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破滅の改変者  作者: 篤
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『迷いの森』②

 



 二日目の朝、ソゼリード一座は予定通り午前七時に出発した。その日は何の異変もなく、旅程は順調に進んでいった。


 アレクは道中、グリッドを観察していたが、彼はまるで昨夜の出来事などなかったかのように振る舞っていた。だが、アレクに対しては極力接触を避けているようにも見える。


 もっとも、馬車での移動が大半であり、正面には常にリフォアが座っている。そもそも他の誰かと話す機会自体が少ない。昼前、昼過ぎ、夕方と短い休憩はあったものの、長い休息は夜だけだった。


 だが、その夜ですら、グリッドはこちらと距離を置き続けた。監視していても尻尾を出す気配はない。


「……やはり、待つしかないか」


 満天の星空を仰ぎ見ながら、アレクは確信した。


 ——明日、襲撃が来る。













 馬車の窓から流れ込む風が髪を揺らす。アレクは揺れに身を任せ、変わらぬ森の風景をぼんやりと眺めていた。


 ふと、正面で微かに寝息を立てるリフォアに目を向ける。目立った呼吸ではないが、揺すればすぐに起きるだろう。無防備な姿――すなわち、アレクを信頼している証だった。


 ——うまく騙せている。


 その確認を終えた瞬間、馬の嘶きが響き、馬車が急停止する。


「なっ!? 何が……まさか……」


「……取りあえず、外の様子を見ましょう」


 アレクは心を定め、馬車を降りた。





 外に出た瞬間、異様な光景が目に飛び込んできた。


「な、なんだ……なんなんだこいつらは……!」


 リフォアが絶望と驚愕に震えた声を上げる。馬車を取り囲むのは、三十人余りの賊――粗暴な武器を手に、野卑な笑みを浮かべた男たちだった。


 護衛たちはすでに全滅している。狙い澄ました奇襲によるものだろう。馬車の中心にいたアレクだけが、偶然か、あるいは意図的に生かされたか。


 動揺の波が広がりかけていた。放っておけば、パニックは避けられない。


「リフォアさん。事前に言った通りです、落ち着いてください」


 小声でリフォアに告げる。同時に、信頼できる一座の面々にも予め注意を促しておいた。


 アレクは剣を二本抜き、皆の視線を一身に集めた。そして、賊の首魁と思しき男を睥睨する。


「やはり、あなたの仕業ですか――グリッド」


「ククク……あはははは! お馬鹿な剣士様だなぁ! 俺が怪しいとわかってたのに、何もしなかったとはな!」


 狂気じみた笑みを浮かべるグリッド。だが今は、こちらが冷静さを崩すわけにはいかない。


「これだけの伏兵を潜ませるには入念な準備が必要だ。防ぐのは不可能だ。それに、あなたに悟られれば、すべてが水泡に帰したでしょう。私は待っていたのですよ、あなたが動く瞬間を」


 静かに告げると、ソゼリード一座の者たちの動揺は鎮まり、代わりに希望の色が宿った。一方、グリッドは露骨に顔色を変える。


 敵の士気が揺らぐ今、機を逃してはならない。


 アレクは構えを整えると、声を上げた。


「今です!」


 リフォアたちが結界の玉を発動させ、馬車を守る薄い光の壁が展開される。


「……これで、人質は取れない」


 アレクは剣を交えながら、心の内でグリッドの行動に疑念を深めていた。


ーー彼はこれまで案内役として信頼を得てきた。にもかかわらず、なぜ今になってすべてを捨てるような真似を?


 その答えはまだ見えないが、今は戦いに集中するしかない。

アレクは疾走し、賊たちの包囲網に飛び込んだ。



 






  常人離れしたスピードで距離を詰めてきたアレクに敵が反応することができなかった。

  故にまずは一人を右手の長剣で袈裟斬りに斬り裂き、左の長剣でさらにもう一人の首を斬り落とす。

  それがアレクが時空を超えてきてからの、最初の命の奪取となった。

 

  しかしアレクに躊躇いなど微塵もない。

  目的の前に立ちはだかる者がいるのなら排除するだけだ。

  馬車の周りを囲む盗賊団は仲間が二人やられたのを受けて、ようやく遅れてアレクに襲いかかってくる。


  「ここからだ」

 

  そう呟き、今ここで心も身体も完全に戦闘態勢へと切り替えた。

  最初にガタイがよい男が放ってきた大振りの上段斬りをすばやいステップで左に避け、右手の長剣で左から右へと水平に斬り裂く。


  そして同時に左からきた別の敵の斬撃を左手の長剣で受け、右手の長剣を素早く返し、今度は袈裟斬りに斬り裂いた。

  さらにその動きのまま、気配をつかんでいた後ろ斜め右上からの斬撃を左に交わし、重心移動だけで回転ながら両手それぞれの剣で一方向に二重斬りを放つ。

 

  確かな命を奪う手応えを感じながらも、意識は既に次へとシフトしている。

  斬撃を左手の剣で弾き返し、右手の剣で首を撫で斬る。

  首無しになった遺体を掴んで後ろに投げることで斬撃を防ぎ、鋭く速い二つの剣の斬撃乱舞で一気に五人屠る。


  後ろへのバックステップで距離を置くとみせかけてのダッシュスラストで喉仏を突き刺し、素早く引き抜いて左に構え斬撃を受ける。

  そして空いた右手の長剣で斬り裂いた。


  弾き返し、態勢を崩した隙に素早く斬り裂き、刺突で心臓を砕く。

  脱力した身体を掴んで盾として斬撃を防いで垂直に頭をかち割った。


  そこまでしたところで大体半分は削りとることができ、かなりの動揺の波を作ることもできた。

  時間も二分といったところでまだ半分以上ある。


  ——一気に畳み掛ける。


  血濡れた両手の二本の剣でさらなる死を生み出し、与えようと足を踏み出す。

  だがそこで突然空気の変化が訪れた。 肌をさすような感覚。

  それが示す次に起こるべく現象をアレクはよく知ってる。魔法が発動する前の兆候だ。


  ——やはり奴らの中に魔法師がいたか。厄介だな……。今この状況下で魔法を使われれば、危険だ。


  すぐに空気の変化の発生源を、聴覚や嗅覚に頼るのではなく鍛え上げた感覚を駆使して探す。

  そうして感知した魔法発生源はアレクからみて右斜め上方と左斜め上方に二つあった。


 片方は炎。もう片方は水。

  両方とも魔法発動まで約三秒といったところか。


  邪魔がいないのなら素早く距離を詰めよれば間に合うだろうが、術者を倒そうとしてくるのは読まれている筈。

  この数で邪魔をされれば両方ともほぼ確実に間に合わない。感知して得た情報から素早くそんな計算を叩き出す。


  今のアレクに向けて二つの魔法が同時展開されれば、完全に避けるのは難しいだろう。

  時間の問題がある。少しの負傷も許容するべきではない。

  故に何としてもどちらか一人を魔法が発動する前に仕留める必要があった。


  ——なら、あれをやる。


  だがそんなシビアな状況下でもアレクは落ち着き、とるべき選択を瞬時に取捨し動く。

 

  片方の、左斜め前にある水の属性の魔法の発動源との距離を詰める。

  邪魔する奴らを両手の剣を自在に操って斬りはらい、進んだ。 そこで右手を右斜め後方へと引く。


  残り二秒。


  そして素早く左斜め前方へと素早く投擲した。二刀流は二本の剣を両手にそれぞれ持ち、一刀流よりも手数で勝るが、その分両手が剣で塞がってる故にナイフなどの飛び道具を投擲することができない。

  故にならず者達はアレクに飛び道具はないと勝手に思い込んでいたのだろう。

  予想外の行動にならず者達は反応できない。


  残り一秒。放たれた長剣は時々空気抵抗に負けて回転するが、それでもほぼ無回転で空を切り裂き、敵の包囲網につかまることなく真っ直ぐに飛んでいく。


  そして——


  残りゼロ秒の秒針が刻まれるのと同時に、その長剣は杖を構えて今まさに魔法を発動せんとしていた術者の心臓へと正確無比に突き刺さった。


  アレクが先に火の属性を操る敵を投擲した長剣で刺し殺したのは、水よりも火の方が厄介だと考えた故だ。

  水は多少は浴びても問題はないが、炎は負傷してしまう。


 それはともかくとして術者が死んだことで宙に描かれていた術式が霧散した。

  その感覚を肌で感じながら、アレクはもう一つの、既に発動されてしまった魔法の術者を潰すべく疾走する。


  術を発動されたのは痛いが、残りニ、三メートルまで距離を詰めていたので術の初撃を回避できれば術の次撃から先を発動させずに、術者を潰すのは十分可能だ。

  しかしながら距離を詰めた瞬間に術が発動すれば普通に考えて回避は難しい筈である。


  だがアレクは敵の思惑を先読みすることで魔法の軌道を予測し、素早く右へとさらに右へ右へ回避した。

  予想は的中し、紙一重であったが、繰り出された鉄砲水を全て避けることができた。

 

 この手の連中は先読みして魔法を放ってはこない。

  大体表情を観察していればわかることだ。

 焦りにのまれている。その為状況に脳が追いつかない。


  そして右手に持ち変えた長剣を術者を葬るべく振り上げ——

 

  だがそれはさすがに敵方も読んでいたのか、巨漢がアレクと術者の間に立ちはだかる。

  といっても瞬殺するのは容易いのだが、仕留めてる内にその後ろに控える術者の次弾をくらう可能性がある。

  それにこの後一気に畳み掛ける為の布石としてここは、巨漢をただ抜くだけの方がいい。


  故にアレクは斬撃を止め、巨漢の股下をローリングで抜ける。

 そうすると巨漢の身体が邪魔して敵の術者にはあたかもアレクが足元から突然現れたように感じるだろう。

  その証拠に巨漢の影に隠れていた術者は、突如足元に出現したアレクに動揺を隠せないようだった。

  目に見えて反応が遅れる。


  その間隙に刃を突き入れ、まずは両足を斬り裂き、五体不満足へと追いやる。

  両足を失いバランスを崩したところで、頭部を突き刺し、息の根を止める。

 

  しかしまだまだ一息つく間も許されない。

  背後にいる巨漢を警戒して前に再びローリングし、追撃の手から逃れる。

  そして腰に手をやり先程投擲した代わりの剣を鞘から抜こうとするが、


  「奴に剣を抜かせるな!その前にぶっ殺せぇぇぇぇぇ!!!」


  そこで巨漢が野太い声をあげた。


  「おおおおおおおお!!!」


  周りが呼応し、雄叫びがアレクを四方八方から襲いかかってきた。

  次々とアレクの斬撃が届く範囲へと、不用意に入ってくる。

  そこを右手の長剣を素早く煌めかせ、敵の斬撃が届く前に斬り裂き、敵の大振りの斬撃を身をひねることで回避するなどして、まとめて斬り払った。

  ここで十人もの数を仕留めることに成功した。


  ——残るは十ニ、三人程度。


 片手剣では本調子を出さないと思わせる。

  それがアレクが仕掛けた心理的な罠。

 

 その布石となったのは二つ。

  一つ目は片方の長剣を投げ投げ敵の要を潰し、動揺という名の楔を打ち込むのがまず一つだ。

  これがなければ敵の判断力を鈍らせることができない為、例え一刀に変わったとしても不用意に攻めてはこない。


 二つ目が敢えて戦わずに巨漢を抜いたこと。

  この理由は言わずもがなだろう。

  殺さないことで、「殺せない」と思わせる為だ。


 剣を投げ、早急に仕留めるべき標的を潰す。

  そして完全なる不意の一撃で敵を動揺させ、心理を操ることで不用意な攻めを誘い、まとめて斬り裂く。

  これがアレクが隠し持っている奇抜な戦闘技術の一つ。


  時空を越える前の破滅した世界で独特な暗殺術を得意とする暗殺者アサシンに教わった戦闘技術をアレクなりにアレンジし、新たに編み出した技だ。

  といってもこの戦闘技術は相手によっては絶対に通じない上に、下手したら不利になる可能性すらあるので状況を冷静に見定めて使う必要があった。


  賭けの要素が強いこの戦法を使ったのは、この後の目的のタイムリミットが近付いているから。

  仲間が大量にやられたにも関わらずアレクの投げた長剣を盗もうとする下衆な連中も忘れず、ナイフを投擲して仕留める。


  そして投げた長剣も素早く回収した。

  アレクの装備している長剣は二本共それぞれ目的を達成させるにはなくてはならない得物だ。


  この戦闘技術の弱点は唯一無二の武具を敵に奪われる可能性があるという点にある故、これで完全なる成功といって良いだろう。

  とにかくそうして三十五人ほどもいた盗賊共の内、約七割を屠ったアレクは、残りの盗賊共を一息に始末してしまおうと、鋭い視線を向ける。


  油断は人間の最も危ぶむべき脆弱さだ。油断をするだけで例え負ける確率がゼロパーセントの格下だとしても、僅かな可能性を与えかねないのだ。


 故に例え残りが少なかろうが、気を緩めることなど絶対にしない。再び両手それぞれに持った長剣を構え、戦闘態勢を整える。


だが、油断したところを突くように、グリッドが再び現れる。


「く、くそ……アレク! こいつらがどうなってもいいのか!」


 彼が示した先には、捕らえられた四人――大人二人、子ども二人。


 アレクは即座に理解する。ここで見捨てれば、後の行動に支障が出る。


「……」


 長剣をそっと地面に置く。静寂の中、カシャンという音が響いた瞬間、アレクは腰のナイフを八本、一気に投げ放つ。人質を取った賊の喉元を、正確に貫いた。

 続く動きで残った一人も討ち取り、すぐにグリッドの喉元へナイフを突きつける。


「さて、形勢逆転だな」


 グリッドは言葉を失った。


「!?」


  唐突に気配が現れたのはその時だった。

  気配は殺気を帯び、アレクに襲いかかる。咄嗟にグリッドを突き飛ばし、左に身体を投げ出す。


  だが完全には防げない。

  斬撃が胸を浅く斬り裂く。そして奇襲はすぐに終わることもなく、アレクを執拗に追い回してきた。


  投げ出した身体を起こす暇もなく次から次へと斬撃が叩き込まれる。

  それら全てを感覚に任せるがまま紙一重で避け続けた。


  何十回かの斬撃の合間を縫い、左手のナイフを投げて隙を作る。

  そして予備の長剣を素早く抜き、斬撃に打ち合わせた。


  「お前は……」


  「……ここまでとはな」


  そうして落ち着いて初めて敵の姿を捉えた。

  漆黒のマントに全身を包み、フードを目深に被っている。

  鍔迫り合いで剣を挟んだ近距離でも全く素顔は窺い知れない。

  口元さえ見えなかった。


  何かしらのギミックがあるのかはわからない。

  空間をすっぽり黒く塗りつぶしたような歪な存在だ。

 

  一言発された声はくぐもっており、そこからの検討は不可能。

  体格から成人前後の男だろうか。

  ただ明らかに男性の身体つきとも断言できない故に、女といわれればそうとも思えてしまってやはり判然としない。

  全て謎に包まれている。


  「何者だ?」


  「……それはこちらのセリフだ。完全に不意をついた筈の奇襲を防がれるとは。お前、ただの練兵団の兵士ではないな?いやもしくは王国の別の私兵か?」


  ——こいつ。


  やはり男という以外容姿も何もかもはわからない。

  だが練兵団に——王国の兵力に詳しいという点は今の発言で間違いないだろう。


  ガギンと音を立てて剣と剣が離れ、両者は飛び退る。

  今のところアレクが受けた傷はそれほど多くない。

  奇襲による最初の攻撃で浅く斬り裂かれたのと、直後の斬撃の雨でいくつかかすり傷を負った程度だ。

  盗賊団を壊滅させたとはいえそこまで疲労は溜まってない。

 

  ——こいつは危険だ。早めに仕留めねば。

 

  ただアレクが練兵団どころか王国兵じゃないことを看破されるわけにはいかない。


  「シィ!」


  故に鋭い呼気と共に踏み込み、襲いかかる。

  だが——


  「いや、やめておこう」


  黒ずくめの影はその背後に飛び、アレクの剣が空を切った。

  そのまま黒い影はあたかも周囲の空間に押しつぶされていくかのように宙空に消えていった。


  「所詮今回の襲撃は余興。全てを尽くす意味はない。ただ貴様の名は覚えておくぞアレク……」


  姿形も消えたのに空から響いてくるかのような絵面と言葉そのままの字面という二重の不気味さを残して、消えていった——




 





 ****************************



 


 


  結局、黒ずくめの影の正体は分からなかった。


 ただ、グリッドを操っていたのが彼であり、その存在に人類破滅の影を感じたことだけは確かだった。


 とはいえ、今は急ぐべき目的がある。問題は後回しだ。


「た、助けてください! 俺、あの得体の知れない奴に脅されてただけなんだ!」


 グリッドは呆れるほど早い掌返しで命乞いを始めた。


 問題は彼の説得ではない――ソゼリード一座の動揺を鎮めることだった。





ソゼリード一座の者たちは、襲撃による恐怖と混乱に苛まれていた。

 彼らを一人ひとり落ち着かせるには、相応の時間と労力が必要だった。


 アレクはまずリフォアに指示し、比較的冷静さを保っている者たちを中心に周囲の者を宥めさせる。

 声を荒げる者、泣き出す者もいたが、時間をかけて秩序を取り戻していった。

 ひととおりの鎮静が済んだ後、アレクはグリッドを睨みつける。


「……これから、『迷いの森』を抜ける案内は、引き続きお前に任せる」


「は、はい! も、もちろんですとも!」


 グリッドは何度も何度も頭を下げ、命乞いと忠誠の言葉を並べた。

 命の恩人にすがるしかない哀れな姿だった。


「逃げ出したり、裏切ったりすれば、次はない。肝に銘じろ」


「も、もちろん、もちろん! 何があっても! あんたに尽くします!」


 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、グリッドは誓う。

 哀れだが、今は使える駒である以上、有効に使うしかない。

 夜が明けるまで、ソゼリード一座は震える身体を焚き火で温めながら、静かに過ごした。


 そして――


翌朝、出発の準備は早かった。

 もはや誰もこの不気味な森に一刻たりとも留まりたくない。


 アレクの指示のもと、馬車隊は迅速に隊列を整え、再び『迷いの森』の奥へと進み始めた。


 グリッドは、道を間違えないように、常に森の気配を読み取る。

 さすがに長年案内人を務めてきただけあり、その技術には確かなものがあった。

 道中、グリッドは何度も怯えたようにアレクを振り返った。

 だがそのたびにアレクが冷ややかに頷くと、震えながらも道案内を続けるのだった。


 




 『迷いの森』の中心を越えた頃、アレクは空気の変化を感じ取った。

 湿気を帯びた重たい風。肌にまとわりつく異様な気配。


「……何か、来る」


 アレクは馬車の速度を上げさせ、周囲に警戒を促す。

 グリッドも怯えながら、ただ必死に前へ前へと道を指し示した。

 だが――何も起こらなかった。

 それはまるで、見えない何かがただ彼らを監視しているだけのようだった。

 それでも油断はできない。

 さらに半日をかけて、ようやく『迷いの森』の出口に辿り着く。

 薄暗かった視界が、一気に開け、陽光が溢れ出す。


「……抜けた」


 誰ともなく、安堵の声が洩れた。



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