元ヒロインな傾国の女狐は鳥籠の小鳥
なんで私が思い出すのが今なのよ!
そう叫びたい気持ちを抑えて、走る馬車から草むらに飛び降りた。
私はユーフィリア・ベルコット。ベルコット男爵家の三女だ。男爵家でも庶民に近い暮らしをしていた我が家だけれど、一人だけその暮らしに不満を持つ女がいた。
……前の私だよ!
私になる前のユーフィリアは夢で時々、この国を舞台としたゲームの内容を見ていたらしい。だから彼女は「私はいつか、王子様と結ばれるの!」と思っていたっぽい。いや、アラサー喪女の感性からすると痛すぎて心が死んでしまう。
前世の私は、気がついたらアラサーになっていた恋愛から遠いオタクだった。乙女ゲームも少しは嗜んでいたけれど、これは単にアニメ化された時にチラッと出た悪役令嬢とは名ばかりの常識的なことしか言わないライバルの兄が、非常に好みだったが故に手を出したのである。
……全然出なかったよ。
買ったからと全ルートクリアしたのは覚えている。公爵家の次男が兄思いの穏やかな人で推せるなぁ、と思っていたのも覚えている。けれど、好きな創作物というだけで言ったらもっと好きなゲームもあったし、もっと好きなアニメも小説もあった。よりによってアニメでキャバ嬢系クソビッチの渾名を付けられたヒロインに転生するなんて冗談じゃない。
夢である程度内容を把握していたユーフィリアは、面白いくらい容易くやんごとなき方々を籠絡していった。
ヴィオラを追い落とした彼女は自分がこれから王太子妃となることを疑ってもいなかったが、そこで悲劇は起こる。
王都で貴族にやたらと罹る伝染病が発生したのである。
最初は侯爵家次男のクロヴィス、次に騎士団長息子のレーガン、最後に王太子ラティス。ユーフィリアを愛した3人はパッと死んでしまった。
そのことで焦った彼女はなんとバカな子なんだろうと思うが、王族がめちゃくちゃたくさん死んじゃったせいで継承権が繰り上がって王様になった攻略対象公爵家次男レオルドの兄であるリカルドに言い寄ろうとしたのである。
「無理無理無理無理なんであんな絶対近寄っちゃダメな男に手を出そうとしたの。ああいうタイプの男は隣にいることを周囲に許された女だけが辛うじて側にいられるのよ!?」
ポッとでの女が近づくだけで男女問わず取り巻きが近寄ってはいけない女を刈り取るのだ。昔の超イケメンでお金持ちの後輩がそうだった。一年しか学校生活が被らないことを神に感謝したまである。
そして、陛下に取り入ろうとしたユーフィリアはシェイラとかいう似たタイプのヤバそうな女と共に怖いおじさんに引き渡されたのである。
そこで「私」を思い出し、怯えるシェイラをよそに髪飾りでなんとか縄を切り、草むらがいい感じで茂っているとこを見計らって飛び降りた。
「なんでいい思いをするのは全部ユーフィリアで、私は出だしからハードモードなのよ!」
死んじゃうからって雑に私に人生渡してんじゃないわよ、としかユーフィリアに言うことはない。
「こんなドレスじゃ動きにくいわね。ドレスと髪を売って他国へと逃れるしかないわ。あの連中が私を逃すなんて考えは甘いもの」
男爵家はほぼ庶民、私の感性も庶民。知識はあるから平民としてならなんとか暮らせるはず。
そう思って私はなんとか商人にあたりをつけてドレスとつけていたアクセサリー、それから髪を売り払い、ただの平民となった。
……なった、はずだった。
「あれ、エドワルド先生じゃね……?」
国を渡るために来た港町で、乗るはずだった船の前に、攻略対象がいる。
「どーいうこと」
ユーフィリア、あんた恨みでも買っていたの!? いや、あれだけいろんな男に粉をかけたのよ。しかも権力に釣られて王太子に転んだ。痴情のもつれで刺されたっておかしくはない。
「だ……、大丈夫よ! 髪は切って染めたし、見た目は男の子に見える……はずだし、身元を証明するものは何もない。いけるわ」
堂々と乗り込めばいいの、と横を通り過ぎようとしたとき、腕を掴まれて、楽しそうな声で「随分と面白い格好をしているねぇ、ユフィ?」と耳許で囁かれる。
「ユフィ? 申し訳ありませんが人違いでは?」
意識して声を低めにする。ふ、と表情が消える目の前の男に「やばい」と思った。
「ユフィ、私をまた騙そうだなんて悪い人だ。私に恋をしていると言ったその口で他の男にも愛を囁いた罪を学園に連れて行って暴いて見せようか?」
「やめてください! というかあれはユーフィリアがやったことで本当に私がやったことじゃないですから!」
なんでユーフィリアのせいでこんな目に遭わないといけないのよ! クソ、あの女やるなら破滅まで自分で走れっつーの。
「……君の言葉に嘘はない。だけど君は紛れもなくあの女だ」
悩むそぶりを見せつつも全く腕を放してくれなくて泣きたい。異世界転生だとか、思い出したのが最近だとか全く信じてもらえる要素がない。
「まぁ、いいか。アルフレッド様もユーフィリアが表に出なければ満足なさるだろう。君に選べる道は二つ。ここで死ぬか、私に生涯管理されるか」
そんな選択肢を許容できなくて、腕を振り払うと、彼は容赦なく私の脚を切りつけた。
「残念だ。困った君のままなら惜しくはなかったんだけれど。……恨むなら、アルフレッド様に目をつけられた自分を恨みなさい」
優しく、言い聞かす様にそう言ってきたエドワルド先生に、私は死にたくないと縋り付くしかなかった。
あっさりと剣を引いたエドワルド先生は嬉しそうに私を連れて帰って、屋敷に閉じ込めた。これは保険だから、と連れて帰られたその日のうちに足の腱を切られたあとは非常に優しくしてもらえたと思う。
「アルフレッド様」とやらが裏でやらかしている所業をエドワルド先生のせいで知っていくことになるが、それはまた別の話だし、ユーフィリアのせいでラティス様とクロヴィス様が死んだことを知って真っ青な顔をしてしまったのも仕方のないことだ。
……私がエドワルド先生の奥さんになって幸せになってしまっているのは、悪いことなんじゃないのかな?
これで繰り上がり陛下の周囲で書きたいところはかけたかなと思います。
読んでいただき、ありがとうございました。