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プロローグ

 貴族の少女が一人、森を駆け抜けていた。

 息を荒げ、今にも泣き出したい気持ちを抑えながら、彼女は一つのペンダントを胸に抱えて走っている。


 その彼女の後ろを追うように、黒いローブに身を包み――顔には不気味な仮面を被った三人の男が後を追う。男達の手にはミスリル製の剣が握られていた。



「――あっ!」



 ――ドシャ


 地面から生えている木の根に足を取られてしまい、少女は大きな音を立てながら地面に吸い込まれていく。


 手に持っているペンダントは少女の身を離れて、地面に落下してしまう。

 少女の着ているドレスは土で汚れ――森を駆け抜けていたこともあり、木の枝などで服のいたるところが破け、もはや気品の欠片もない。

 落としてしまったペンダントをすぐに拾おうと、少女は転んだままの体勢で手を伸ばす。



 突如――彼女の手にミスリルの剣が突き刺さる。

 手の甲から血が流れ、灼熱のような熱さと激痛が彼女を襲うと同時に、黒いローブの男たちに追いつかれてしまったことの恐怖心により動くことができない。


 蛇に睨まれたカエルのように、後は死を受け入れるだけ。



 手に刺さっている剣が抜かれ――

 ――彼女の顔に振り下ろされる。



 彼女の顔には血が飛び散り、妙な生暖かさを感じる。だが不思議と痛みはなく意識もはっきりとしていた。


 疑問に思った彼女は、閉ざしていた目を開いた。

 目の前の男は石像のように動きを止め、手に持っているミスリルの剣は彼女の顔の寸前で止まっている。


 ふと男の顔を見る――おかしい。仮面をかぶっていない。否、仮面をかぶっていないのではなく男の頭がどこにも存在していなかった。本来、頭が存在していた場所からは大量の血が噴水のように噴き出している。


 男は手に持った剣を地面に落とすと同時に、まるで糸の切れた人形のように地面へと吸い込まれていく。



「――ッ! 貴様! 一体何をした!」



 突然の出来事に驚いた二人の男は、咄嗟に彼女から距離をとり言葉を投げかける。

 目の前で仲間を殺されたからだろう、先ほどの冷静さはない。――次は自分の身に同じことが起きるのではないかとの不安で、呼吸も乱れている。 



 彼女は男の方を凝視していた。正確には男の後ろに存在する “何か” に目を奪われる。

 その存在を認識したとき――



「……ひぃ!」


 彼女は小さな悲鳴をあげた。

 あまりの恐怖により、体が緊張してしまい大きな声を出すことができない。


 ――そこには絶望が存在していた。


 人の体を成し、全ての悪を体現したかのような造形美。

 頭には二本の角が生えており、体は甲殻のように硬い外皮に覆われている。そして体からは、漆黒の闇が溢れるようにその身を纏っている。


 何よりも特徴的なのは、背中に生えている六つの翼。翼からは真紅の粒子が溢れんばかりに放出されている。

 見る者全てを絶望させる風貌は、その者を生物の頂点に君臨する存在だと証明していた。




 ――魔人




 言葉で表現で表現するには足りない――常軌を逸した存在がそこに佇んでいた。

 彼女の悲鳴と視線に気づいた男は咄嗟に後ろを振り返る。



「ぐがぁ!」



 悲鳴が辺りに響き渡る。

 男の首を手で掴み上げ、じわじわと手に力を入れている。まるで子供が好奇心で虫を殺してしまうように――魔人は苦しみに耐えている男を観察している。


 だが、そう長く時間はかからなかった。


 ――ボキッ


 辺りに太い木の枝が折れた音よりも,鈍くて低い音が響き渡る。

 苦しみから逃れるために動いていたはずの男は、手を離されたことによって地面と衝突し崩れ落ちた。

  二度と動くことのない――その男を残念そうに見つめていた魔人はもう一人の男の方を向く。

 

 一つ一つの動作を魔人が行うたび、身体中の血液が逆流するほどの恐怖によって、睨まれた男の行動を鈍らせる。



「や、やめてくれ……」



 男は魔人から逃げ出すように、少女の方めがけて走り出す。恐怖により体勢を崩しながらも、なんとか彼女の横を通り過ぎようとした、その直後――


 <デス・フリーク / 死の波動>


 魔人が指を鳴らす動作を行った直後、顔が突如歪み始め――

 ――男の頭が弾け飛んだ。



 男は死んだ。

 辺りを静寂が包み込む。



「いやぁぁぁ!」



 二度にわたり血をかぶった少女は、現実とは思えぬ光景に叫び声をあげる。

 彼女を追っていた、黒いローブの男たちは全て死んだ。彼女の脳内に一つの答えが浮かび上がる。


 ――次は私の番。


 悲鳴を上げたことで、魔人の注意が彼女に向く。

 “死” そのものが一歩一歩近づいてくる。


 逃げ出したいほどの恐怖が彼女を襲う。だが、逃げ出してしまえばどうなるのだろう? 先ほどの男のように殺されてしまうかもしれない。

 あの “死” そのものに背を向けることの恐怖が勝ってしまい、動くことができない。



 受け入れるしかなかった。

 “死” を。


 

 魔人が彼女の前にたどり着く。

 動くことのできない彼女に、魔人は手をかざす。


 不思議と恐怖はなかった。理解のできない現実に思考が追いついていないからだろうか?

 魔人の手から光が放たれ辺りを照らす。


 どうか痛みもなく、全てが終わりますように……。

 そっと目を閉じた彼女は、一筋の涙を流した。


 光が彼女の体を包み込む。

 そして――


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