第13話 呪術者の行方
翌日。
俺は科学世界の自宅で目覚めた。
時計を見ると、時刻は八時近くだった。
リビングに顔を出すと、両親はすでに仕事に行っていて、テーブルの上にはトーストと目玉焼きが置かれていた。
俺は椅子に座り、トーストを口に運ぶ。
そしてテーブルの上に置いてあったリモコンでテレビの電源をつけると、ニュース番組が画面に映った。
ニュースは興味がないので、チャンネルを変えようとしたそのとき、気になるものが報道されていた。
『最近、正体不明の病で倒れる人が急増しております。みなさん、体調管理は気を付けてください』
正体不明の病…
呪いじゃないかと考えたが、それはないか。
昨日は魔法世界で呪いにかかって倒れる人がいたわけでもないし、だとしたら科学世界で呪いにかかることはないはずだ。
俺は箸で目玉焼きを一口サイズに切り分け、口に運ぶ。
父さんも母さんも、今日は同期の人と飲みに行くって言ってたし、今日は遅くまで向こうで調査出来るだろう。
俺は朝飯を食べ終えると、食器を台所に持っていき、水を入れる。
俺はテレビの電源を消して、魔法世界に向かった。
「昨日は堂々と見張っていたから来なかったと思うのよ」
俺がヒカリの家に来ると、ヒカリはいきなりそんなことを言い出した。
「どうしたんだよ、いきなり?」
「昨日呪術者が来なかった理由を考えたんだけどね。あれは私たちが家の外で見張ってたでしょう?だから呪術者は現れなかったんじゃないかって思ったの」
「なるほど、ありえない話じゃないよな…ただ、俺の意見も聞いてもらっていいか?」
「何?」
「呪術者の目的は、別にあったんじゃないかって思ったんだよ。例えば、最近呪術を身につけて、その効力を試してみたいっていう、実験みたいな理由でお前の父さんを呪ったんだとしたら…」
俺の言いたいことを理解したのか、ヒカリの顔が青ざめる。
「もう近くに、呪術者はいない?」
「そういうことだ」
「じゃあどうすれば!」
ヒカリは俺の両肩をいきなり掴んで、揺らしてくる。
「お、落ち着け…まだそうと決まったわけじゃない。とりあえずお前はこの家で父さんを見守ってろ。俺はギルドで情報を集めてくる」
「う、うん。わかった…」
ヒカリが俺の肩から手を離し、俺はギルドに向かった。
ギルドにやって来た俺は、何だかいつもより活気がないことに気づく。
「やっほーソラ。今日も元気?」
背後から声をかけられたので、振り向いてみると、そこにいたのはユイだった。
「おう、俺は元気だぞ。ただ、今日はやけにギルドの活気が…」
「あれ、知らないの?昨晩、たくさんの人が突然ですが倒れたって…」
「えっ?」
ユイの言葉に、俺は全身から冷や汗を流す。
「なあ、倒れた原因はわかってるのか?」
「いや、わからないけど…」
「じゃあ、どこにいた連中が倒れたんだ?」
「結構バラバラだったよ。近くの洞窟に潜ってる人とか、村にいる人とか…」
バラバラ?
となると、そいつらは呪いとは無関係なのか?
そんな微かな希望を見いだした俺は、次の光景を見て絶望する。
「すみません、どいてください!また倒れている人を発見しました!」
ギルドの人たちは、タンカを使って男を運んできた。
その男からは、ヒカリの父さんと同じ感覚がした。
おそらく、昨晩たくさんの人が倒れた原因は、呪いだろう。
そして、科学世界で人が正体不明の病で倒れた原因…タイミングを考えると、呪いであることは間違いなかった。
でも、どうしてバラバラなんだ?
「おそらく、複数犯なんじゃないかな?」
「複数犯?」
俺が考えてる時に、パトはそう言った。
「複数なら、バラバラで呪いをかけることも可能だからね。これくらいしか考えられないと思う」
「そうだな…」
「ねえ、さっきから誰と話してるの?」
パトと話をしている俺に、ユイはそう言った。
本来パトは、俺にしか見えない。
なので、パトと話しているときの俺は、完全に痛いやつに見える。
「いや、ただの一人言だ。気にしないでくれ」
「う、うん…わかった…」
ユイのやつ、口ではわかったと言っておきながら、若干引いている。
くそ、どうして俺がこんな扱いを受けなければならないのか。
そんな感じで落ち込んでる俺の耳に、話し声が飛んできた。
「それにしても、突然倒れたからビックリしたよな…」
「ああ。なんの脈絡もなく倒れるなんて、いったいどうなってんだ…」
倒れた?突然?脈絡もなく?
おかしい。
ユイが呪われたときは、倒れるまでいくのに時間がかかった。
それなのに、今のやつらの言い方だと、倒れるまでは何もなかったかのような感じだった。
「なあパト。呪いの進行度って人によって違ったりするか?」
「突然だね。呪いのかけ方には二種類あって、一つは媒体を使ってゆっくり呪いを進めていくタイプ。科学世界で言う藁人形みたいなものだね。そしてもう一つは、力を直接相手にぶつけて直接呪うタイプだ」
「なるほど。そういえば、前に呪いは魔法と変わらないって言ってたよな。てことは、魔法に抵抗があるやつほど、呪いの進行が遅くなるってことだよな?」
「そうだね。天が呪いが効かないのと同じ理論だね」
となると、呪術者は直接相手を呪うタイプってことだ。
だが、どうして呪術者はこんなことをする?
たくさんの人を呪うことに、何か意味があるのか?
とりあえず、今得た情報をヒカリにも話してこよう。
「悪いユイ。ちょっと寄るとこあるから、今日もクエストは別のやつと頼む!」
「うん、わかったよ…」
俺はギルドを出て、ヒカリの家に向かった。
ちなみに、そのときのユイの目は、何か気を使っているように見えた。
ヒカリの家にやって来た俺は、ギルドで得た情報をヒカリに伝えた。
「相手が複数の可能性…それに、呪いの被害が拡大してるなんて…」
「ああ…一刻も早く呪術者を倒さないと、お前の父さんだけじゃなく、多くの人の命が危ない」
「そんな…」
俺の言葉を聞いて、ヒカリは体を震わせる。
……ちょっと言い方キツすぎたかな?
俺はヒカリの頭に手を優しく乗せて、こう言った。
「安心しろ。お前の父さんも、他の連中も、絶対助けてやっから!」
「……出来るの?」
「やってやるさ。なんてったって、呪術者のバンジーといい勝負したんだぞ?だから、信じろ」
俺の言葉を聞いたヒカリは、優しい笑みを浮かべて…
「ありがとう」
どうやらヒカリに元気が戻ったようだ。
ヒカリが元気になったところで、今の現状を打破する方法を話し合おうとしたそのとき。
「!!…ぐう!」
ヒカリが自分の左胸を思いきり掴んで、苦しみ出す。
「お、おい!ヒカリ!どうした!?」
「ぐっ!があ!」
ヒカリはしばらく苦しんだ後に、動かなくなった。
幸い、気絶しているだけのようだが、今のはまさか…
「呪い、だね」
「でも、ヒカリに呪いを打ち込まれる様子はなかったぞ!?」
「それが謎なんだ。呪術者は一体どこから呪いをこんなに早く…」
今のはどう見ても、呪いを直接ぶつけるタイプだった。
だが、家の周囲には人の気配はない。
じゃあ、一体どこから…
落ち着け…情報を整理するんだ。
昨晩呪いにかかったやつらは、場所がバラバラだった。
呪われたやつらは、なんの脈絡もなく突然倒れた。
相手は力を直接ぶつけるタイプで呪ってる。
だけど、ヒカリを呪ったとき、周りには誰もいなかった。
くそ!なにか、なにか見落としてることはないか!
……そういえば。
唯は直接呪いにかかったわけじゃないのに、あいつは呪いの進行が進んでた。
それは確か、世界の歪みを小さくするために、魂共有体である二人の状態を同じにするため。
だからユイが呪われたとき、魂共有体である唯も呪われた。
だけど今回の事件は、逆だったとしたら?
もしも科学世界に呪術者がいたら?
魔法に抵抗があるやつほど、呪いの進行が遅くなる。
だが、魔法を使わない科学世界の人間に、魔法に抵抗する力はない。
そんなやつらが呪いにかかり、この世界のルールで魔法世界のやつらが呪われているのだとしたら?
俺の考えは、ただの推論だ。
だけど、可能性はあると思う。
「パト!俺を科学世界に飛ばせ!」
「ど、どうしたのさ、急に…」
「説明は後だ!早くしてくれ!」
「わ、わかった」
パトは世界を渡るゲートを開き、俺たちはそこに飛び込んだ。