schooldays Ⅳ そしつ
学園での生活は、殆どの新入生にとっては新鮮な、驚くべき出来事の連続だった。
はじめの一週間は体力や学力、魔法のレベルを測定するテストを受けながら各々が興味のある授業の講義を受けた。このテストを元に生徒各人のデータがまとめられ、上はS、下はCまでのクラスに振り分けられる。しかしクラスによって何かが異なる訳ではなく、アルファベットはただの指標に過ぎなかった。
そして、はやくも一週間が過ぎ、新入生はこれから1年間受講する科目表の提出が求められていた。
「梓涵はもうどんな科目受けるか決めた?」
ヨハンは朝食を食べつつ、合間に梓涵へと視線を向けた。梓涵は既に朝食を終え、お茶を飲みながらチラリとヨハンを見る。
「ああ、大体は決まった。俺は魔法の系統が他の奴らとちと違うからなァ、難儀したぜ」
片眉を上げて答える梓涵は、言葉とは裏腹に楽しんでいるように見えた。それを見て、ヨハンは尚更焦る。彼は自分に必要なものが何か、自身でも把握しきれずにいたのだ。
梓涵が言った通り、魔法には系統がある。物質変換、動力変換、物質操作、精神操作の大きく4つに分類され、魔法使いの大部分は物質変換を得意とする。物質変換は魔力を他の物質へ.....例えば、火や水、風などへと変換する。ヨハンも魔力を氷へと変換する、物質変換系統の魔法使いだ。
物質変換系統の者に必要なのは、魔力保有量の底上げと、魔力変換効率の上昇、そして自分が使用可能な魔法への広い知識だ。
ヨハンもそこまでは理解しているが、いざ選択するとなると難しく思えてしまうらしい。
「まァ、まだ時間はある。測定結果を見ながら考えて、それでも駄目ならミハイルに相談してみな」
梓涵はそう言うと、お先にと言いながら枚の紙を持って立ち上がった。今日は科目表の提出を済ませてしまえば、他は自由時間になる。どうやら梓涵は、面倒な事は先に終わらせるたちらしい。
残されたヨハンも、既に朝食は終わっていた。しかしこれからを思うと立つ気にはなれず、彼は温くなった紅茶を口に含み、遠くの窓に映る空を眺めていた。
どれほど時間が経ったろうか。
「ヨハン?」
名を呼ぶ声に、ヨハンは我に返った。
いつの間にか隣にはミハイルが座っており、彼は2つの封筒を握っていた。ヨハンを覗き込むようにしていたミハイルは、彼が気が付いたのに満足したのか食事をとりはじめる。
「あれ、ミハイル.....? もしかしてもうお昼?」
前日に「明日は寝ていたいから起こさないでほしい」と言われていたヨハンは、ミハイルを見るなりそう言った。この1週間彼の体調が芳しくないように見えたため、言われた通りにそっとしておいたヨハンは、彼が起きてくるのは昼頃だろうと勝手に思っていた。
「いや、10時になったばかりだ。ヨハンは朝からずっと居たのか?」
「うん。科目が決まらないなと思ってたらいつの間にかこんな時間に.....」
ヨハンが頬を掻きながら笑うと、ミハイルは料理を取り分けようとした手を止め、先程握っていた封筒の1つをヨハンに渡す。そこには学園の印が押され、表に「測定結果 ヨハン・ウォーベック」と書かれていた。
「帰ってこないからここにいると思って、自分ののついでに貰ってきた」
「わ、ありがとう! ミハイルはもう科目決めた?」
炒り卵を皿にのせながら、ミハイルは頷く。どうやら提出の際に結果を回収してきたようだ。
「その、よかったらなんだけど、科目決めるの手伝ってくれないかな.....? もちろん無理にとは言わないよ」
伏し目がちに問うと、ミハイルは少し驚いたようだったが、特に渋ることもなく引き受ける。とりあえず食べる間に結果を見るように言われ、ヨハンは封を切った。
時折聞こえてくる呻き声に耳を傾けながら、ミハイルは手早く朝食を済ませた。元々食は細い方なので、それほど時間もかからなかった。
食後に先日実家から届いたという焼き菓子をつまみながら、ミハイルは遠い目をしたヨハンに再び呼びかける。
開封された測定結果を受け取り、確認すると、総合評価はB。全体的に可もなく不可もなくといった様子だった。しかし魔力保有量を見て、ミハイルは微かに笑う。そんなことは知らず、ヨハンは改めて必要になる科目を洗い出していた。
ミハイルはちょうど持っていた紙にヨハンの測定結果を簡単に書き出し、そこに必要事項を書き込みながら説明を始めた。
「まず必要なのは変換効率。今まで実際に魔法を使うことはそんなに無かったんだろ。これは練習あるのみだから、結果は指標としてだけ見ればいい。次に.....」
ヨハンは自分で洗い出した必要と思われる科目に、ミハイルの説明を聞きながら優先順位を定める。変換効率の次に必要なのは、物質変換系統ではなく、動力変換系統の精神修養。その次は物質変換論と、自分とは違う視点からの意見にヨハンは胸を高鳴らせた。
ミハイルが一通りの説明を終えると、ヨハンは紙の前で唸っていた。
それもそのはず、平均で8科目ほど取れば十分なところ、書き出された科目は14。
「なんか、すごく多いね」
これでも絞った方と目を瞬かせるミハイルは、
「今挙げた中の10個は僕もとってるから、一緒に頑張ろ」
と慰めと言えるのかわからない言葉をヨハンにかける。ヨハンは彼が自分のために考えてくれたのだと思うと優先度の低い科目でも削ることができず、ただ曖昧に頷くばかりだった。
科目表を記入しながら、ふと気になってヨハンは顔を上げる。
「ミハイルはどれくらい受講するの?」
「ヨハンよりもう少し多いくらい」
顔色1つ変えず言うミハイルに、ヨハンは顔を引きつらせたのだった。
なんとか科目表を提出して正式な時間割を受け取ったヨハンは、1年生の学年長を務める教師、リコス・シーウェルとお茶を飲んでいた。
シーウェルは様々な呪具を開発した事で有名な初老の魔法使いで、現在も新たな呪具を開発するため研究に勤しんでいる。
「しかし、1年生のうちからとったものだねえ。大概の子は、要領がわからないから少なめにとるんだが」
東の国で手に入れたという緑色のお茶をすすりながら、シーウェルは言う。
ヨハンがこうなった経緯を話すと、彼は「そうか、そうか」と微笑んだ。
「あの子がなあ…...私はこの日を待っていたんだ。ミハイルくんの事は昔から知っている。難しい子だが、優しい、いい子でもある。どうか君がパートナーとして、彼を支えてやってくれないだろうか?」
「パートナー.....僕が、ミハイルと.....」
この学園には1つ、他の学校には見られない制度がある。魔法使い見習いたちがより効率的に魔法を上達させていくため、同じ年に入学した者同士でパートナーを組むのだ。
パートナーは様々な訓練において行動を共にする事になるが、入学してすぐに決めなければいけないせいか、同室の者と組む者が多い。それをわかっていても、ヨハンはミハイルと組むことが想像できないでいた。
それを知ってか、シーウェルは片眉を上げて目の前で苦笑する生徒を眺める。
「1つ、言っておかねばならんことがある」
その後彼に向けて放たれた言葉は、ヨハンのそれまでの価値観を揺さぶるものだった。




