第28話 憎しみを断つために
俺たちが森の中に入っていくと、奥の方から何か違和感のようなものを感じた。
「なあ、この違和感、やっぱり呪術者はこの奥にいるってことでいいのか?」
「ああ、間違いないだろう。しかしこの森からコテージまで呪いを飛ばしてくるとは…相手はおそらく強力な呪力を秘めているだろう。気をつけろ」
俺はアーサーの言葉を聞いて、気を引き締める。
違和感のする方に近づくほど、肌がピリピリするほどの強力な力を感じる…この力、特異点のノロイに勝るほどの力だ。
俺たちが森の奥にたどり着くと、そこには魔法陣が展開されており、その中心にはローブを着た何者かが座っていた。
「お前か、呪術者の正体は」
「おや、客人かねぇ」
呪術者は、ババアみたいな声を発し、立ち上がってこちらを見る。
「ほう、その魔力。あんたが特異点の一人かい」
「特異点を知ってるのか?」
「当然さ。あたしは一度、特異点に殺されかけたんだからね」
「特異点に?どういうことだ」
「あれは五千年くらい前のことさ。あたしゃ人間に裏切られたんだよ。一番の親友と、最愛の人からな」
呪術者は憎しみを感じさせるような、低く震えた声で語り出す。
「親友はあたしを応援してくれると言った。そしてあの人も、あたしの気持ちに応えると、そう言ってくれた…なのに…なのにあいつらは…二人であたしの気持ちを弄んでいた!」
「……もしかして、その二人は付き合っていたとかなのか?」
「そうさ!もうあたしは我慢ならなかったさ!そんなとき、あたしは刀を拾った」
「刀だと?」
「ああ、なんで日本の河川敷にそんなものが落ちてたかはわからないが、その時あたしは思ったのさ。これはあたしに、この刀であいつらを殺せと言っていると」
「……それでお前は、その二人を殺したのか」
「いいや、殺せなかった」
「なに?」
「確かにあたしはあいつらを切った。だがやつらは死に絶えることはなく、黒い霧のようなものを身体中から吹き出しながら苦しむだけだった」
それって、まさか刀が呪いをかけたってことなのか?
「よくはわからなかったが、今までの報いを受けてるようでスカッとしたよ。だけど、その苦しみはあたしの身にも起こった」
「……刀の副作用か」
「アーサー、知ってるのか?」
「ああ、その刀は妖刀だ。斬りつけた者にも、所有者にも呪いの力がかけられる、もろばの刀…」
「よく知ってるね。その呪いはあたしを蝕んだが、悪いことばかりじゃなかったよ。不老不死になれたんだからねえ」
「違う!それは体を呪いの力で無理矢理動かしてるだけだ!決して不老不死なんかじゃない!」
「そこのちっこい精霊にはわからんだろうよ。この力の偉大さが」
「どうやら話を聞くタイプじゃ無さそうだな。あんたの過去には同情するが、放っておくわけにはいかないからな。ここで斬らせてもらうぜ」
「やれるものならやってみな。来な!我が僕たちよ!」
呪術者がそう言うと、やつの周囲に二体の魔物が突然現れる。
一体はさっき戦ったガーゴイル。もう一体は二足歩行の斧を持った牛だ。
「ソラ、やれるか?」
「やらなきゃみんな死んじまうんだ。だったらやるしかないだろ」
俺はエクスカリバーを抜き、アーサーにそう返答する。
「やっちまいな!ガーゴイル!オックス!」
「いくぞ!『サンダーボルト』!」
俺は呪術者に向けて雷を放った。
が、その攻撃はオックスが斧を盾にして防がれた。
その間にガーゴイルは俺目掛けて突進してくる。
「死ねえ!」
ガーゴイルは勢いよく剣を振り降ろしてくる。
俺はその一撃をエクスカリバーで受け止め、ガーゴイルを押し返す。
「今度はこっちの番だ!『コールドブレス』!」
俺はエクスカリバーに氷の魔力を注ぎ込み、空を斬ると氷刃がガーゴイルを襲う。
「ぐおお!?」
ガーゴイルの体が氷刃によって斬りつけられ、その場に倒れ込む。
その時、背後から殺気の混じった気配を感じ、すぐに振り向く。
「ぐっ!があ!?」
その直後、腹部に鉄球を叩きつけられたかのような激痛が走り、俺はその場で膝をついて伏してしまう。
「「ソラ!?」」
二人の声が聞こえ、何とか意識は保てた俺は、力を振り絞って顔をあげると、視界に映ったのは、俺に斧を振り降ろそうとするオックスの姿だった。
俺は逃げようとするも、そこまでの力が残っておらず、やられるのを待つことしかできない。
斧が振り降ろされ、死を覚悟した瞬間、オックスの横顔を和美が蹴り飛ばした。
「がう!」
「ソラ!大丈夫!?」
和美に運ばれてオックスから距離をとった俺を、パトが回復魔法で癒してくれる。
「二人ともサンキュー、助かった」
力が戻る程度まで回復した俺は、お礼を言いつつ再びオックスと向き合う。
動きはガーゴイルに比べれば遅いんだ。不意を突かれなきゃやられねえ。
「いけえ!『コールドブレス』!」
俺はエクスカリバーから氷刃を飛ばし、オックスに攻撃する。
しかしオックスは氷刃を斧で軽々と砕いてしまう。
「くそ。ガーゴイルといいこいつといい、あの呪術者が呼び出す魔物、魔法世界のやつらよりつええな」
「そりゃあそうさ。憎しみがこの子達を成長させてるんだからねえ」
オックスの陰に隠れて高みの見物を決め込んでる呪術者は、そんなことを言い出した。
「あんたが人を憎んでるのはわかるが、だからといって関係ないやつまで巻き込んでいいと思ってんのか!」
「関係ないからこそ巻き込んでるのさ!あたしが傷ついてるのに、あんたらは関係ないからと言って、誰もあたしに声をかけてはくれなかった。だから!その罪を償ってもらうのさ!やれ!オックス!」
呪術者が指示を出すと、オックスは斧を地面に叩きつけると、辺りに轟音が鳴り響き、大地が揺れる。
その直後、足元から音が聞こえ、そちらを見てみると、岩の柱が飛び出してきて、俺の腹を突き上げる。
「ぐっ!があ!」
吹き飛ばされ、痛みで立ち上がれなくなった俺は、腹を抑えながらオックスの方を見る。
「ソラ!今回復する!」
「さ、サンキュー…」
パトに回復魔法をかけてもらい、少しずつ体に力は戻ってきてるが、全快するまで待つつもりはあいつらにはないだろう。
くそ、どうする。どうすればあいつを倒せる…
「ソラ、呪術者の言っていたことを覚えてるか?」
「アーサー?」
「やつは、魔物は自分の憎しみで強くなると言っていた。なら、やつ自信を殺せば、魔物も消えるかもしれない」
「殺す…」
その単語を聞いて、俺は心の中で迷った。
以前戦ったバンシーやノロイは、殺さずとも解呪はできた。だから今回も、殺すつもりはなかった。
「なあ、何も殺すことはないんじゃないのか?気絶させるだけで、あいつの力は…」
「憎しみは感情だ。感情は意識があるないに関わらず消えることはない。なら、それを消し去る方法は殺すしかない」
「…………………」
どうする?やらなきゃこっちがやられる。だけど、殺すなんて…
「ソラ!オックスが来たよ!」
パトの声が耳に入り、前を向くと、オックスがこちらに向かって走ってきていた。
「やるんだソラ!やらなければ、お前の親友たちが死ぬんだ!」
「!?」
その言葉を聞くと、俺は無意識のうちに足を前に出し…
「『アクセル』!」
呪術者の心臓を、剣で貫いていた。