:いざ、尾行開始:
「本当に、どこへ向かうのかしら……」
シュテファンの馬車は、メインストリートから東に曲がり、さらに路地をくねくねと進む。街灯もまばらになり、建物も少なくなってきた。
窓からずっと身を乗り出しているわけにもいかず、リズは車内に大人しく引っ込む。そのまま馬車はゆっくりと進む。
ゆっくりした馬車にゆられているうちに、少しウトウしただろうか。リズは不思議な夢をみた。王立教会で誰かが結婚式を挙げている。リズは、参列者として参加しているのだが――ほかの参列者が「次は貴女ね」と口々に告げる。
――王立教会で結婚式を挙げるのは王族と王に特別に許された側近だけよ……
だから、ただの貴族令嬢であるリズがそこで結婚式を行うことはあり得ない。そう思ったところで、はっと目を覚ました。
「妙にリアルな夢だったわね……」
さすが夢、というべきか。
だが、妙に心に引っかかる夢でもある。なぜか転生者が見る夢は、正夢になることが多い。これも正夢になる気がするが――。
「お嬢さま、止まりましたよ……」
御者が、不思議そうに言う声でリズは現実に戻った。
「ここは……」
「王都の東側の通りです。どうやら、あとをつけられることを警戒して、あちこち走ってから、ここへ戻って来たようです」
立派な貴族の子息が立ち寄りそうな場所には思えない、なんとも寂しい場所だ。
「あら、お店も何もないわね。後ろにつけちゃ怪しまれるから、そのまま追い越して頂戴……って、ここは……」
道の端に止まったシュテファンの馬車と、その前に止められた小ぶりな馬車を追い越し、少し走ってから止まる。
馬車から降りて、シュテファンが立ち寄るその場所がどこかを確認したリズの目が、大きく見開かれた。
「――え、まさか……」
そこはリズが、よく知っている場所だった。
出入り口のところでシュテファンを出迎えている男も、旧知の間柄だ。
「シュテファンさま、なぜこの教会に……」
もちろん、シュテファンとアンドリューは学友だから、尋ねても不思議はない。不思議はないが、なぜ、こんな時刻なのだろうか。
「やれやれ。レディがひとりで道の真ん中で仁王立ち、頂けないねぇ……」
ふいに横からかけられたのんきな声に、リズは飛び上がるほどに驚いた。
「レ、レオさま!?」
「やぁ、レディ・リズ。屋敷に帰らず、ここで何をしてるんだい? ……って、シュテファンを追いかけてきたんだね?」
「ええ、そうよ。シュテファンさまがどなたに思いを寄せていらっしゃるのか知りたくて追いかけていたら、ここへたどり着いたの……今日はデートなさらないみたいね」
はぁ、とレオが気の抜けたような声を出した。
「知って……どうするんだい? イシュタルお得意の、ライバルを蹴落とすのかい?」
レオの問いかけに、わからないわ、とリズは素直に首を横に振った。
「でも……シュテファンさまが本当に愛していらっしゃる方なら……幸せを祈りたい。そんな女でありたい……」
自分がシュテファンを手に入れたいがために、シュテファンの今の幸せを壊すことは、リズにはできなかった。
――シュテファンさまに愛されている女性……どんな方なのかしら……
それだけは、とても気になる。きっと、とてもいい女なのだろう。
「しょうがないなぁ……。俺にも責任があるから、よし、俺も一緒にやるよ」
「え?」
「どうせ、シュテファンの相手が判明するまで、頑張るんだろう?」
はい、と、頷くリズに、レオはにこりと笑った。
「心行くまで、やるといい。付き合うから」