第26話 パトが見える少女
「『ウィング』!」
俺は落下して地面に叩きつけられる前に、魔法を唱えて空を飛ぶ。
真っ二つに斬られたガーゴイルの肉体は、落下していく最中に霧になって消滅していった。
「結局、あいつのことはわからなかったな」
「ああ、だが天。今はあの子の様子が気になる」
「そうだった!」
俺は急いで地上に降り、傷ついた少女のもとに駆け寄る。
「う…く…」
「だいぶ弱ってるな…でもどうすればいいんだ?俺、回復の魔法なんて…」
「『ヒーリング』」
俺が悩んでいる横で、パトが魔法で少女の傷を回復していた。
「これでこの子は大丈夫だよ」
「……お前、どんだけ力を隠してんだよ?実は特異点とかいらないんじゃねえのか?」
「僕ら精霊は呪いに対抗できるほどの魔力がないから無理だよ。呪術者との戦いは特異点の天にしか出来ないよ」
「んん…」
俺たちがそんな話をしていると、少女が目を覚まし、ゆっくりと起き上がる。
「目が覚めたみたいだな。具合はどうだ?」
「がうがう」
「問題ないって」
「そっか。それでお前、これからどうするんだ?」
「…………………」
少女は暗い顔で黙り込み、俯いてしまう。
まあ当然だよな。家族が殺されてるわけだし…
「行く宛ないんだったら、俺のとこに来るか?狼の群れで暮らしてきたお前にとっては、人間といるのは居心地悪いかもしれないけど…」
「うー…」
少女は警戒した様子で俺を睨んでいる。
まあついさっき会ったようなやつを、簡単に信用できないよな。
「悪かったな、変なこと言って…忘れてくれ」
ぐ~…
俺はそう言って、少女に背を向けて立ち去ろうとすると、腹の虫が鳴く音が聞こえた。
俺は振り向くと、少女は物欲しそうにこちらを見ていた。
「……腹減ってんのか?」
少女は無言で頷く。
て言われても、今手元に食い物はねえし、どうしたもんかな…
俺は考えていると、少女が俺から目線をそらしたことに気がつく。
そして、何かうまそうなものを見つけたような顔をする。
少女の目線の先を見てみると、そこにはパトがいた。
「…………………」
まさかな?
まさかパトが見えてるわけじゃ…
「がおー!」
「ギャアアアアア!」
突然襲われたパトは、叫び声をあげて必死に抵抗するが、体格差の差があり、まるで歯が立たない状態だった。
が、今気にするべきはそこではない。
「お、おい!お前、そいつが見えるのか?」
少女は動きを止めて俺の方を見た。
「がう」
「見えてるって…」
「お前、一瞬で戻ってきたな」
俺はいつの間にか少女から離れていたパトにそう言った後、話を戻す。
「でもなんで見えるんだ?確かお前らが見えるのは、特異点である俺とノロイだけだよな?」
「うん。でもこの子からは、特異点特有の魔力の渦を見つけられないよ」
「魔力の渦?」
「うん。特異点の魔力は特殊なんだ。普通の人の魔力は横に広がる感じなのに、特異点は体を中心に魔力が渦を巻くんだ」
「もしかして、お前が俺を特異点と認識したのは、そういうことなのか?」
「そうだね」
なんで黙ってやがったと言いたいところだが、今はこの子の事を解決しないとな。
「実は魔力が多ければ誰にでも見えたりするんじゃねえのか?今まで、特異点以上の魔力を持ったやつはいたか?」
「いなかったし、確かにこの子の魔力は相当のものだけど、そもそも科学世界の住人が魔力を多く持つこと自体がおかしいんだよ」
「確か科学世界の住人は、魔法を使わなくなって魔力が衰えていったんだったか?」
「うん。なのにこんな小さな子が、多量の魔力を持っているというのは痛!」
パトは話している最中に少女に噛みつかれ、必死に暴れだした。
「なんかいまいち絞まらねえな…ところでアーサーはどう思う?」
「うむ…科学世界にも、魔法に精通した一族がいたのではないか?この子はその一族の末裔とか」
「でもよ。この世界は科学の発達した世界なんだろ?そんな世界に、魔法に精通したやつなんて…」
「何を言ってるんだ?二つの世界は元々一つだったんだぞ?」
「……は?」
アーサーがさりげなく言ったことに、俺は思わず間の抜けた声を出す。
「ちょっと待て。二つの世界が元々一つだったってどういうことだよ?」
「なんだ、知らなかったのか」
「間違いなく初耳だよ」
「そうか、では教えておくか。私が生きていた時にミラに聞いたのだが、二つの世界は一つの世界を分裂させて生まれたと言っていたんだ」
「ミラ?」
「私のそばにいた精霊だ。あいつはかなり世界のことに詳しく、私にいろんな事を教えてくれたんだ」
「そうなのか」
「だがミラは、私に世界を分裂させた理由までは話してくれなかった…それは知らなくていいと言われたよ…」
知らなくていい…ひょっとしてミラってやつは、アーサーに真実を知ってほしくなかったのか?
一つだった頃の世界に、一体何があったんだ?
「ちょ…二人とも!この子何とかして!」
未だに少女に噛みつかれそうになっているパトは、俺たちに助けを求めていた。
「ったく。本当に今日は緊張ムード続かねえな。おい、そいつはまだうまくねえから、熟すのを待て。いいな?」
「がう!」
少女は俺の言葉を理解したのか、パトから離れて俺のもとにやって来た。
「ねえ天?今の説得じゃあ、僕最終的に食べられるんじゃない?」
「頑張れ」
「凄い他人事!」
さてと、この子がいると話が続かねえし、そろそろ戻るとするか。
「それじゃあ俺たちは用があるから帰るよ。暇があればまた来るからよ」
俺はそう言うと、パトとアーサーとともにこの場を立ち去った。