廃墟ねかせ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
へえ、10万年以上昔の古代遺跡かあ。僕たちの寿命って、今のところは長くてもせいぜい100歳ちょい。単純計算で1000代は時間を経なくちゃたどり着かない計算だ。
これら古いものに関して、特別な気持ちを抱く人もいれば、そこらのゴボウと変わらない程度の価値しか見出さない人もいる。歴史学者、考古学者の人にとっては宝も同然、保護や保全を謳う声だって珍しくはない。
そうまでして残したく思うのは、どうしてなのだろう? 古く続いたもの、いわば今の自分の生命につながる「先輩」には、敬意を払わねばいけないという遺伝子の叫び? いやいや、それは警告なのかもしれない。何を秘めているか分からないものに対し、無自覚に距離を取るよう、本能が促している。そんな安全機能のようなものが。
僕たちには用途さえ分からない、古代の遺物にはいったい何があるのか? それを僕に考えさせてくれた、とある昔話があるんだ。聞いてみないかい?
ずっとずっと昔のこと。僕たちのご先祖様のひとりが子供の時、見つけたものがある。
自分たちが住む村より、わずかに7町(約850メートル)離れた森の中に、集落を見つけたんだ。どの家屋も形こそ整っているものの、土壁に浮かぶ緑色の苔と、取り巻くツタたちは、その全身を気味の悪い緑色に染め上げていた。
50戸ほどならぶすべての建物に、人や生き物の気配は皆無。彼はどことなく背筋が寒くなるのを感じて、すぐさま自分の家へ逃げ帰ったそうなんだ。
彼はすぐに両親へ、自分が見たものを告げる。すると「あそこは気の遠くなるほど昔から、我らの先祖が住まっていた場所。わけあって、今あるこの場所へ越してきたのだ。
いわばあそこは、先祖の墓標。くれぐれもいたずらなどせぬように」
そう告げられたものの、彼はそれをひとりで抱え込むことができなかったらしい。自分と同じ年ごろの子供たちにも、これこれ、こういうものが森の中にあったと話してしまったのだとか。
大人に隠れて、何かを行う。それは幼子たちには魅力的に感じられること。彼らは外へ遊びに行くフリをしながら、何名かがこっそり輪を抜けて件の集落跡へ向かったんだ。
全員で一斉には向かわない。もし親たちが遊ぶ現場に来たとしても、「かくれんぼをしていて、まだ見つかっていない」とごまかしきる人数で臨む。集落跡へ向かうメンツも気を抜くことはできない。それこそ親たちの目についたならば、監視の目が一気にきつくなることが考えられたことだ。
日を変え、人を変えて、一度に見る箇所も絞って、集落の全容を明らかにしていこうとする子供たち。今の自分たちが住まっている木の家に対し、この集落跡にあるものはすべて竪穴住居。
しかも、どの家にも入り口が存在しない。取り巻くつたをのけながら家の全面を見回しても、指一本入れる隙間が存在しなかったんだ。長い風雨にさらされて、土にうずもれてしまった可能性は否定できない。それでも、存在する家屋のことごとくが中に入れず、のぞけずという状態があり得るだろうか?
――ひょっとして、大人たちは「近寄るな」といいながら、この家屋のどこかにお宝をしまっているんじゃないだろうか。
自分だったらそうする、と集落跡を見て回った子供の一人が思ったんだ。彼は順番が一巡し、親の言いつけと自分自身の関心が薄れて足が遠のく子たちをしり目に、ある一軒の家に狙いを絞って、中へ入ろうと画策したらしいんだ。
主に発掘に使われるのは、鋭く尖らせた石器が選ばれる。彼自身が親の手伝いでいくつも作った力作だったが、標的とした土壁は想像以上に硬く、半日を掛けても拳一つ分を開けるのがせいぜいだったとか。
少し考えたなら分かる。もし、村に住む大人たちがものを隠したのなら、土ははるかに柔らかいもののはず。これほど難航するのであれば、手を引くべきなんだ。彼が続けていたのは、一度自分が手を入れたのなら、何か成果を出さないと気が済まないという見栄。そして前に親から聞いたことのある「マヨヒガ」の伝説が大きい。
――ひと気のない家であるマヨヒガ。そこからものを持ち帰ったものは、億万長者が約束されるといわれている。もしかしたら、これも同じようなことが起こり得るかもしれない。
そう信じ、作業を続けて幾日が経っただろうか。彼は掘り進んだ壁の中から、明らかに土とは違う、黒々とした石の塊を見つける。手にした石器で削ろうにも、表面には傷ひとつつかなかったが、それが発する臭いによく似たものを、彼は嗅いだことがある。
炭だ。何かしらを燃やし、その火が治まった時に残っているもの。あれがまとっている臭いそっくりだったんだ。
――ひょっとすると、こいつは火の中へくべれば何かが起こるかもしれない。
彼の行動は早かった。自分がこれまで掘った穴を雑に埋めなおすと、家へ取って返したんだ。当時はまだ火打石は貴重だったから、木の板と棒を用いた着火器具を使うのが一般的。
彼は村のはずれで、教えられたばかりの手順で火を起こす。それを毛皮へ燃え移らせると、立ち上る炎の中へ例の石を放り込んだんだ。
たちまち火の手はその大きさを増す。踏みつぶせるほどの高さだったのが、石を放り込まれたとたん、周りに生える木々たちを上回るほどにまで伸びあがる。それのみにとどまらず、もはや豆粒ほどに小さくなってしまった炎の先端は、中空で踊るように左右へ身体をくねらせる。そのだいだい色の肌から振り落とされるような形で、小さな炎たちが木々のてっぺんへと降りかかり、緑の葉をたちまち赤黒く燃え上がらせていく。
このような様では、大人たちに気がつかれないはずがない。ただちに人が駆けつけ、惨状に息をのみつつも、子供から事情を聞く。すぐさま村から長い鉄の棒が2本持ってこられると、それを遠くから火の中心へ差し入れて、件の黒い石をはさみ、取り出す。それだけのわずかな時間で鉄は赤熱し、ぼろりと溶け落ちてしまったとか。
炎から離れても石が変わらずにまとい続けていた火は、村全体が保有していた水の、実に五分の一を注いでようやく消し止められたという有様。彼が起こした火そのものは、石を取り出すや、あっという間に元の大きさへ戻ってしまったらしい。木に燃え移った分も、最終的には地上より高いところで自然に鎮火。惨事には至らずに済んだとか。
彼は親たちに詰問され、洗いざらいを白状する。大人たちは一様に天を仰ぎ、続いて彼自身を憐れむような視線を送ってきた。やがて村長が重い口を開き、彼へ告げる。あの黒い石は、おそらく「神の燃料」である、と。
我々が生きる上で枯れ木などを集めて火を求めるように、神々もまた火の元を求める。あの廃墟の跡は、いわば神々にとってのたきぎ置き場だと。
「わしらも誰一人、この目で確かめたわけではない。ずっとずっと昔から、そう伝わっているだけじゃ。しかし、それを勝手に扱ったとなれば、わずかながらでも不足が生まれることになる。
お前の何が奪われるか分からぬぞ。心しておくがいい」
彼はそう釘を刺され、おののきながら十数年を過ごすことになる。
現代より医学が発達しておらず、寿命が短かった時期だ。30をいくらか過ぎた彼も、村の中では年寄りの仲間入りを果たそうという歳だった。
当時を知る者は、もう彼と同じ年頃だった子供たちしかいなかったが、例年になく涼しい年に、異変が確認されるようになる。あの集落跡にある家屋の数が減ったというんだ。
それもただ壊されたわけじゃない。布をぎゅっと絞る時のように、被害に遭った家屋すべてが、それを構成する土ごと全身をねじられている。それも、手のひらに納まるほどの大きさになってしまうほどにだ。
話を聞いた彼は、すぐに神が燃料を使おうとしているのを察する。くれぐれもその縮んだ家屋に触れたりしないよう、村の皆に伝える。そうしている間にも、家屋は一日、一日とその姿を雑巾のようなものへ変えていってしまい、彼自身、この体験に関する記録を、木の板に残したらしいんだ。
そして集落跡に残る家屋が数えるほどになった未明。彼の姿は家から消えていた。家族があの集落跡へ向かったのだと思い、現場へ向かったところ、土気色の塊の中にただ一つ、人の肌の色のような塊が混じっていたという。
それに人々が触れることは叶わなかった。転がっていた塊は次から次へ、自然と火を噴き出して集落跡をすっぽり包む業火と化した。その勢いは、村へ逃げ帰った皆が、いまだに肌がちりつくような熱気を覚えるほどだったという。
丸一日、燃え上がったその火が消えた時。かつての集落跡には焼け焦げた痕のみが残されていたが、その日を境に、空気の温度は例年並みにまで上昇。安定したとのことなんだよ。




