:どなたに好意をむけていらっしゃるの?:
母の心配、というのはいつの世も的中するものである。
三日後の舞踏会に、リズはいつも通りに出席していた。若干、心身の痛みは残っているものの、おとなしく療養しているのも落ち着かない。
「リズ、この時代の令嬢らしく振舞うのですよ!」
「はぁい! 行ってまいります」
完璧なドレスアップ、完璧な所作――なのだが、母が心配するのはそこではない。思考回路だ。今生では、しっかりしすぎる娘は良しとされないし、一人で積極的に動き回るなどはしたないと後ろ指をさされかねない。
もちろん、リズはベテラン転生者であるし、完璧な作法を身に着けた完璧令嬢である。そのような迂闊な行動はとらないと思うが――いかんせん、恋は盲目、である。
「前世の記憶、封印したままの方がよかったかしらね……」
母の心配をよそに、いつものように猛スピードの馬車で会場に乗りつける。いつもならライバルになりそうな令嬢を魔法で足止めするのだが、今日はそれはなし、まっすぐ会場に駆けつける。
そして、見事なドレスの裾捌きを披露しながら会場を横切っていく。
途中で、リズとお近づきになりたい男たちが不躾な視線を投げてくるが、恨みをかわない程度にあしらい、微笑を撒き散らす。彼女がその場に立つだけでその場は華やかになり、人々の注目を集める。
会場中の視線を引き連れて、シャンデリアよりも眩い光を纏うリズは、堂々と歩いてシュテファンの前で止まった。
「シュテファンさま、本日のワルツはわたくしと踊ってくださいますか?」
「ああ、構わないよ。すまないね、みんな」
シュテファンがリズの手を取り、ダンスフロアへと進む。
「シュテファンさま、先日はありがとうございました」
「怪我が大したことなくてよかったよ」
にこにこと穏やかな笑みを浮かべてワルツを踊る。二人の優美で正確なステップはダンスの教則本のようですらある。
当たり障りのない会話をしながら、リズはじっとシュテファンを観察していた。視線の一つ、表情の微妙な変化すら見逃さないように、全身の神経をシュテファンに向ける。
(どなたに好意をむけていらっしゃるの?)
それが、ちっともわからない。誰を見ても表情は変わらないし、なんなら心拍も変わらない。
会場内には、名だたる令嬢がひしめいている。誰が誰だか覚えきれていないため、リズは魔法で令嬢たちの頭の上に名前と年齢、親の階級などを表示している。これさえあれば、シュテファンの好きな人を間違いなく捕捉できるし、対策も即座に練られる。
(魔法って便利よね、今更だけれど……)
こんな魔法が使えない人々は、地道に人の顔と名前を覚える努力しているのだろうから頭が下がる。
(それにしても……かつてやりこんでいたMMORPGの画面を見ているみたいね……)
思わず小さな笑みが浮かぶ。と、シュテファンがぽかんとしてリズの顔を見つめていた。
「レディ・リズ、きみは本当に魅力的なひとだ……」
「え?」
「そうだ、きみなら或いは……あいつとうまくやってくれるかもしれないな……」
一瞬リズの心は跳ねた。が、どうもシュテファンの様子がおかしい。
「あ、の、シュテファンさま……?」
真剣なまなざしのシュテファンは、そこからリズにいくつかの質問をした。社交辞令の範囲のようでもあり、身元調査のようでもあり――。
会話を重ねていくうちに、リズの心はあっという間に萎びてしまった。もちろんそれを面に出すほど愚かではないが。
これが、シュテファンが自分に興味をもってのことだったならどれほど嬉しかったか――。
いやでもわかってしまった。シュテファンは、リズを誰かに「良い令嬢がいるんだけど」と紹介しようとしている。
リズは、鼻の奥が痛くなるのを必死でやりすごし、涙がこぼれそうになるのを、なんとかコントロールする。ついでに吹き出しそうな感情も。前世の女優業で身に着けた技が、こんなところで役に立つとは。
もうだめね、とあきらめの心地にすらなってしまう。やけに長く感じるワルツが終わり、シュテファンとともに、壁際へと移動する。
(――で、シュテファンさま! あなたがお好きなのは誰なのっ!?)
さっぱりわからない。