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越冬  作者: 社 やすみ
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悪いな

 そう思うものの、俺は声にならず、(うめ)くのみで、すぐに黙ってしまう。オーナーは少し照れた様な顔で、あちらこちらに目線を飛ばしながら、時折、俺を見る。


「あ、さすがにビックリしちゃった? はは……」


「はは……」


 俺は何となく笑い返すが、すぐに黙り、気まずさの中でそのまま沈黙することしか出来ない。対するオーナーは天を仰ぎながら、苦笑混じりに話を続けようとする。


「私ね、あんたから連絡があって嬉しかったのよ」


「ああ、番号そのままだったんだなって思ったな。 何年その番号なんだ?」


 聞きたくない話から逃げるには、話をそらすのみ。それには、手近な話題をぶちこむのがいい。


「ところでアレだ、俺は腹が減ったよ。 何か食わせてくれるんだろ?」


「あっ、そ、そうね……」


 カウンター内のコンロには圧力鍋がかけられていた。オーナーが火を止め、何やらいじると、蒸気が噴き出す。俺たちは二人とも押し黙り、店内には蒸気の音だけが響く。


「……」


「……」


 オーナーは何やら細々(こまごま)と用意を始めた。食器や箸を俺に出したり、飲み物を出したり。俺はオーナーが向こうを向いた時だけ、視線を投げる。見える背中は少し寂しそうに見えた。オーナーは見た目にはほとんど変わらないが、中身は随分丸くなったんだなと思う。会わない間、きっと色んなことがあったんだろう。俺はつい最近までこれといって何もなかったが、瑠美架と出会ってからは、毎日が、世界が違って見える様になった。


「悪いな……」


「っ、何が?」


 お前は精一杯の気持ちをぶつけてきたってのに、向き合わなくて。


「……」


 そう思っちゃいるが、俺は声には出さない。いや、出せないのか。


「……」


「……」


 あの女帝が四十路にもなって素直に気持ちを吐露するなんざ、相当な勇気だったんじゃないかと思う。歳をとってもあの頃と変わらない見た目をキープしてきたのは、相変わらずのプライドの高さ故だろう。そんな女がありのままの気持ちを見せたんだから、余計に、その気持ちに向き合わなくて悪いなと思う。だが俺には瑠美架がいて、オーナーに気をもたせる様なことは言えない。それをしたら、瑠美架を裏切ることになってしまう。それは俺の中ではナシなんだ。絶対にあっちゃいけないことなんだ。だから一切、応えられない。


 前の俺ならこんなことは思いもしなかったろう。都合よくキープして金づるにしていたはずだ。だが瑠美架と一緒にいるうちに、あの子を気遣い想ううちに、俺は随分変わったものだと思った。すると自分の大人げなさに自嘲の笑みが漏れて、それを見たオーナーも、少しだが笑った。その顔はこれまで俺が見たオーナーの顔の中で、いちばん柔らかくて、美しいと思った。

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