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:イシュタルと変わった御仁:

 そも、イシュタルとは――


 なぜかこの世界で主神として崇め奉られている女神である。そのイシュタルの概念は前世で認識していたものと大差ない。


 すなわち、大変美しい女神の名である。性愛や多産、豊穣の女神であり慈悲深かったと言われる。一度愛した男性は、深く激しく愛するという。が、慈悲深さがちょっと違う方向にも発揮され、夫がありながらあまたの愛人がいた。


 極めつけに、この世界のイシュタルは軍神としても激しくあがめ奉られている。なんでも、美貌で兵士をまとめあげて本来の負けん気と激情でもって敵を蹴散らして連戦連勝だったとかいう伝承がある。


 その結果、すべての軍旗には王家の紋章をさしおいてイシュタルが描かれ、訓練施設の入り口や都市の中央広場には勇ましい彼女の銅像が必ず建っている。特に好戦的な民族ではないが、誰も彼もがその銅像に祈りを捧げる。


 イシュタルのその勇ましさと苛烈さは、恋愛方面においても発揮される。そのときは、自分に靡かなかった男や興味のない男を冷酷に蹴散らかし、恋敵たちを容赦なく蹴り落として再起不能にしていくという。


 なぜリズがそう呼ばれるようになったのか。


 べつにリズにあまた恋人がいるわけではない。夜会という戦場で、獲物めがけて軍神イシュタルのごとくまっしぐらに切り込んでいく。そして、性愛の神イシュタルのごとく激しく愛情を注ぐ。興味のない男は失礼にならない程度にあしらわれマナー違反にならない程度に退けられる。


「おやおや、レディ・リズがこんなところで指を咥えてみているだけとは……珍しいじゃないか」

 声をかけてきたのは、レオだった。相変わらず貴公子然とした立ち姿である。


「レオさま」


 優雅に膝を折って挨拶をする。それだけでため息が出るほど美しく、周囲の令嬢たちが思わず見とれる。


「ときにレディ・リズ、お目付け役はどうしたんだい? レディがひとりで夜会に来るとは普通じゃないぞ」

「ちょっと用事を頼みましたので、あとからくると思いますわ……」


 黒服の彼らは、リズの妨害工作で泥だらけになった気の毒な令嬢たちの対応に追われていることだろう。だがそれを、レオに言うわけにはいかない。


「ふうん、じゃあ、お目付け役が戻ってくるまで、俺がお目付け役を務めさせていただこう」


 ぴたり、と絶妙な位置にレオが立つ。威圧感とも違うオーラが出るのがわかる。それでリズははっとした。


「美人で有名なのに不用心だよ、気を付けないと」


 耳元でそっと囁かれる。下衆な視線を向けていた男たちが散っていったのがわかる。ありがとうございます、と、言いながらリズはレオを見た。斜め上にあるレオの顔を見るようになった。


「……え」


 どちらかというとのんびり朗らかなイメージだったのだが、妙に凛々しい。角度の問題もあると思い、そっと体をずらしてみるが、精悍さは気のせいではなかったらしい。


 エメラルドグリーンの瞳が、油断なくリズと周囲を見ている。良家のぼっちゃんだと思いろくに素性を確認していなかったが、彼は何者なのだろうか。少なくとも、ただの遊びまわっている貴族の子弟ではない。


「あ、そうだ。君に朗報だよ。シュテファンの件で」


 にぱっ、と音がしそうなほどに明るい笑顔が浮かんでいた。あらなにかしら? と、優雅に応じるリズ……に、傍目には見えるだろうが、その目はギラギラと戦闘意欲に燃えている。


 レオが噴き出すのを堪えながら、


「シュテファンが剣の手合わせをご希望だよ。来週、うちの別宅で舞踏会をやるから、そのときにどうだい?」


 招待状を手渡してくれた。珍しい招待の仕方である。しかし、別宅とは。彼の親は相当なお金持ちである。リズはそれをありがたく受け取って、ハンドバッグへとしまった。


「君にはダンスの申し込みが殺到していたから、こちらで適当に組ませていただいた」


「ちょっと、わたくしまだ、参加とは……」


 シュテファンが参加するのに、来ないのかい? と、レオが楽しそうに囁く。


「さ、参加いたしますわ! 当然でしょう」


 ふん、と思わず鼻息が荒くなってしまう。なにせ、目線の先ではシュテファンが令嬢たちに囲まれて楽しそうにしているのだ。


「負けていられないわ!」

「うんうん。使える手段はなんだって使わないとね」


 しかしなぜレオは、ここまでリズに協力的なのだろう。


「レオ、あなたの方はどうなの? 誰か気になるレディはいらして?」


 なんならご紹介するわよ、と、言外に告げる。が、レオはこれ見よがしにため息をついた。


「俺の理想どおりの完璧なレディがなかなかいなくてねぇ……」


 む、と思わずリズは頬を膨らませた。


「完璧な令嬢は、わたくしとレディ・アンナベルがいるでしょう?」


 そうだけど、と、レオは言う。


「君ねぇ……」


 ため息と微妙な間があり、それがまたリズの神経に触った。思わず、


「なによ、わたくしでは不服なの?」


 と言い返してしまった。レディらしからぬ振る舞いだが、言ってしまったものは仕方がない。だがありがたいことに、レオはそのようなことには頓着しないらしかった。変わっている、といって良いだろう。


「そりゃ、うん、悪くないんだけど……俺は将来有望なシュテファンに早く身を固めて欲しいという気持ちもあってだな……」


 想定外の回答に、きょとんとしたリズは、ぱちぱちと瞬きしながらレオを見つめた。


 レオはぽりぽりと頬を掻きながらどこか困ったような表情でもある。


 これは大変なお人よしなのか、そういうお仲人さん的なものを生業としているのか。よくわからない御仁である。


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