮かべている。
「レオさま!? 笑い過ぎですわよ!」
「い、いやぁ、失礼……。社交界の人々っていうのは、存外子供じみたことをするものだと思ってね」
どうもこのレオという若者は奔放――というか理想的な貴族子弟の枠から若干はみ出ている気がする。
「イシュタルに負けた令嬢たちが、誇張して吹聴してるんだろ? いわるゆ負け犬の遠吠えってやつだな。俺たちだってそのくらいわかってるさ」
「ま、負け犬の遠吠え……レオさま、あなた綺麗な顔してなかなか手厳しいですわね……」
「そうかい?」
レディたちの間でも貴公子の評価は手厳しいものがあるが、もしかしたら男性陣の間でもレディたちは厳しくジャッジされているのかもしれない。
となれば、より一層、完璧でなければリズの気が済まない。
「いつまでもシュテファンさまに執着しているのはみっともないわ……はやく……」
お相手が誰なのか見極めなくては。リズはあらためて決意した。と、そこへ、
「レオ、アンドリュー、にぎやかだな……っと、レディ・リズ!」
まさかの、シュテファン登場である。ドキドキする心を必死で抑えながら、優雅に挨拶をする。
「シュテファンさま、こちらにいらっしゃるなんて珍しいですわね」
「ああ、うん。いつもは、日曜日に足を運ぶことが多くてね。レディは?」
「わたくしは、馴染みの教会ですの」
「リズと俺が同郷で……といっても、リズは領主の娘、自分は領民という関係で……」
ほう、と言ったのはレオだった。
「領主の娘と領民が、ここまで仲良くなるものなのか?」
「ええ、わたくしは母の意向でずっと領地で育ったのですけれど、そこでも領主の館から出て領地に小さな家を借りて村人と同じように暮らしていた時期があったので……」
それは記憶を持った転生者であるリズに『今の時代』の暮らしぶりを身をもって経験させるために母が選んだことだった。
リズが通うために学校が作られ、同世代の子どもたちはそこへ通うことになった。教師たちが王都から招かれ、それに伴い書店や文房具屋、仕立て屋もなども王都からやってきた。
村が、急に発展し始めた。
村人たちは急な変化に戸惑ったようだが、好意的に受け入れてくれ、リズが卒業したあとも学校は残り、村の発展はまだまだ続いている。
「ほほう……そんな領地があったのか……その学校で知り合ったわけか」
「はい。わたくしは寄宿学校へすすみ、アンドリューは王都の大学へ進学したので、ここで偶然再会してびっくりしました」
「いやぁ、まさぁ、噂のイシュタルさまが自分の幼馴染のエリザベス嬢だとは思いもよらなかったなぁ……」
「あらいやだ、教会にまで聞こえているの?」
「教会どころか……領地にまで届いていると思うよ……」
呆れたようにアンドリューが呟き、うんうん、と、シュテファンとレオまで頷くのでリズは真っ赤になった。それは年頃の令嬢としていかがなものだろうか。名誉、とは言い難い気がする。
「つ、慎みます……」
何をだい? と、レオが実に楽しそうに突っ込みリズが返答に困る。が、シュテファンが、
「レオ、レディ・リズが気に入ったのはわかるけど、そう突っ込みをいれるものじゃないよ」
と、助けてくれる。
「き、気に入った!? は、俺が!?」
「あれっ、違った? アンドリューの目にはどう映る?」
「シュテファンに同意。気になる子ほどいじめたくなるって心理だと思う」
違うし! と、レオが真っ赤になって頬を膨らませる。良い年の青年がする仕草ではないが、レオだと不思議と似合ってしまう。
「ええい、レディ・リズ! 送っていく、帰るぞ!」
「え、え?」
「教会で色男三人に囲まれているところを誰かに見られてみろ、明日には、イシュタルさまはしたなくも神前でご乱交って噂になるぞ」
なんてはしたない、と、リズがぽかぽかとレオを叩く。
「あっはっは、元気だな。活きがいい、ご乱交もさぞ楽しめるだろう」
「んもう! 恥ずかしい方ね!」
ではまたな、といつものように手を振って帰るレオを見送ったシュテファンとアンドリューは顔を見合わせ呟いた。
「あの二人、お似合いだと思うんだけど……」
「うん、僕もそう思うよ、シュテファン……」