第12話 呪術者探索
俺は今、偽りの歌姫、ヒカリとギルドの外で対峙していた。
「さっきの歌が紛い物って、案外ハッキリと認めるんだな」
「ええ。どうせさっきの声も、記憶に残っているんでしょう?だったら、しらばっくれても無意味じゃない」
ヒカリは特に悪びれる様子も見せずにそう言った。
「まさか、こんなにも魔力に抵抗する力を持つ者がいたとはね…想定外よ」
「で、そんな俺を、お前はどうしようって言うんだ?」
「どうする?そんなの決まってるじゃない」
そう言って、ヒカリは俺に駆け寄る。
俺は腰に差した剣の柄を握り、剣を抜こうとしたそのとき。
「お願いします!見逃してください!」
ヒカリは、俺の目の前で土下座を始めた。
あまりにも意外な行動に、俺はどうしていいかわからなくなる。
そんな俺に、ヒカリは土下座をしたままこう言った。
「私の父さんは、今未知の病にかかってるの!それを治すためには、お金がいるの!だから、今回は見逃してください!」
「未知の病?」
「そうなの。突然苦しみ出して、どんどん容態が悪化してるの…もう、これしか稼ぐ方法がなくて…」
突然苦しみ出して、容態も悪化していく病か…
「ねえ天。これはおそらく…」
「わかってる。呪いかもってことだろ」
「うん。ひとまず、自然な流れでその人の様子を見に行こう」
「わかった」
自然な流れか…
「お前の事情はわかった。だけど、それだけじゃ信じることは出来ないな」
「じゃ、じゃあとうしたら!」
「その人の容態を見せてもらう」
「……そうしたら、信じてくれるんだね?」
「ああ」
「わかった。ついてきて」
ヒカリは立ち上がり、自分の家に俺を案内した。
「ここが私の家だよ」
ヒカリが指差した家は、木で出来たボロボロの状態だった。
とてもじゃないが、ギルドで話を聞いていた想像とかけ離れていた。
「お前、意外とぼろっちい家に住んでるんだな…」
「金を稼ぐために、家を売るしかなかったのよ…そんなことより、早く中に入るよ」
そう言って、ヒカリは家の扉を開ける。
そこには、ベットで苦しそうに寝込んでいるおっさんがいた。
「この人が、ヒカリの父親か?」
「そう、二週間前に父さんはいきなり倒れて、それからずっと、目を覚ますことなく眠り続けてるの…」
その父さんからは、何だか嫌な力を感じた。
この感じは、バンジーに呪いのビームを浴びたときの感覚に似ている。
ということは…
「ほら、もうわかったでしょう。だから、さっきのことは…」
「ヒカリ。これ、ただの病じゃないぞ」
「えっ?どういうこと?」
「お前の父さんは、呪いにかけられてる」
「呪い!?」
ヒカリは俺の言葉を聞いて、驚きの声をあげる。
「何を言ってるのよ。呪いは禁呪として封印されたじゃない!それなのにどうして…」
「三週間前、俺は呪術者と戦ったんだ。だから、呪いの感じは何となくわかるんだ」
「じゃあ、本当に父さんに呪いをかけた人がいるっていうの?」
「ああ。だから、解呪にはその呪術者を倒すしかない」
「……わかったわ。ありがとう、教えてくれて」
ヒカリはそういうと、玄関の扉のドアノブに手を乗せる。
「まさか、一人で何とかする気か?」
「当たり前でしょ。これは私の問題なんだから」
と言われてもなあ…
事情を知っちまった以上、無視は出来ないよな…
「俺も手伝うよ。呪術者探し」
「でも、私は金を巻き上げたんだし、誰かの手を借りるわけには…」
こいつ、意外と金を騙し取ったこと気にしてんのか…
どうやら、思ってたよりも悪いやつじゃなさそうだ。
「その言葉を聞いたらなおさらだ。嫌って言っても手伝うからな」
「……いいの?」
「男に二言はねえ」
ヒカリはクスリと笑った。
「それじゃあ、よろしくね。えっと…」
「俺は天だ。よろしくな、ヒカリ」
「うん。よろしく、ソラ」
俺たちは、村の周囲に怪しいやつが来なかったかを手分けして聞き込みしていた。
ヒカリの父親の呪いの進行は、パトによるとあの時のユイより酷いとのことなので、おそらく近くに呪術者がいると踏んでいる。
しかし、こちらには有力な情報は何も得られなかった。
どうやらヒカリも同じ結果だったようで、俺たちの呪術者探しは、いきなり行き詰まってしまった。
「おかしいな…あれだけ呪いが進行してるのに、影も形もないなんて…」
「となると、夜中に行動してるんじゃないかな?」
「夜中か…その可能性はあるな。それじゃあ、今夜早速探してみるか」
「うん。それじゃあまた後でね」
そう言って、ヒカリは家に帰っていった。
パトと二人きりになり、俺は尋ねた。
「なあ、パト。今回のこと、どう思う」
「どう思うって、どういうこと?」
「呪術者が近くに来ていたのなら、ちょっとは情報が集まると思うんだ。なのに、今回は何も情報が集まらなかった」
「なるほど…しかし、情報が集まらなかったとはいえ、呪いの進行を考えると、呪術者は間違いなく近くにいる。これだけは断言できる」
「そっか。そこまで言われたら、信じるしかないな」
俺は大きく伸びをして、そう言った。
「それじゃあ一度科学世界に帰るか。早くしないと、また怒られるからな」
「そうだね。ひとまず今は帰ろうか」
俺たちは科学世界に帰り、夕飯を食べた。
俺は夜中に再び魔法世界にやって来た。
「よし、それじゃあ早速ヒカリの家に向かうか」
俺はしばらく歩くと、ヒカリの家が見えてきた。
俺は扉を三回ノックする。
「おーい。ヒカリ、いるか?」
「いるよ。ちょっと待って」
そう言われてしばらく待つと、ヒカリが丈夫そうな皮を素材にした服を身に纏い、槍を右手に持っていた。
「準備完了!いつでもいけるよ!」
「それは頼もしいな。頼んだぞ」
俺たちは、家の外で怪しいやつが来ないかを見張る。
「そういえば、お前って世界をまたにかける冒険者って聞いたんだけどさ、それなのに金に困ってたのか?」
「えっ!?えっと…それは…」
俺の何気ない質問に、ヒカリは挙動不審になる。
「……お前、何隠してる?」
「えっと…世界をまたにかけたっていうのは、ちょっと誇張しすぎたって言うか、なんと言うか…」
おいおい…
「何だってそんなことを…」
「いやぁ…そういえば人が集まると思って、つい…」
こいつ、罪に罪を重ねてるな。
こいつが悪人だったら、間違いなくギルドに放り込んでたな。
「で、騙し取った金はどうするつもりなんだ?」
「その事なんだけどさ…ソラ、使う?」
「お前、俺に罪を擦り付けようとしてるだろ」
「違うよ!私はただ、一人が心細いから、一緒に戦う仲間がほしいだけだもん!」
「適当なこと言ってんじゃねえ!最後に絶対裏切るつもりだろ!」
こいつ、今すぐギルドに売り飛ばしてやろうか?
「まあ冗談だけどね。とりあえず問題が片付いたら、金は返すよ。もちろん、騙してたこともちゃんと謝る」
「……お前って、思ってたよりいいやつだよな」
「えっ?どうしたの急に?」
「いや。俺に秘密がばれても力ずくとかしなかったし、悪いことをしたことを謝ろうとしてるし、何か、お前に話しかけるときに身構えてた俺が馬鹿みたいだ」
ヒカリは、クスリと笑って、こう言った。
「まあ、確かに馬鹿だよね」
なんだとこのやろう。
「だって、呪いなんて危険なことに首を突っ込んでくる人なんて、そう言われているものじゃないよ?ここまでくると、お人好しの域を越えて馬鹿って言われてもしょうがないんじゃない?」
「そんなものか?」
「そんなものだよ。普通は」
俺はただ、苦しんでほしくないだけなんだけどな…
幽霊屋敷でユイが呪いで苦しんだとき、辛かったから…
もうあんな姿を見たくないと思ったから…
だから、こうしてヒカリに力を貸している。
「それにしても、呪術者の気配は感じられないな…」
「そうだね…ひょっとして、呪いとは関係ないんじゃないの?」
「それはないと思う。もうちょっと見張る範囲を広げてみよう」
「わかった」
俺たちは二手に別れて呪術者を探したが、結局怪しいやつは一人も見つからなかった。