第十四話 漆黒
破壊された馬車を中心に半径100メートルほどの空間に、幾度と巨大な爆発が発生する。馬車を中心に発生した爆発は徐々に距離を伸ばし、漆黒の粒子を漂わせているアベリウスを巻き込んだ。
あまりの衝撃により木々はなぎ倒され、草木に燃え移った火によってあたり一面は地獄のような空間と化す。
地を這うようにして流れていた煙が、徐々に薄れていく。アベリウスの立っていた空間が徐々に顕となり、そこには黒い球体が一つ存在していた。
彼の体を守っていた球体は徐々に分解され、アベリウスの体に纏わりつくように粒子が中を舞う。
焦げ臭い匂いが周囲を包み込む。もはや原型のとどめていない、破壊された馬車付近から、この爆発を起こした人物の声が周囲に響き渡る。
「一体この私に何のようだね? ……わざわざ帝国から追ってきたと思えば、手厚い歓迎をしてくれたものだな。不意打ちとは、君にお似合いの言葉だよ」
目の前の彼を挑発するかように、かけられた言葉。アベリウスはその長い髪をフッとかき上げると、ユリウスの方を見て語り出す。
「追ってきた? 待機していたの間違いだろう。私が君の行動を見落とす訳がない」
行動を読まれていたことへの焦りがユリウスの心をざわつかせる。だがそれを表情に出してしまえば、相手の思う壺だと理解しているユリウスは、冷静な表情で後ろにいるリリスへと顔を向けた。
「リリス……。怪我はないか?」
リリスの顔は煙によって黒く汚れていた。 爆発の衝撃だろう、着ていたドレスは所々が破けてしまい、彼女の繊細で美しい肌が露出している。
そんな状態の彼女の目は潤んでおり、今にも泣きそうなのを我慢している表情でユリウスを見つめていた。
「私は大丈夫です……。でもニコルが……」
彼女の視線は、“ニコルだったもの” の方へ視線を向ける。彼の体は中心から引き裂かれてしまい、地面に横たわっている。
周辺には臓器が散乱しており、おびただしい量の血が地面に水たまりのように溜まっていた。
彼の死体を見てしまったからだろう。現実を受け入れてしまった彼女は涙を流し、声を出して泣いている。
「……ニコル。すまなかった……私についてきたばかりに」
ニコルとは主従を超えた、家族のような関係だった。
彼はリリスが生まれた時から面倒を見てくれている。時には彼女の我がままに付き添い、帝都のお店にお忍びで遊び連れて行ったりもした。
そんな優しく、頼りがいのある勇敢な男の死に、ユリウスは絶望する。
あまりの悔しさに、彼は拳を強く握った。耐えるように噛み締められた唇からは、一筋の血が流れる。
「何故我々を狙う? 貴様が滅ぼしたエルフ族の村のように、私たちも力で消し去ろうというのかね?」
ユリウスは、表情一つ崩さない冷酷な男に語りかけた。
「……あのエルフたちのことか。彼らの土地は帝国にとって不可欠な存在だ。素直に受け渡せばいいものを……愚かな奴らだよ全く」
帝国の南方に存在するディアナ山岳。この山には、昔からエルフ族の村が存在する。
山から採れる ”魔輝石” には高濃度の魔力が宿っており、近年では帝国の開発する魔装兵器の原動力として使用されている。
帝国はエルフ族に対し、無条件で土地を明け渡すように要請。エルフ族にとってはなに一つ利益がないため、この要望を拒絶した。
――たった一度の話し合い。
その結果、帝国の王である “マル・キュロス十二世” により、殲滅の指示が出されることとなる。
軍事的利用価値のある彼らの土地は、帝国にとって必要不可欠であり、力による支配は必然的な結果だったのだ。
「私はあの “愚王” のやり方には、何一つ賛同できん! 無実の者たちがこれ以上命を奪われるようなら、私にはそれを止める義務がある!」
帝国三大貴族である、ユリウス・フューク・ド・ライル。
今回行われたエルフ族殲滅戦に対し、常に抗議の意を示し続けたのが彼だ。武力行使による政治的な決断は、他国との交易の際、信用を失うことになる。
なにより、無実な者たちが私利的な理由によって、命を奪われるこことに、ユリウスは心を痛め続けた。
そして、ユリウスは隣国である学術国家ファロンに “亡命” することを決断する。
帝国の極秘情報を握る彼の亡命。周辺他国に脅威を振るう、帝国の動きを牽制するには有効な手段だ。
それが――悩み続けた彼の答えだった。
そんな彼の返答に、アベリウスは呆れた表情で返す。
「ユリウス……貴様は馬鹿な男だよ。力のない正義とは、弱き者に無駄な希望を与えるだけだ。貴様が正しいというのなら、その力で己の考えを証明して見せるんだな」
アベリウスの腕が、上から下へと振り下ろされる。それを合図として、ニコルを殺した時と同じように、周囲に漂う粒子が刃の形を形成し、ユリウス目掛けて突き進む。