第3話 筆記試験
パトに導かれて、北に進んでいくと、小さい兎が三匹ピョコピョコ跳ねていた。
「あれがベビーラビットか」
「そうです。まずは一匹戦ってみて下さい」
「ああ、わかった」
俺は剣を抜き、近くのベビーラビットに斬りかかる。
すると、ベビーラビットの耳がピクリと動き、俺の攻撃をかわす。
「くそ、逃がすか!」
しかし何度剣を振るっても、ベビーラビットに攻撃が当たらない。
「おいパト…全然当たらないぞ」
「あんなに闇雲に剣を振るっても当たりませんよ…脇を引き締めて下さい。そうすれば、少しは当たるようになります」
そう言われた俺は、脇を引き締めてから再び斬りかかる。
またしてもかわされてしまったが、次の一振りが相手を斬り裂いた。
「………………」
「どうでしたか?生き物を斬る感覚は」
「凄く、重く感じた…これが、命を奪うってことなのか…」
「そうです。命の重みを知らない者に、武器を持つ資格はありません。ですが、あなた様はその重みを知った。つまり、立派な冒険者になる素質があるということです」
「立派な、冒険者に…」
素質があると言われたのは嬉しいが、初心者向けの魔物を倒すのにも手こずった今の実力では、立派な冒険者になるのはまだまだ先だろう。
これから魔法世界を生き抜くなら、もっと経験を積むしかないだろう。
「よし…じゃあ残りのベビーラビットとも戦ってくる!」
そう言って俺は、立派な冒険者に近づくため、ベビーラビットで経験を積んだ。
ベビーラビットを無事に討伐し、俺は小屋に戻ってきた。
「ふぅ…なんか疲れたな…」
俺は戻ってきて早々に、ベッドに飛び込む。
「それはそうですよ。慣れないことをすると疲れるものです」
「そうだな…実戦はさっきやったから、次は知識の方をどうにかしなくちゃな」
「そうですね。では科学世界に帰りましょうか」
……はっ?
「おい、お前今、何て言った?」
俺は倒れた体を起き上がらせた。
「いえ、ですから、科学世界に帰りましょうかと…」
「帰れるのかよ!」
てっきりこっちの世界でずっと暮らしていくのかと思ってたのに…
「それはそうですよ。そうじゃなかったら、無理矢理魔法世界に連れてきたりしませんよ」
まあそうかもしれないけどよ…
異世界ファンタジーって、大きな厄介事に巻き込まれて、その中でもとの世界に戻る方法を見つけるんじゃないのかよ。
こいつ…俺のイメージをぶち壊しやがって…
まあ、その事をグチグチ言っても仕方ないし、知識ならどこでやっても同じだしな。
「では移動します。調律者様、私から離れないでください」
俺がパトに近づき、足下にあのときと同じ五芒星が浮かび上がる。
「準備出来ました!それでは、飛びます!次元転移!」
冒険者になるための試験当日。
俺はいつものように学校に来ていた。
試験は午後五時からなので、学校に行く余裕は一応ある。
だが正直言うと、今日は休んで試験のおさらいをしたかったのだが、親父が休みで家でゴロゴロしていたのでそれが出来なかった。
仕方ないので休み時間を使っておさらいをしている。
休み時間はほとんどの人が隣のクラスに向かったので、周りに気にせずにおさらいできる。
聞いた話では、隣のクラスにはアイドルがいるらしい。
ちょっとだけどんなアイドルか気になるが、今は試験の方が大切だ。
「ねえ天、何してるの?」
話しかけてきたのは、少し鬱な雰囲気を放っている唯だった。
「あっ、これなに?ちょっと見せて」
彼女は俺が昨日必死で書いたメモを取り上げ、それを見る。
「うわぁ…」
その瞬間、おかしいやつを見る目でこちらを見てきた。
仕方ないだろう。メモに書かれているのは、冒険者の心得の他に、魔法の使い方や、科学世界では存在しない道具の詳細などなのだ。
何も知らないやつから見たら、中二病だと思われても仕方がない。
唯はそっと俺にメモを返し、申し訳なさそうにこう言った。
「ま、まあ、価値観って人それぞれだし、天がどんなに変わっても、私は友達で居続けるから、ね?」
どうする、ここは反論するべきなのか?
しかし、反論すると言っても何て言えばいいんだ?
候補一:俺、昨日異世界行ったからその勉強してるんだ。
駄目だ、誤解を解くどころか中二病だということを確信させてしまう。
候補二:最近始めたゲームの内容だよ。
これも駄目だ、魔法の原理まで書かれているのに、そんなことを言っても唯は信じてくれない。
なぜなら、俺がそんな面倒くさいことを自主的にやることはあり得ないことを知っているからだ。
候補三:アニメ部の部長から勧誘の時にもらった。
仕方ない、勧誘などされてないが、これでいこう。
嘘をつくのは心が痛いが、今までの距離感を保つためだ。
「違うぞ唯。それはアニメ部の部長からもらったんだ。勧誘の時に、ファンタジーの素晴らしさを教えたいって…」
「この学校に、そんな部活ないよ?」
「……そうか」
こうして俺は、何か大事なものを失いながら、残りの授業を消化した。
午後五時。
ついに試験会場にやって来た。
今俺がいるのは、魔法世界のギルドにある試験用の個室だった。
俺が座っている席は、一番後ろの窓側だ。
パトは家で留守番だ。
パトいわく、不正をせずにちゃんと試験を合格してほしいとのことだ。
「ではまずは、筆記試験を開始します。カンニングしようとしたら、警報がなるのでそのつもりで」
警報なんてなるのかよ。
それだけ冒険者って大変なのか…
「制限時間は一時間です。時間が過ぎた場合、紙を回収するからそのつもりで。では、そろそろ開始時間ですね」
試験官はそう言うが、まだ紙を貰っていない。というか配ってすらいない。
だが、周りはどよつく様子はない。
一体、どういう意味だろうか?
「時間になりましたね。それでは試験開始です」
試験官がそう言うと同時に、机の上にテスト用紙が現れた。
これも魔法の一種なのだろうか。
と、それはどうでもいい、早く問題を解かないと。
俺は名前を記入し、一問目を確認し、答えを記入していく。
勉強の成果が出ているのか、以外とスラスラと書くことが出来ている。
時々筆が止まってしまうこともあったが、残り時間五分の時点で最後の問題にたどり着くことが出来た。
その最後の問題は、『ダンジョンや森などに入る際に必要なものは?』というものだった。
これは難しいな。
そんなものは、人によってそれぞれ異なるだろう。
そういう意味では、試験官のさじ加減で正解かどうかが変わってくる。
しかし残り時間は三分をきった。
悩んでる暇はない。
俺がパッと浮かんだものを記入した直後、試験終了のベルがなり、紙が消えた。