第十二話 ニルの本心
そんな彼女の行動に、ロフィスは苛立ちを覚え、声を荒げそうになる。
だが、それではニルを傷つけるかもしれないと考えたロフィスは、落ち着いた声のトーンで語りかけた。
「どうしてって……。 なんで自分の命を差し出そうなんて考えになるんだ?」
「…………」
彼女は少しばかり口をつぐみ……声を出す。
「絶対の王であり、アビシャル・ゲートの全てを統一し、魔王となられたロフィス・アーレガルド様。私はあなたを失望させてしまったことが、とても恐ろしいのです」
…………。
あぁ、どうりで……。
「私だけが失望されるなら、まだ良いのです。他の配下である者たちまでロフィス様の気持ちが離れてしまうことが怖い……。そのため、この命を差し出すことで私なりの誠意を表そうと――」
「――ッ! 馬鹿者!」
ロフィスは勘違いしていた。彼女が自分に対する思いに認識にズレがあることを……。
自分自身を慕ってくれているのは、ニルを生み出したことが理由だと考えていた。
親を思う、子供のような気持ちが強いのだと。
だが、先ほどの発言により理解する。 彼女にとって、ロフィスとは従えるべき “魔王” であり絶対なる存在。世界の全てを統一し、全ての生命体の頂点に立つ存在なのだと。
きっと、彼女は怖かったのだ、ロフィスに失望され――ましてや仲間であるNPCたちが捨てられてしまうことが……。
そんな彼女の気持ちに応えるため――彼女の勘違いを正すために、ロフィスはニル語りかける。
「ニル。そんな悲しい顔をしないでほしい。 俺の方こそ、ニルの気持ちを理解していなかったようだ。すまない……」
ロフィスは彼女に対して頭を下げる。
「ロ、ロフィス様!? 私などのための頭を下げないで下さい!……あ」
――ロフィスの両手が彼女を包み込み、彼女の耳元で囁く。
「いいかい、ニル。俺は君に失望なんかしない。そんなことより、君の命が失われてしまう方がよほど恐ろしいんだ」
今にも消え入りそうな彼女を安心させたい。そんな気持ちにより、抱きしめるという行動で、彼女の不安を取り除きたかった。
「ロフィス様……」
安堵を含んだ彼女の表情。彼女が瞼を閉じる――その目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「俺はお前たちを愛している。だから、簡単に命を投げ出すような、そんな悲しいことは絶対にしないと約束してくれるかい?」
彼女の目から溢れるばかりの涙が、頬を伝う。先ほど自分が行った行動に対して、悔いるよう――ロフィスの問いかけに対し、彼女は何度も頷く。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ロフィス様」
「ははっ! 別にそこまで大したことでもないんだがな。泣いてばかりでは、せっかくの綺麗な顔が台無しだぞ?」
ロフィスの手が彼女の涙を拭う。予想外の行動だったのだろう、ニルはビクンと体を揺らし、その表情には、どこか恥ずかしさを含んでいた。
「はうぅ……。何だか情けないです……」
「おっちょこちょいなニルも、可愛げがあって好きだぞ?」
その発言に、ニルの顔はゆでダコのように赤くなる。女性に対し経験の浅いロフィスは気づかぬうちに、彼女の心を揺さぶってしまう。
「ロフィス様……。ずるいです……」
そう一言発言し、地面から腰を上げたニルは、斬魔刀の落ちている場所まで駆け足で向かう。そして、瞬時に己の愛刀を拾い上げ、華麗なスピードで刀を鞘に納めた。
どこか吹っ切れたのだろう。一切無駄のない動きには、先ほどまでの弱々しい彼女の姿は、どこからも感じられない。今の彼女の表情には自信が満ち溢れているようだ。
いつの間にか時間が経っていたのだろう。明るかった空は淡い赤黄色に染まり、夕焼けの訪れを感じる。
夕日に照らされた彼女のシルエットは美しく、ロフィスは息を飲んでしまう。
「……ニル」
ニルの体はロフィスの方を向き、突き出した拳には刀が握られている。
ゴホンと咳払いをした後に、開かれた目には光が宿っていた。
彼女の口が開かれる。
「お見苦しい所を見せしてしまい、申し訳ありませんでした! このニル・ヒストリア、只今からロフィス様に真の忠義を尽くすことをお約束いたしま――」
ーーぐぅ
「…………」
「…………」
静かな空間に、お腹の音が響き渡る。
辺りを夕日が包み込み、彼女の顔が照らされているからか、顔は真っ赤に染まっている。
ワナワナと震えている彼女に、ロフィスは一言。
「ニル、ご飯食べようか」
「…………は、はぃ」
どこか優しげな空間に、二人分の笑い声が広がるのだった。