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第十五話 家族との別れ

「二度、同じ技は食らわんよ!」


<ファイア・ストーム / 炎の大嵐>



 四つの文字が浮かび上がると同時に、――突如、ユリウスの周囲に炎が出現し燃え上がる。

 四字源スペル、ファイア・ストーム。その炎は一瞬のうちに天に届くほど火力を上げ、彼とリリスを中心に竜巻の壁となる。


 粒子の刃はその壁にぶつかった瞬間、四散し燃え尽きるように消えてゆく。



「……時間稼ぎか。なら、こちらも動かせてもらおう」



 アベリウスは勢いよく指を鳴らす。先ほどまで、人の気配が感じられないこの空間に、ポツリポツリと人影が現れる。その数は五つ――不気味な仮面を被り、手にはミスリルの剣を握った男たちが立っている。

 

 アベリウスが率いる特殊諜報部隊CALNE<カルン>の一員。黒いローブを着こんだ男たちは、彼の指示により、炎の竜巻を取り囲むように位置ずく。

 火が収まるのを待っているのだろう。もはやこの空間は、燃え盛る森と仮面越しに見える彼らの赤く光る眼によって、異常なまでのプレッシャーが場を支配していた。


 燃え盛る竜巻の中心。娘であるリリスに対し、ユリウスは語りかける。



「リリス……もうじき私たちを守る炎の壁は消え去るだろう。私が指示を出したら、すぐに走って逃げなさい。そして、ファロンまで向かうんだ……いいね?」



「い、嫌ですお父様……! せめて、最後くらいは父の娘として共に戦わせてください!」



 リリスは泣きながら父に訴えかける。

 

 泣いている彼女を勇気づけるように、彼はリリスの体を抱きしめる。お互いの別れが近いことを彼らは感じていた。

 “何とか娘だけでも助けたい”、そのような考えが甘いことは十分に理解している。それほどまでに、 “伝説” と呼ばれる、彼の存在は絶望的なものだ。


 だがユリウスの目に絶望はない。


 ファイア・ストームの発動と同時に、広範囲の気配を探る探知魔法を発動していた彼は、東へ数キロの位置に二つの大きな魔力を放つ存在を確認する。

 敵か味方かは分からない。ファロン国の者が、私たちの危機を察知し、助けに来てくれたのかもしれない。

 望みは低いが、可能性は0では無い。ユリウスは藁にも縋る思いで、目の前に飛び込んできた一筋の望みに全てを掛ける。



<ブレッシング・ゲイル / 疾風の加護>



 リリスの体を心地よい風が包み込む。下から上へと吹き上げる風が、彼女の涙をすくい上げた。――体に着けていた重石が、急に取れたかのような感覚。

 父の魔法だと理解はしているが、何が起きたのか分からず、驚きと疑問の表情を浮かべるリリス。そんな彼女の顔にユリウスは手を当て、頬についた汚れを拭い取る。



「どうだ、体が軽いだろう? これで二、三時間は走り続けることができるはずだ」



 共に戦うと心を決めたリリスの発言は、父の耳には届いていなかった。彼女はもう一度訴えかけるように、声を上げる。



「一人で逃げ出すなど私は嫌です! この命……最後までお父様とご一緒いたし――」


「――よく聞けリリス!」



 父は、娘であるリリスの訴えを遮る。

 ユリウスは首からぶら下がるように掛けられていたペンダントを取り外し、リリスの手へと握らせた。

 真紅に光り輝く宝石からは、僅かだが熱を放っている。

 

 彼女の不安にあふれた気持ちが、このペンダントから発せられるぬくもりによって落ち着きを取り戻す。

 一体この宝石にはどのような力が宿っているのだろう? そのような思考がリリスの頭をよぎった。一族から代々と受け継がれる、名前も知らぬ秘宝。これを渡す理由など一つしか存在しない。



「このペンダントは、我が家系に古くから受け継がれてきた。重要なのは中心に埋め込まれている宝石。これだけは、絶対に帝国へ受け渡してはならんのだ……」



 ――彼女は父の訴えを理解する。

 本当はペンダントなど離れるための口実にすぎないのだと。



「私の最後のお願いだ……。どうか、このペンダントを学術国家ファロンの王へと渡してほしい」



 ――涙を抑えることができず、しわくちゃに歪んだ顔を見れば誰だって……。



「お父様……」



 ――リリスは覚悟を決める。

 


「このリリス・フューク・ド・ライル、お父様の名により、必ずこのペンダントをファロンの王へと届けることを誓います!」



 先ほどまで、不安の衣を纏っていた彼女の姿はどこにもなかった。父であるユリウスをこれ以上心配させたくないという気持ちが、彼女の決心を推し進める。


 父の覚悟が彼女に伝わったことに対し、ユリウスは笑顔を彼女に向けた。

 彼女の頭を優しく撫で、一言 “ありがとう” とリリスへ伝える。


 このまま時が止まって欲しい、そんな考えが甘えでしかないとリリスは理解している。だが灼熱を放つこの壁の先には、家族の絆など簡単に壊せてしまう最強の男がいるのだ。

 人の気持ちをいとも簡単に踏みにじる、そんな男には “絶対に負けたくない” 。そのような感情がリリスを前に進める。 


 炎の竜巻の範囲は徐々に狭まっており、魔法効果が終わりが徐々に近ずく。だが二人の表情に迷いは存在しない。

 あるのはアベリウスという ” 伝説” に対し一矢報いたいという感情のみ。倒すことはできなくとも、私たちの覚悟を彼に対して叩きつけたいという信念がそこには存在した。



「時が来た! リリスよ、東へ向けて一直線に走り続けるのだ!」


「分かりました! お父様!」



 彼らを守っていた炎が徐々に消えていく。

 ――そして




「長話は終わりかな?」



 

 アベリウスが呟いた直後、消えゆく炎の壁の隙間を縫うように、五人の男が二人に飛びかかる。



<アトミック・レイ / 降り注ぐ光の粒子>



 ユリウスは咄嗟に五字源スペルであるアトミック・レイを発動する。空高くに光の粒子が出現し、徐々に光の束となり五人の男の頭上から光の柱が彼らめがけて突き進む。

灼熱を放つ光の柱は、触れたもの全てを蒸発させてしまうほどの熱さだ。

 

 魔法の発動を予測した三人の男は、瞬時に回避体制に移ったことによりなんとかアトミック・レイを回避することに成功。

だが、光の速度で突き進む――光線の軌道を予測できなかった二人の男には直撃する結果となる。空から降り注ぐ光によって、彼らの体は分解され、塵となり消えていった。


ユリウスは魔法により、二人を倒す。

三人を撃ち漏らしたことにより焦りを感じた彼は、大声でリリスへ向け叫ぶ。



「リリス! 走れぇぇ!」



 父の叫びを聞いたリリスは、東へ向けて一目散に駆け出す。

 疾風の加護の効果により、今の彼女は鳥のように身軽な速度で、木々の合間を縫うように走抜ける。

 


「ユリウスは私が始末する。お前たちは女を追え」



 アベリウスの言葉を聞いた三人の男は、森の奥へと消えゆくリリスの後を追う。

 だが、そうはさせまいとユリウスはローブの男たちへ向けて魔法を唱える。



「行かせるか!」



 先ほど使用した五字源スペルのアトミック・レイをもう一度唱えるため、周囲に五つのルーン文字が浮かび上がる。

 詠唱が終わり、彼の手から魔法が放たれようとした直前――



「私を前によそ見とは……いささか慢心がすぎるのではないか?」



 ――突如、アベリウスの声が近くで聞こえる

 



「――なに!?」



 咄嗟に後ろを振り返る。そこには、手に漆黒の剣を握ったアベリスが立っていた。

 ユリウス目掛け、振り下ろされる剣が彼の視界に広がる。



――無詠唱

<オーバー・タイム / スピード上昇>



 発動直前だった魔法をキャンセルし、ユリウスは自分自身へ無詠唱による強化魔法をかける。

 オーバー・タイムの効果によって、ユリウスの行動スピードが2倍まで上昇。これにより、ユリウスの首をあと一歩で両断するほどの位置まで来ていたアベリウスの剣を紙一重でかわすことに成功する。

 


「――ッ!」



 アベリウスの一太刀を交わした彼は、そのまま助走をつけ後方に一回転するように大きくジャンプし距離を取る。

 ユリウスの首筋から流れる血は、極限の攻防だったことを意味していた。

 気を抜けば一瞬のうちに命を刈り取られてしまう。そのようなプレッシャーからか、彼の額には大量の汗が滲んでいる。



「炎獄の魔術師――ユリウス・フューク・ド・ライル。私を楽しませてくれよ?」



 ――そう呟いた彼の表情には、笑みが溢れていた。

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