『迷いの森』①
ここラゼンの街には、バーは片手で数えられるほどしかない。王国から遠く離れた辺境ゆえ、物資も貨幣も滞りがちで、経済も振るわない。小洒落た店など存在せず、粗削りな木造の店構えに、酒瓶が並んだ簡素な棚。夜も更ければ野犬の遠吠えすら混じるような静けさの中で、時折、隣席の笑い声だけが染みるように響く。
その数少ないバーのひとつ――薄灯りの吊りランプが照らす奥の席で、黒い礼服を気楽に着崩した高位の初老の男と、灰色のマントを羽織った旅人風の若い男が、向かい合って密かに話し込んでいた。
「座長、『迷いの森』を抜ける案内人の手配が完了しました」
若い男の報告に、初老の男――ソゼリード一座の座長は、鷹揚にうなずいた。蒼銀に近い髪を後ろへ流し、皺の深く刻まれた目元には油断の色はない。劇団の指揮者とは思えぬほど、軍人のような威圧感を漂わせていた。
「そうか、それは吉報だ。だが……信用できるのか?」
「はい。実績も十分ですので、ご安心ください」
「予算は?」
「二、三日前から交渉を重ね、すでに折り合いがついています」
「ならば大講演には間に合うな。一座の準備は整っているが、案内人の方も出発できるのか?」
「はい、すでに準備完了の報告があり、すぐに動けます。森の監視員にも話は通してあります」
「よし、では早急に森を抜けよう」
二人は簡潔に確認を終えると、席を立ち、会計を済ませ、静かに店を後にした。まるで舞台の裏で、幕が上がる直前の段取りを交わすように。
――だがそのやり取りを、すぐ隣のテーブルで、音一つ立てずに聞き取っていた者がいた。
アレクだ。
薄く羽織ったフードの奥で、彼の聴覚は常人の及ばぬ領域に研ぎ澄まされている。普通の人間には届かない小声も、鍛え抜かれたその感覚には十分だった。
相手がソゼリード一座の座長だと知ったとき、アレクはただの興味を超えた確信を得た。『迷いの森』を抜ける案内人――それが何を意味するか、彼には理解できていた。この旅に潜む意図、歴史の綻び、その一端がこの座長と結びつくのなら、今動かねばならない。
だが、同行の許可を得るには「信用」が不可欠だった。今の彼にはそれがない。名もなき旅人として生きている以上、誰に対してもただの通りすがり以上の立場を得ることはできない。
だからこそ、最終手段――彼自身が「ジョーカー」と呼ぶ禁じ手を使う決意を固めた。
※※※
アレクは静かに席を立ち、店を出る座長たちの背を追って建物の影に身を紛らせる。ラゼンの街は夜ともなれば人通りもまばらだ。路地の奥にうごめく影も、今はただの酔客か野良猫でしかない。
尾行は難しくなかった。
二人が辿り着いたのは、六台の馬車が集まる一角。馬車にはそれぞれ二頭ずつの馬がつながれ、出発の準備に追われる団員たちが慌ただしく行き交っている。ランプの明かりに照らされる輪郭は、まさに旅支度の真っ最中だった。
アレクは呼吸を整え、頃合いを見て一座の団員に声をかけた。
「失礼ですが、一座の座長にお目通り願えませんか」
団員は最初、訝しむ視線を向けてきた。薄汚れた旅装の青年――それだけなら無視してもおかしくない。しかし、アレクが懐から“あるもの”をちらりと見せると、団員の目が見開かれ、態度が一変した。
「少々、お待ちください……!」
団員は慌てて座長のもとへ走り、ほどなくして当の本人が現れる。
「街の噂と、監視員からの情報で貴方方が『迷いの森』を抜けようとしていると知りました。無礼を承知で、お願いがございます」
一拍の間を置き、アレクは深く頭を下げる。
「私も同行させてください」
座長はその言葉に、にこやかに頷いた。だがその笑みの裏に、鋭い観察の眼差しを忍ばせたまま。
「これはご丁寧に。王国の練兵団の方とお話しできるとは光栄です。嘆願の件、もちろんお受けします」
そして、すぐに言葉を継いだ。
「とはいえ、私は無駄に人を疑う癖がついてしまっておりまして。決して貴台を軽んじる意図はないのですが、練兵団の証である徽章の確認と、目的についてもお聞かせ願えますか?」
想定内の展開だ。ここで疑いを払わねばならない。
アレクは練兵団の徽章を取り出し、差し出した。
「⸻」
王国の練兵団――それは、王国有事の際に真っ先に動員される武装団体。高給と引き換えに、過酷な訓練と規律、そして絶対的忠誠を求められる。税の免除や一部特権こそあるものの、在籍し続けるには精神も肉体も並外れた強さを必要とする。
この情報は、アレクが破滅した未来で共に過ごした仲間から聞いた。かつて練兵団に属していた男が、誇らしげに、そして悔しげに語ったその日々。仲間を失い、名誉を得た代償の重さ――その記憶はアレクの胸に深く刻まれていた。
だからこそ、この情報には絶対の信頼が置ける。
もっとも、アレク自身は練兵団ではない。肩書きを詐称するリスクは承知の上だ。それでも目的を果たすためには、「信頼」が必要なのだ。
徽章は、かつて実在した本物を元に、未来の技術で精巧に模造されたもの。中央に交差する二本の剣。その交点に浮かぶ小さな王城。裏面には、王国を守護する女神カミラの横顔が繊細に刻まれている。
これほどの再現度なら、並の目利きでは偽物と見抜けまい。
座長は徽章を手に取り、光に透かしながら念入りに検分した。そして数十秒の沈黙の後、満足げに頷き、アレクに返してきた。
「承知しました。人助けとあらば、私たちも協力を惜しみません。『迷いの森』への出発は十分後。あなたは私と同じ馬車にお乗りください」
穏やかな口調に、アレクはようやく肩の力を抜いた。
――だが、そのとき。
「そうでした、聞き忘れていたことが一つあります」
座長がふと、思い出したように言葉を継ぐ。
アレクは一瞬で緊張を取り戻したが、座長はただ穏やかに微笑みながら続けた。
「いえ、そんな堅苦しい話ではありません。お名前をお伺いしたいだけです。戦士殿、では呼びにくいので」
偽りの肩書きに続き、偽りの名が必要となる。
しかし、ここで言い淀むわけにはいかない。ためらえば、それこそが“嘘”の証明になってしまう。
アレクは、短く、しかし迷いなく答えた。
「はい、私はアレクと申します」
名を偽る必要はなかった。彼の本質を示すものは、名ではなく“行動”だと知っていたからだ。
「承知致しました、アレク殿」
座長は深く一礼し、アレクを正式な同行者として迎え入れた。
こうしてアレクは、破滅の未来を食い止めるための第一歩を、この時代で静かに踏み出したのだった。
アレクは、十二台連なるソゼリード一座のうち一台の馬車にいた。対面のソファには団長リフォアが座っている。
迷いの森を迅速に抜ける段取りは、拍子抜けするほどあっさり決まった。出発までの空き時間、二人は世間話で場を和ませている。
「ラゼンでの公演は大評判でしたね。残念ながら拝見できませんでしたが」
「光栄です。森の道中で稽古がてら一幕お目にかけましょう」
「ぜひ。その前はゼルシアでの公演でしたか?」
「ええ。工業の町ですが自然も豊かで――名物のカミンが絶品でしたよ」
和やかなやり取りは、アレクの“練兵団”という肩書きへの信頼を少しでも深めるための演技だ。
十分ほど経った頃、幕が揺れ、柔らかな足音が近づく。敵意はない。だが誰だ?
「案内人のグリッド・フォートレイトだ。よろしく頼む」
虎柄の背広に黒シャツという奇抜な装いの若者が現れ、気さくに右手を挙げた。
「ソゼリード一座団長リフォアです。こちらは練兵団のアレク殿」
「アレクと申します。お世話になります」
礼式どおりに深く一礼した瞬間、グリッドの灰色の瞳がわずかに硬直する。一拍の空白――すぐに笑みに戻るが、その間はアレクの記憶に刻まれた。
「さて、報酬は二十万テリカで間違いないな? 森を抜けたあとで受け取る」
「用意は済んでいます。無事に終えれば、必ずお支払いします」
「助かる。十分後に出発だ。準備してくれ」
軽い足取りで幕をくぐりかけたグリッドが、ふと振り返る。
「そうだ、ひとつ。あんたはどのくらい強い?」
「練兵団の平均より少し上、とだけ申し上げておきます」
これ以上は語らないという含みを乗せる。グリッドは肩をすくめ、馬車を後にした。
「順調そうですね。彼に頼んで正解でしたかな?」
「今のところは、ですね」
アレクは胸中で「今のところ」を繰り返した。
嫌な予感は留めておいて。
「まぁ一つ心配事があるとすれば『迷いの森』近くで賊が現れているという話でしょう。ですが私達ソゼリード一座もある程度の戦力は保有しており、例え賊に襲われたとしてもある程度なら撃退できるでしょう。加えてアレク殿もいるのですから怖いもの無しです」
「はい、もし賊が襲ってきたら私も全力で皆様をお守りいたします」
「頼りにしております。……それにしても『迷いの森』にまで賊とは——」
とそれからは『迷いの森』を抜けるソゼリード一座一行の馬車が出発するまで、先程の世間話を続けた。
しかしながらアレクは世間話をしている間、頭の片隅でグリッドの言動の裏について考えていた故に、あまりその内容を覚えてなかった。
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馬車の窓から見えていた『迷いの森』が、赤い夕焼けに照らされる。
それによって木々が鬱蒼と生い茂り、変わり映えのない姿にほんの少しだけ変化が生じた。
そんな気がした。新緑が夕焼けを受けて赤く輝く。
暮れなずむ『迷いの森』は幻想的に感じ得たが、同時に寂寥感と怖気を内包しているようにも感じた。
日が暮れ、太陽が完全に没すると『迷いの森』は完全な暗闇に支配される。
人の気配などある筈もない故に、得体の知れない何かが森に跋扈してると感じるような——そんな不気味さが辺りを支配している。
丁度そんな感慨を抱いた時、中途を駆ける馬車が徐々にスピードを落として止まる。
辺りを夕闇が覆って視界が悪くなる前に早めに野営の準備をしようと考えたからだろう。
アレクの向かい側に座っているソゼリード一座の座長は数秒待ち馬車が完全に止まったのを確認して立ち上がり、告げる。
「今日の移動はどうやらここまでのようですね。とするとこの地点で一夜を明かすことになるでしょう」
「わかりました。夕食の準備にも野営の準備にも人手が必要でしょう。私も手伝います」
アレクも立ち上がって頷く。
「……それはありがたいです。では、取り敢えず外に出て野営の準備を始めるとしましょう」
一瞬躊躇うように視線を彷徨わせたが、すぐに頷き返して馬車の出口へと向かった。
リフォアの後について馬車から出ると、森に住まう夕鳥達の鳴き声と木々を吹き抜ける風に出迎えられた。
心地よい風に目を閉じ、鳥達の声に耳を澄まして深呼吸すると心に平穏を取り戻すことができた。
今も心の奥底で感じていた焦燥がどこかへと消え去っていくかのようだった。
目を開けると赤い輝きを放っている夕暮れが瞳に映り込んだ。眩しさに思わず目を細め、右手で庇を作る。
——美しい。
馬車の窓から眺めていた時以上にそう感じた。心の底から感じることができた。
——夕景とはこんなにも綺麗なものなのか。
破滅した世界ではドームで暮らしていた為に、夕日を一度も見たことないアレクがそう感嘆するのは当然のことと言えた。
しかしこの景色を人類が衰退した世界を共に生きていたドームの仲間にも見せてあげたかった。
特にいつも空を見たいと言っていた彼女に。
そう思うとこの景色を独り占めしたにも関わらず美しいと思ってしまった呵責や寂しさ、皆で見れない悔しさ、大願への強い決意などが綯い交ぜになってアレクを苦しめた。
隣のリフォアも同じように夕暮れを眺めていたが、すぐに周りにいる連中に指示を出し始める。
周りの様子に我に返り、夕景への感銘を一先ずは胸中に収め、野営の準備に取り掛かったのだった。
慌ただしく野営の準備をしていく内に、ゆっくりと『迷いの森』がその様相を変えていく。
夕景は夕方と夜の狭間のマジックアワーの訪れと共に消え行き、やがて辺りを宵闇が包んでいった——
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十ほどの焚き火が宵闇を照らし、幾人もの陽気な笑い声が静寂を賑やかす。
既に太陽は西の空に消えて行き、『迷いの森』は夜を迎えていた。
アレクには彼らが宵闇と静寂で包み込み、寂寥感で圧殺しようとしてくる『迷いの森』に抗ってそう振る舞っているように思えた。
といっても暗がりを怖がり、群れたがる人間の性故の「無意識」の行動であって、彼らが意識的に談笑しているわけではないのだろう。
彼らの輪の外で一人木に身体を預けながら腕を組み、そんな取り留めもないことを考える。
ソゼリード一座の座長リフォアの誘いを受けて最初は輪の中に入っていたが、話が一段落した頃合いを見計らって抜けてきた。
もちろん夕飯を既に食した後だ。リフォアとは信頼関係を築く必要があるが、別にその他大勢のソゼリード一座の連中と仲良くする必要はない。
どうせ『迷いの森』さえ抜ければ会うことのない連中だ。
加えてソゼリード一座のこの先の末路は十中八九悲惨なものだ。
しかし『迷いの森』に危険な魔獣は生息しておらず、賊なんてものもいるはずがない。
すると必然的にソゼリード一座の中に裏切り者や内通者がいる可能性が高まってくる。
それらを考えればソゼリード一座の連中は全員信じられない。
とはいえ既に出た結論を何度も思考するほど不毛なこともないだろう。
—ああ、綺麗だ
故に気分転換に夜空を見上げた。
そして人生で初めて見る満天の星空に心を奪われる。
これほどに綺麗なものがあっていいのかと思うほどに不覚にもまた、思ってしまった。
いや夕景よりも受けた感銘が殊更に大きかったのだから、「また」という表現は正しくないのかもしれない。
それほどに夕景の時とは全く別物の衝撃だった。
暫し……というには長過ぎるほどに星空に魅入られていた。
悔しいがこれは不可抗力といわざるを得ない。
しかしこのことが罪悪的なものだとわかっていても尚、星空から目を離せなかった。
「星、綺麗だよな」
「……思わず魅入ってしまいました。『迷いの森』はいつもこんな満点の星空が見えるのですか?」
突然声をかけられたが、気配は感じていた故に動揺はなかった。
「ああ、そこらの町と違って光がねぇからな、星が見えやすいんだよ。俺が『迷いの森』の案内人をやっていて良かったと思うことの一つでもある」
ニヒルな笑みを浮かべながら暗闇から現れたのはグリッドである。
虎柄の背広が宵闇の中にあっても彼の存在を教えていた。
とはいっても微かに示している程度で常人ならば曖昧に見えるのだろうが、アレクの鍛えられた視力は鮮明に捉えている。
「確かにそう言われても納得するほどに星が綺麗ですね。——ところでグリッドさんは何故ここへ?ソゼリード一座の方々はまだ宴会を続けていますが」
故に何かを探りに来たようだとも視線などから感じ取れた。
ならばアレクもその意味を探ろうとそれとなく彼がここにいる理由を聞く。
「ああ、まぁやっぱり宴会っていうのは見知った同士でやるのが一番良いと思うんだよ。だからキリの良いところで抜けてきた。この星空も見たいと思ったからな」
「私も同じようなものです」
「おっ?剣士様もわかってくれるか。これは色々話したいな。悪いがちっとばかし俺の話し相手になってくれねぇか?」
「良いですよ。ついでにこの星空についての話も聞かせてください」
警戒は怠らないが、それを悟らせないようにも心がけ、話を聞くことにした。
情報収集もしておきたい。
「おう、いやでもあの星の名前だとかそんな知識は生憎持ち合わせていないからなぁ。いやそうだ代わりといっちゃなんだがどうやって『迷いの森』の案内人になるか教えてやるよ」
「是非ともお願いしたいですね」
思わぬ情報の提示に興味が湧いた。
正直星よりも気にかかる。何故なら星の知識と比べてどちらがより有益かは明白だから。
「ですがそれは秘密ではないのですか?」
しかし同時に疑問も感じる。
そう軽々と見ず知らずの人間に教えて良い情報なのかと。
「いやいや別に良いんだよ。『迷いの森』の案内人は生まれ持った特殊能力を使ってやっているようなものなんだ。だから教えられてどうにかできるようなものでもないんだって」
だがその懸念をグリッドは陽気に笑い飛ばした。
「まぁ薄々そういうものだとは思っていましたが」
とはいえ予想はしていたのでそこまで驚きもしない。
「まぁそういうものなんだよ」
グリッドはアレクの様子に頷き返し、星空を仰ぎながらそっと話し始めた。
「そんで具体的にいうとだな。『迷いの森』ってのは定期的に空間が歪んでいて決まった正しいルートってのはなくてだな——」
そこまで聞いた時だった。今まで感じなかった気配がアレクの背後二〜三メートル先に現れた。
「!!」
「気配が現れた」と脳で知覚するより早く条件反射に近いレベルで身体が動き、背後を警戒する。
「ど、どうし!?」
グリッドが何か言いかけていたが、今は突然現れた背後の気配以外意識に入らない。
しかし一瞬でその気配は忽然と消えた。
「何だ?」
不可解な現象にアレクは首を捻る。
しかしすぐに考えてるだけでは答えが出る筈がないと思い至り、直接確かめようとその発生源に近付こうとするが、
「待て!」
暗闇の中逃げていく人影を一つ確認でき、すぐにアレクは捕まえる為に駆け出した。
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——逃したか。
何者かを追い森を駆けたが、見失ってしまった。
一応逃げた方向はわかったが、これ以上森の奥に行くと帰れなくなる可能性があったので断念したわけである。
もしここが『迷いの森』などではなければ確実に捕まえることはできた筈だが、仮定の話をしても仕方ない。
まだまだ未熟だと反省せねば。
「おいアレクさん、急に駆け出してどうしたんだよ?びっくりするじゃねぇか」
戻ってくるとグリッドが小走りに駆け寄り、慌てた様子で話しかけてくる。
「驚かせてしまい申し訳ございません。突然何者かの気配を感じたので反応してしまいました。そして人影が見えたので追っていたわけです」
一応事情を説明して突拍子もない行動に謝罪しておく。
「まじかよこんな『迷いの森』の奥でとか。何者だ?」
「わかりません。『迷いの森』に巣食う賊かもしれません。グリッドさんも用心しておいてください。それよりも自分で中断させてしまってなんですが、宜しければ先程の話の続きをしていただけないでしょうか?」
アレクは「白々しい」と思いながらも適当に注意を促し、『迷いの森』の話の続きをお願いする。
「いいぜ。あー、どこまで話したか……。そうだ、『迷いの森』は定期的に空間が歪んでいるから決まった正しいルートがないってところからだったな。それでそのルートを見極めるには空間の変換パターンを見極める才能が必要でな。それを——」
「白々しい」と思ったのは彼の瞳に先程話が中断する前と後で隠しきれていない焦りができているのを見抜いたから。
とはいえグリッドの話は有意義な情報ではある。
だがそれとは別に根強く疑念を残して『迷いの森』における一日目の夜営は終わった。
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「いるのか?」
森の闇にグリッドの苛立った声が刺さる。返事は姿なき声。
「なぜ襲わなかった! 俺は疑われたんだぞ!」
「奴の反応が速く、成功は望めなかった」
「それじゃ計画が台無しだ!」
「立場を弁えろ。お前は脅されている。次の襲撃地点まで平静を装え。それだけでいい」
冷徹な声にグリッドは拳を震わせたが、やがて押し殺した。
「……わかった」
闇が再び静寂を取り戻す。森の夜風が、二人の緊張を嘲笑うかのようにざわめいた。




