:ダンスは痛いことだらけ:
曲の途中からだったが、体に叩きこんだステップを踏む。国で二番目に有望な貴公子・シュテファンは、当然ダンスもフォローも完璧だった。
リズは、うっとりとシュテファンに見惚れて――いる暇はなかった。
ちくちくと突き刺さる視線が普段より鬱陶しかった。
男たちの欲望を乗せた視線、女たちの嫉妬に満ちた視線。
そして、あの子にはかなわない、という諦めや憧れや苛立ちをごちゃ混ぜにした複雑な視線。それらの視線を全て受け流して平然としているリズに対する、怒り。
「やれやれ……心地よすぎる視線は困ったものだな」
シュテファンが小さく笑い、リズもつられて微笑んだ。リズの緊張を解そうとしてくれているのだろう。その心遣いが嬉しい。
「仕方ありませんわ。人気者のステファンさまと踊っているのですから」
「ぼく? ……いやぁ、困ったなぁ……」
と、シュテファンが苦笑いする。と、そこへ、ターンしたどこぞの令嬢がリズの足を踏んだ。当然、わざとである。
「……きみって子は……さすが、完璧令嬢。笑顔もステップも乱さない」
当然です、とリズは嫣然と微笑んでみせる。この程度で負けるリズではない。何度も転生し、幸せになるために努力を重ねてきたのだ。負けられない。
それでも、むっ、としたリズは、小さく呪文を唱えた。周囲の人たちの心の声をぼんやりと察知する魔法だ。ほんの数秒程度しか聞くことはできないため日常生活で使うことはまずない。当然、禁断の魔法の一つである。ペナルティとして魔力はごっそりと奪われ数日間は魔法が使えない。
――残念。転んで醜態晒せばよかったのに……
――転んで怪我でもするかと思ったのに……運のいい女ね
――あの男を雇ったのは誰? 下手ね!
――ちっ……しくじった……
――わたくしのレオさまに手を出すからよ!
くらっ、としたリズは、慌てて魔法を切断した。たった一瞬でコレである。数秒も聞き続けたら倒れてしまう。
「やれやれ、どこもかしこも、鬼の形相のレディだらけだ。きみに危害を加えそうな勢いだよ……」
「仕方ありませんわ。みんな、いいパートナーを見つけようと必死ですもの」
ぐっ、と背筋を伸ばして自分を大きく見せる。
「きみは、引く手あまただろう? レオを狙っているのかな? お似合いだけれども……」
「い、いいえ! わたくしはっ……わたくしがお慕いしておりますのは」
あなたです、と言おうとした瞬間、別の令嬢が体ごとぶつかってきた。会話を聞いていたに違いない。体格が良い令嬢が相手だったため、ぐらり、とリズの体が大きく傾いた。
「きゃ……」
「あぶなっ……」
シュテファンがとっさに腕を伸ばしてリズを抱き寄せようとするが間に合わず、リズは床に倒れ込んでしまった。大理石の床に体の側面を打ち付けてしまう。
「レディ、大丈夫か! すまない、わたしのパートナーが!」
壮年の紳士が、あわてて駆け寄ってくる。
「ああ、なんてことだ! 怪我は!? 大丈夫かね?」
大丈夫、と返事をして紳士の手を取り立ち上がろうとした瞬間、リズの右足に激痛が走った。
「う、い、痛い……」
思わずその場に蹲ってしまう。シュテファンをはじめとして、周囲にいた男たちがここぞとばかりにリズに駆け寄る。
「どうしたんだい? あ、リズ!」
なんと、人込みを掻き分けてレオまでが駆けつけてきた。レオの登場に、ぱっと人混みが割れた。
(ん? レオって何者……?)
「給仕、椅子を並べてくれ。レディが足をくじいたようだ。シュテファン、手伝ってくれ、レディを休ませる」
「はい」
ふわり、と、レオが抱き上げ、シュテファンの腕に渡された。
リズは、何とも言えない心地を味わっていた。心配してもらえる幸せ、守ってもらえる安心感。そして、レオとシュテファンの向こうにちらちら見える、露骨に悔しがる令嬢たちの顔。
――ああ、軽食に誘うどころじゃなくなってしまったわね……
それにしても、足が痛い。じんじんと熱を持っている。何度転生しても、記憶を持っていても、痛いものは痛いのである。
シュテファンが、椅子の上にそっと下してくれた。
「医者を呼んでくるから、ちょっと待っていて」
「ありがとうございます」
しかし、リズは一抹の寂しさを覚えていた。
シュテファンは、どうも、リズを見ていない。レディとしてあつかってくれてはいるが、結婚相手、恋愛対象として気にしてくれていない。なぜか、それがはっきりわかる。
(なぜ……?)
どうやってシュテファンをその気にさせるか――思案のしどころである。
(わたくしは、シュテファンさまをモノにして見せるわ!)
ドレスの影でこぶしを握るリズであった。