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越冬  作者: 社 やすみ
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背中にかんじる亜希子の視線

 俺の背後から「ふぅー」という吐息の音がした。深い、なのに弱々しい吐息で、この部屋には俺と亜希子しかいないのだから、発したのが亜希子であることは明らか。だが、あまりに弱々しいその勢いに、俺は何だか違和感をかんじて、思考が停止してしまった。亜希子の吐息は本当にこれ以上なく弱々しく、これまでに聞いたこともない様な震えさえ混じっていた。そこにはただならぬ感情をかんじたが、俺には心当たりがなく、虫の居所でも悪いんだろう、程度に考えた。


「こんなに少なかったか、服」


 俺は服をあらかたタンスから出した。タンスの奥には、俺がこの亜希子の部屋に転がり込んだ時に使った黒のボストンバッグが入っていた。俺はバッグを引っ張り出して、中に服を詰めて行く。背中に亜希子の視線をかんじるが、俺は振り返ることもせず、話しかけることもせず、どんどん服を詰める。亜希子が何度か口を開いて浅く息を吸うのが分かった。その度に俺は耳をすませて、何か言うのかと待ったが、亜希子は決まって口を閉じ、溜め息にも似た重い鼻呼吸をして、無言で俺に何かを訴えかけている様だった。何か言われれば答えることも出来るのだが、何を言うでもなくただ背後に立たれているだけではどうすることも出来ない。何だか少し部屋の空気が重くなった様な気もしたが、俺は亜希子に対して特に思うこともないし、頭の中は瑠美架のことばかりになっていて、早く新たな生活基盤を作らねばならないとはやるばかり。そもそも亜希子とは付き合いが長いだけだ。だから何を考えていても他人事だ。


「どこに行くの?」


 亜希子の声は、まるで腹から出した様な情念のこもった厚みのある声で、普段しなだれかかってくる時の高く嬉しそうな声とはあまりにも違った。こちらを見ているのが分かる。いまだかつてない視線を背中にかんじる。今までにない、凝視の雰囲気。これはただごとではない。身内に不幸でもあったのかと思い、当たり障りなく話を聞くぐらいしてもいいかとも思ったが、瑠美架以外の女と必要以上に話すこともないかと思ったし、何かあったにせよ巻き込まれたくないという気持ちがあって、放っておくことにした。


「……」


 無言でやり過ごす俺は、視線を背中にかんじたまま身支度を終えた。部屋を出ようと立ち上がり、玄関の方へと顔を向けると、視界の端に亜希子が見えた。このまま無言で出るのも変かと思い、俺は少し早口で「泊めてくれるとこあるから」と言って、俺を見ている亜希子の方へは目を向けない。次の場所、ナギサのところにもサッサと寄って、泊めてくれるところ、つまり瑠美架のところに早く帰りたい。

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