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破滅の改変者  作者: 篤
11/23

次への障害① 戦闘開始



 「アレクさーん!」


 明るい声とともに、廊下の奥から手を振りながらフィアラが駆けてくる。


 「……ああ、フィアラか」


 アレクはその姿を認め、軽く応じた。


 「今から修練場へ行きませんか?」


 意外な誘いに、アレクは一瞬だけ言葉を詰まらせた。

 時刻は夕刻四時半、空は既に朱に染まり始めている。通常この時間帯、屋敷では夕餉の支度で使用人たちが忙しく立ち働いているはずだ。フィアラも例外ではないと思われたが——


 「いえいえ、私は朝食と昼食の当番だったので、夕食の支度は免除されています」


 そう言って、フィアラは笑みを崩さぬまま首を振った。


 「そうか、それなら構わん。……どれほど腕を上げたか、見てやろう」


 アレクはこれまで何度か、彼女に身体操作や技術の基礎を教えていた。余裕のない身でありながら他者に時間を割くのは本意ではないが、早く屋敷に馴染み、必要な布石を打つためには悪くない投資でもある。


 フィアラは、メイテルとは異なり取り繕うのが巧い性質を持っていた。アレクとしてはその裏にあるものを見抜くためにも、こうした時間は有用だった。


 「ま、待ってくださいよ。一日でそんなに成長しているわけないじゃないですか」


 「それは見てみないと分からん。さあ、早く行こう。着替える時間も要るからな」


 「は、はい……。なんか今日のアレクさん、ちょっと怖いかも……」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、彼女は素直にアレクの隣に立ち、修練場へと歩を進めた。


 


****************************


 


 修練場が視界に入った途端、アレクは目を細め、その全体を注意深く観察し始めた。装飾は質素で、初夏の夕刻に相応しく、周囲にはまだ柔らかな明るさが残っている。


 一見すれば、いつも通りの閑散とした修練場。だが、どこか釈然としない感覚があった。理屈ではなく、直感が告げている——異変が潜んでいると。


 気付かれぬよう注意しつつ、不敵な笑みを浮かべながら足を進める。


 「さて、今日は一本取れるかな?」


 「もう、いいですってば。今日こそ絶対一本取ってみせます!」


 着替えを済ませたフィアラが意気込みを見せる。それにアレクは肩を竦め、構えをとった。


 「安心しろ、手加減はしない。全力でいってやる」


 「そこは普通、加減してくれませんかね……」


 唇を尖らせて頬を膨らませるフィアラに苦笑しつつ、二人は扉の前に立つ。アレクが扉を押し開けると、修練場の中には誰の姿もなかった。


 フィアラはてててっと駆け出して武器庫から木刀を二本取り出し、一本をアレクに放ってよこす。


 「では、始めましょう!」


 「……木刀は投げるな。次から気をつけろ」


 それでもアレクは構えを取り、相対する。


 「はい、いきますよ! いやぁぁぁぁぁ!」


 奇妙な叫びとともに突っ込んできた彼女の木刀を見据えた——次の瞬間、背後から殺気が迸る。


 「——っ!」


 咄嗟に後方へと跳躍。フィアラの木刀は空を切り、その動作を合図とするかのように、背後から何者かの攻撃が迫る。


 抜刀の隙などない。アレクは木刀を駆使し、飛び込んできた右の拳を受け流した。だが、手応えは異常だった。木刀に亀裂が入り、破損寸前である。


 「まさか……道具か。いや、強化術の気配はない……?」


 魔力の痕跡はない。つまりは魔法による増幅ではない。それでも常人の攻撃でこの威力はあり得ぬ。道具か、それとも異能か——思考を巡らす間にも、次の蹴撃が飛んできた。


 それを捌き、地に手をついて姿勢を整えると、逆に体勢のまま反撃の蹴りを放つ。まともに受けた襲撃者は宙を舞い、距離を取った。


 「……やはりお前か、フォーテン」


 アレクの前に立つ男——その正体に疑いはなかった。窓から差し込む夕日が赤く修練場を照らし、フォーテンの表情を鮮明に浮かび上がらせる。


 「何故俺を襲う?」


 「貴殿はアルディ様に取り入り、すべてを奪う疫病神。我々は今、貴殿を排除せねばならぬ」


 「……助けなければ、お前ら全員、盗賊の手にかかっていた筈だ。それを仇で返すとは、ここの教育は随分と歪んでいるらしいな」


 アレクは皮肉を交えた冷笑を放つ。


 「すべて貴殿の仕組んだこと。そう確信しています」


 フォーテンの言葉には確かな決意が込められていた。


 「そうか……。けれど、俺もお前たちを排除せねばならん理由がある。ここで終わらせるぞ」


 そう言って、アレクは剣を抜いた。左右の手に一本ずつ。戦う意志を、はっきりと示す。


 だがその緊張を破ったのは、別の声だった。


 「なんで……」


 それはフィアラの声。震えた声だった。


 「……なぜ私には、何も言ってくれなかったのですか、アレクさん」


 「————」


 低く、か細いその声は、しかしアレクの耳には何よりもはっきりと響いていた。


 「それとも……私のことなんて、どうでもよかったんですか?」


 普段の快活さや芯の強さとは正反対の、抑揚を欠いた糾弾の響き。それはかえって不気味なほどに胸へと刺さった。彼女に視線を向けるも、フィアラはうつむいたまま、表情まではうかがえない。


 「私は、あなたを裏切ったのに……それでも何も言ってくれないんですか?」


 「…………」


 彼女の怒りをまずは受け止めるべきと、アレクはあえて沈黙を選んだ。だがその態度こそが気に入らなかったのだろう。フィアラは顔を上げ、憤怒と悲哀の混じった瞳でアレクを真っ直ぐに見据え、叫ぶ。


 「なんで……なんで何も言ってくれないんですか、アレクさん!」


 その怒声を真正面から受け止めたうえで、アレクは静かに口を開いた。


 「……お前が最初から裏切ろうとしていたわけではないことくらい、最初からわかっていた。確かに、フィアラは取り繕うのが上手い。並の観察眼では到底見抜けないだろう。だが、隠そうとしている“目的”の方に視点を移せば、推測はそう難しくない」


 「…………」


 言葉に詰まる気配、息を呑む気配。図星だという反応を、アレクは冷静に受け止めていた。


 「お前が、俺だけでなく屋敷の者たちにも何かを隠していること。そして、その“隠し事”から逃げるように、アルディ邸へと辿り着いたこともな」


 それは核心に迫る指摘だった。フィアラの中で何かが音を立てて崩れていくような沈黙が続いた。


 「だからこそ、屋敷を守ろうとするお前の気持ちも、理解している。裏切りたくなかったが、それでも大切なものを選んだ……それだけの話だろう」


 「だったら……」


 かすれた声が漏れる。反論の意志も、責める激情も、もはや彼女の中には残っていなかった。アレクはその続きを促すように、言葉を継ぐ。


 「だったらなぜ糾弾しないのか。それは、俺自身が説明を怠り、それ故に疑われるのも当然と考えているからだ。だがそれでもなお、俺はフォーテンとフィアラ、お前たちの力を借りたいと願っている」


 アレクは静かに踏み出す。彼の意思は揺らいでいなかった。


 「だからこそ……今、この場で決着をつけよう。お前自身が戦うと決めたのなら、全力で来い。それでしか……何も変えられない」


 この場の騒ぎが長引けば、アルディたちが異変に気付き、事態はうやむやに収まるかもしれない。だがそれでは何も解決しない。不信は燻り続け、やがて再び牙を剥くことになる。ならば、今この瞬間で断ち切らねばならない。


 「で、でも……」


 未練を滲ませる声。アレクはその揺れを見据えながら、あえて背後の声に耳を澄ませた。


 「フィアラさん、騙されてはいけません」


 フォーテンの冷静な声が割り込んでくる。


 「奴は我々の日常を蝕み、全てを奪おうとしている張本人です。賊が屋敷を襲撃してきた時、即座に人質が解放されたこと。屋敷の構造を熟知し、警備を掻い潜れたこと。これらは事前に計画を知っていなければ不可能な行動ばかり……それが証明しているのです」


 筋の通った論理。冷徹なまでの結論。フィアラが再び言い募ろうとするが——


 「し、しかしアレクさんは、私たちを……」


 「感謝は確かにするべきでしょう。しかしそれは己の利益のために与えられた“恩”に過ぎません。今ここで手を打たなければ、我々にはもっと過酷な未来が待っている。フィアラさん、あなたも覚悟を決めるべき時です」


 フォーテンは決断を迫る。そして——


 「……アレクさん、ごめんなさい」


 呟きとともに、フィアラの身体が眩く輝き始めた。


 「ッッッ!?」


 空気が焼け、周囲を灼熱が包む。フィアラの茶髪が燃え立つような紅に変わり、瞳もまた紅蓮に染まる。その姿は、かつて伝説に名を残した「イフリール一族」の顕現そのものであった。


 「……イフリール一族は滅んだはずだが、その末裔が生きていたとはな」


 アレクは驚愕と共に、その存在の重みを認識する。滅びたとされた一族の力が今ここに再び姿を現したのだ。だが、彼は動じない。


 「……いきますよ、アレクさん」


 炎を背に、フィアラが進み出る。その力は確かに強力で、そして貴重な駒となり得る。ならば今ここで、彼女の全てを受け止める必要がある。


 「かかってこい、フィアラ。お前の全てを、受け止めてやる」


 その言葉と共に、紅き炎が咆哮を上げ、アレクへと襲いかかった。







 






 


 











 


 

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