第11話 歌姫への疑念
停学処分をくらった俺は、朝から魔法世界に来ていた。
まだ外出禁止中だが、両親は仕事で夕方まで帰らない。
つまり、休日以外は魔法世界に行ってもバレることはない(怪我さえしなければ)。
「それにしても一般人にカウンターを決めるなんて、何を考えてるんだよ…」
「仕方ないだろ。襲ってきたのはあっちなんだから」
「とはいっても、世界観の違いはちゃんと理解しないと…」
「頭では理解してるんだけど、感覚がなあ…」
俺があの時、思わず手を出してしまったのは、魔法世界での戦闘経験が原因だ。
特に以前、幽霊屋敷でゴーストと戦ったときは、色んな方向から攻撃してくるので、気づかぬうちに不意打ちに反射的に反応できるようになった。
当時はこれからの戦闘に役立つと、成長を喜んだものだが、まさかこんな形で後悔することになるとは…
「とりあえず、ユイと合流しようか。来ること報告してないからいないかもしれないけど」
「じゃあギルドに行ってみる?」
「そうだな。じゃあ行くか」
そう言って、俺たちはギルドに向かった。
ギルドに顔を出すと、何やらたくさんの冒険者が酒場を利用していた。
その中には、ハチマキを頭に巻いたユイが席についていた。
「あっ、ソラ!戻ってきてたんだ!」
「ああ、暇が出来たからな。で、今日は何かあるのか?やけに人が多いみたいだけど」
とはいっても、俺は平日の朝からここに来るのは初めてだから、平日は普段からこれくらいかもしれないが。
「あれ?知らないの?今日はヒカリちゃんが酒場で歌ってくれるんだよ!」
ユイは興奮した様子で教えてくれた。
それに対して俺は、新たな疑問をユイに問う。
「ヒカリって誰だ?」
だが、それをした瞬間、ユイは俺を何を言っているんだと言いたそうな目で見た。
「えっ?ソラってもしかして、ヒカリちゃんを知らないの!?あの超絶人気の、世界で知らない人はいないと言われてるヒカリちゃんを!?」
と言われても、俺はまだこの世界で過ごした時間はちょっとだけだしなぁ…
「一体ソラはどんな田舎で暮らしてきたの?」
東京と言う名の田舎だよ。
と言ってもわからないだろうから黙っていよう。
ユイは突然立ち上がり、俺にヒカリという少女について熱弁する。
「いい?ヒカリちゃんって言うのは、世界をまたにかけて活躍する冒険者なの!そして、訪れたギルドには必ず歌を歌ってくれるんだよ!」
「へえ…結構凄い人なんだな」
「それはもう!歌は上手いし、可愛いし、強いしで、完璧な女の子で憧れなんだよ!」
「そ、そうか…」
やばい、ユイの目がなんか本気過ぎて怖い…
そんなやり取りをしていると、ステージに酒場の店員が登壇した。
それを見た俺たちは、近くの椅子に座った。
「えー、長らくお待たせしました。これより、ヒカリちゃんのライブが行われます!皆さん、準備はいいですか!」
「「「おおおおおおおお!!」」」
店員の一言に周りの冒険者、もとい観客は、大きな雄叫びと言っていいほどの歓声をあげる。
そしてその中には、当然のようにユイも混じっていた。
その歓声が静まると同時に、青髪のショートヘアーに白いローブを身に纏った少女がステージにあがる。
あれがヒカリか…確かに可愛いな。
「みんなー!元気かなー!今日は私の歌を聴きに来てくれてありがとう!」
ヒカリの一言で、観客はテーブルが揺れるほどの歓声をあげる。
言うまでもないかもしれないが、ユイもその観客の中に混じっている。
「それじゃあ早速一曲歌います!聴いてください!」
ヒカリが歌うと言った瞬間、観客たちは一斉に静まり返った。
こいつら訓練されすぎじゃないか?
そんなことを考えていると、ヒカリの透き通るような歌声が全身を包んだような感覚が俺を襲った。
その歌声は観客全員を魅了した。
しかし、何だろうか?
何だか違和感を感じる歌声のような…
何だか、歌とは関係ない別の力が働いていると言うか…
そうこう考えているうちに歌が終わり、観客が大歓声をあげる。
ユイは…言うまでもないだろう。
すると、店員が箱を持ってステージ前に出てきた。
「では皆さん!歌の代金はこちらの箱にお願いします!」
店員の言葉に俺はぎょっとした。
こういうのって金とるものなのか!?
俺はユイの肩を指とトントンとつつき、小さな声で尋ねた。
「なあ、これ金払うとか聞いてないんだが、いくら出せばいいんだ?」
「いくら払うかは自由だよ。ただファンなら千ケルは余裕だね!」
「たけえよ!そんなに払えるか!」
円に直すと二十万じゃねえか!
ま、まあ料金は自由だってことだし、買いたい武器もあることだし、ここは二十ケルくらいにしておくか…
観客は料金を払いに前に出て、俺たちも後に続く。
人と人の隙間から見えたが、こいつら最低でも八百ケルは払ってやがる…
冒険者ってそんなに儲かるものなのか?
以前俺たちが行ったゴースト討伐は百ケルだった。
俺はここで生活してないから、生活費がどれほどかかるかはわからないが、とてもじゃないがそこまで貯めるにはよほどの大物を狩らない限り無理だと思うが…
と考えてるうちに、ユイが料金を払い終わり、残るは俺一人となった。
俺は二十ケルを小銭入れから取り出し、箱に入れようとしたそのときだった。
『五百ケル入れなさい…』
脳内にヒカリの声が直接聞こえてきた。
それに気づいた俺は、ヒカリの方を見る。
その表情は、歌っていたときと変わらない、柔らかな笑顔だった。
……ただの空耳か?
俺は疑問に思いながらも、二十ケルを箱に入れた。
だが、そうした瞬間に先程と同じ、ヒカリの声が脳内に直接響いた。
『五百ケル入れなさい!』
先程より必死さを感じる声だった。
この声、もしかしてさっきの歌が関係しているのか?
とりあえず俺はこの場を離れ、ユイと合流した。
「なあ、ユイ。金入れるとき、何だか変な声しなかったか?」
俺はあえてヒカリの名前を出さずに尋ねた。
「えっ?聞こえなかったけど、気のせいじゃない?」
ユイはそう答えた。
これはどういうことなのだろう。
料金が元々多く払おうとしてたから声を出さなかったのか、それとも俺をターゲットにしていたのか…
……そういうことは、本人に聞いてみるのが早いか。
俺はユイと別れ、外でヒカリが出てくるのを待ち伏せることにした。
ヒカリを待ち伏せてる間、パトにヒカリについて聞いておくことにした。
もしかしたら、何かわかるかもしれないと思ったからだ。
「うーん…僕は魔法を打ち消してしまうからそういうのは感じなかったな。でも、天が何かを感じ取ったのなら、何かあると思うよ」
「どうしてだ?」
「天がヒカリの歌声に違和感を感じたのはおそらく、魔力を込めていたからなんだと思う。それで観客を虜にして、金を絞り出す。ヒカリはそういったことを、繰り返し行っていて金を稼いでいたんだろう」
「でも俺は魔法に対する抵抗力が人より強いから、それが俺には効かずに、違和感だけ感じたと?」
「そういうことだね」
俺たちが話しているのは、あくまで推論でしかない。
もしかしたら俺の勘違いかもしれない。
だが、もし本当に人がら金を巻き上げているのだとしたら、見過ごすことは出来ない。
と、話しているうちに、ヒカリがギルドから出てきた。
「待て!ヒカリ!」
俺の声に気づき、ヒカリはこちらを見る。
「あれ?もしかしてさっき私の歌を聴いてくれた方ですよね?先程はありがとうございます」
ヒカリは俺に頭を下げてお礼の言葉を述べる。
……俺は駆け引きが苦手だ。
だから単刀直入に尋ねた。
「お前、さっきの歌声に細工をしたよな?あれはどういうことだ?」
俺の一言で、ヒカリの作り笑顔は完全に消えて、無表情でこちらを見る。
そして小さな声で一言。
「そうよ。さっきの歌は紛い物よ」
自分から、罪を認める発言をした。