schooldays Ⅶ せんぱい
ヨハンは早足のミハイルを追い、部屋へと向かう道を急いだ。小さな背中はすぐに見つかり、ヨハンは息を整えてから名前を呼ぶ。
振り返ったミハイルは、先程よりは幾分か柔らかくなった瞳でヨハンを睨む。
「あの、その.....さっきはごめん」
「何が」
その謝罪が何に対してなのか、わかっていてあえて問いを返したのだろう。ヨハンはミハイルの威圧感に身動ぐ。
「先輩の噂。人助けをしてる先輩を、あんな風に言うのは良くなかった、と思う」
尻すぼみの声に、ミハイルは小さな溜息を吐く。
大人に囲まれて育った彼の世界では、同世代の他者が現れたのは学園に来て初めてだった。
魔法使いの生き方によると、子どもは狡猾で、大人は汚い。大人については彼自身の目で見てきたため否定のしようがないが、ミハイルが学園で会話をしたヨハンからは、狡猾という字が連想できなかった。実際ヨハンは“狡賢い人間”では無かったのだ。だからこそ、彼には人の噂を楽しむ事が許せなかった。
しかしヨハンに悪気があったわけではなく、それはアーニャも同じだろうということは彼にもわかっている。そんな矛盾した思いに動けなくなってしまうほどに、彼はまだ子どもだった。
「また、こっちの事情も言わないのに酷いことを言った」
ミハイルにできる精一杯の謝罪だったが、ヨハンは眉を下げて笑うだけ。
歯車が欠けてしまったようにぎくしゃくとした2人は、黙ったまま部屋へと向かい歩いていく。
次の日、2人は別々の時間に起床した。
ミハイルはいつも朝から夕まで勉強漬けで、授業の半分は机に向かっていた。
ヨハンとの会話が絶えて数日。その日は最後の授業が他学年と合同で行う実技で、いつもなら校則で制限されている魔法を気兼ねなく使うことが出来るためストレスの解消になるはずだったのだが、いくら課題をこなしても彼の胸は晴れないままだった。
1年生の課題は彼にとって簡単な、初歩的な魔法ばかりで、ミハイルは頭をからっぽにしようと努めた。しかしやはりヨハンのことが気になって、授業に身が入らない。
「君、魔力の運用上手いね」
だからか、そう声をかけられた時のミハイルは無防備で、どこか幼げな雰囲気を纏っていた。
顔を上げると人が良さげな白髪が目に映り、彼は驚きつつも「どうも」と言う。人に紛れようかと考えたが、今の彼に実行する気力は無い。
「ごめんごめん、急に声をかけられたら気持ち悪いよね。自分はバージルっていいます」
「ミハイルです」
「ミハイルくんか、よろしくね。ところでさ、こっちの魔法やってみない?」
ミハイルが渡された紙には、2年生用の課題が書かれていた。2年生用といっても難易度はさほど変わらず、ミハイルは簡単にこなしてみせる。
バージルはすごいすごいと声を上げる。純粋に驚いているようで照れたように目をそらすミハイル。
「実技は完璧って感じかな? 自分は入学するまで遊ぶ程度しか経験がなかったから、結構手こずったんだよ。推薦試験には実技の科目が無かったからね」
そう言いながら彼は魔法で透明に輝く球を創り出して浮かせ、指先で遊んでいる。1年で余程努力をしたのか、その手つきは見惚れるほど美しい。
ふと気付いてミハイルは球を見ながらこぼす。
「これは、氷ですか」
「そうそう。ほら、こうして陽の光を反射させると綺麗でしょう?」
「ほんとに.....」
ヨハンと一緒だ。
バージルはその呟きを聞き漏らさず、ミハイルに聞き返す。ミハイルはヨハンが同室であることと、現在気まずく互いに避けてしまっていることを簡単に説明する。
「それはそれは.....どうにもうかない顔をしていると思ったら、そういう事だったのか」
顎に手を当てて考えこもうとしたところで、教師から授業終了の声がかかる。間が悪いとバージルは頬を膨らませるが、気を取り直してヨハンに向き直る。
「この後時間ある? せっかくだし夕食一緒にどうかな」
普段であったら受けなかったであろう申し出にすぐに頷く。
「よし、それじゃあ行こうか! あ、苦手なものはある?」
手を引かれて歩き出す。
食堂とは違う方向に向かっている事に気付いていたが、ミハイルはそれに抗わず足を進めた。




