第9話 これからの課題
バンジーとの戦いを終えた後、俺はギルドの医務室に運ばれた。
全治までは三週間かかるとのことで、それまではずっと魔法世界に居座ることになった。
おそらく両親には心配をかけるだろうが、まともに歩くことも出来ない状態で会っても、余計心配させてしまうだろう。
俺は医務室のベッドで寝ていると、部屋にパトが入ってきた。
「天、唯の様子を見てきたよ」
パトには科学世界の唯の様子を見てもらうように頼んでいた。
本当は直接見に行きたいが、こんな状態ではそれが出来ないので、パトに頼むことにした。
「ありがとうな。それで、どうだった?」
「大丈夫だったよ。すっかり元気になってた」
「そっか。よかった…」
俺は安堵の息を漏らす。
これでまだ呪いが解けてなかったら、また呪術者を探すところからやり直しだからな。それだけは勘弁してほしい。
それに、呪いにかかってるやつを見つける度に命懸けの戦いをしてたら、命がいくつあっても足りない。
「そういえば、聞いておきたいことがあるんだけど…」
「何?」
「バンジーが呪いを俺にかけようとしたとき、なにもしてないのにそれを弾いたんだけど、何か知らないか?」
「ああ、それのことか…特異点は魂を分離せずに一つにまとまってるから、他の人より強い力を秘めてるって言ったのは覚えてる?」
「ああ」
「魂には色んな力が交わって出来てるんだ。大きく分類すると、生命力と魔力の二つだけどね。そしてその魔力の中には魔法抵抗力も含まれてるからね。それが人一倍多い君は、並の呪術は効かないってことだよ」
「でもよ、魔法と呪術は別物じゃないのか?」
「いや、力の根源は同じだよ。それに呪術っていうのはあまりにも危険すぎて、人に多大な害を植え付ける魔法のことをそういうんだ」
「そうなのか」
つまり、呪術は魔法と大して変わりはなく、俺は人より魔法に耐性のあるから呪いは聞かなかったってことか。
だからバンジーの氷弾が俺の体に当たっても、完全に凍らなかったのか。
「なるほど、色々納得が言ったよ。ありがとうな」
「いいよ、お礼なんて」
俺は天井を見上げた。
「なあ、パト。世界が歪まなくなる方法って、何かないのかな」
「どうしたのさ、いきなり…それなら原因を解消すれば…」
「いや、そうじゃないんだ。歪みを解消する方法じゃなくて、歪みを生まない方法だ。それをするにはどうすればいいのかなって…」
「天、それが出来れば、苦労はしないよ…」
「そうだよな…」
そんなことが出来れば、俺より前の調律者がそれをやっている。
俺は大きなため息をする。
そんなとき、入り口の方から声が聞こえた。
「どうしたの?そんなに大きなため息をして」
声のした方を見ると、そこには革製の袋を持ったユイが立っていた。
「ちょっと考え事をしててな。で、お前は何しに来たんだ?」
「お見舞いだよ。美味しそうなリンゴ持ってきたから剥いたげる」
「おう、ありがとうな」
ユイは近くの椅子に座り、袋からナイフを取り出し、慣れた手つきでリンゴの皮を剥く。
「あれから体は大丈夫そうか?」
「うん、あれ以来体に異変はないよ。ていうか、今は自分の心配をしなよ」
「あはは、ごもっとも」
俺は苦笑いをする。
「で、体の方は大丈夫なの?」
「まだ大丈夫とは言えないな。感覚が戻ってないからな…」
「そっか…でも、よく生きてたと思うよ。あのバンジーの魔法、かなり強力だったもん」
「だよな…俺も死んだかと思った…」
いくら魔法耐性が並以上だからって、本来なら絶対死んでたからな…正直シャレになってない。
「はい、リンゴ切り終わったよ」
ユイが持つ皿の上には、ウサギ型に切られたリンゴが複数乗っていた。
「はい、ソラ。口開けて」
ユイはリンゴをつまようじで刺し、俺の顔に近づけてくる。
「えっ?いや、それくらい自分で…」
「腕の感覚、ないんでしょ?」
そうでした。
「ほら、あーん」
「あ、あーん」
ユイの差し出したリンゴをかじり、噛む度にシャクシャクと音が鳴る。
「どう、おいしい?」
俺は口の中のリンゴを飲み込んで、こう言った。
「うん。甘くてとってもうまいぞ!ユイも食ってみたらどうだ?」
「えっ?でもこれはお見舞いのために持ってきたんだよ?それを自分で食べるのは…」
「どうせ丸一個は一人じゃ食いきれないさ。別に遠慮しなくてもいいって」
「……わかった。それじゃ、いただきます」
ユイはリンゴにかじりつき、シャクシャクと音を鳴らず。
そしてゴクリと飲み込んだ後、こう言った。
「本当だ…これすっごくおいしい!」
「だろ?」
「うん!これならいくらでも食べられるよ!」
「……俺の分も残してくれよ?」
「…………………」
「おい、なんだその忘れてたと言いたそうな顔は」
「大丈夫だよ、わかってるよ」
若干棒読みくさいがまぁいいか。
「そういえばソラは怪我が治ったらどうするの?」
「まずは家に帰らないとな。両親が心配してるだろうし」
「そっか。両親はお見舞いには来てくれた?」
「いいや、両親はここには来れない理由があるから無理だろうな」
「来れない理由?」
「まあ色々あるんだよ。出来れば触れないでくれ」
「うん、わかった」
まるで両親が悪事を働いたみたいな言い方だが、それ以外の言い方が思い付かなかったのだ。
科学世界の話をユイにしても、きっとわかってもらえないだろう。
俺だって最初に魔法世界の話をされても、ドッキリだと疑っていたしな。
科学世界に連れていけるなら話は別だが、パトは以前、二つの世界の行き来は特異点にしか出来ないと言っていた。
となると、ユイを科学世界に連れていくのは不可能ということになる。
「まあ両親に顔を見せた後は時間を見つけてクエストに行くかな。とりあえず今の俺の課題は見つかったからな」
「課題?」
「ああ、まずは実践経験だな。バンジーと戦ったときも、ユイが助けてくれなかったら死んでたし…」
「そっか…」
「後は、心だな」
「心?」
正直言うと、調律者とか大層な呼び名をもらって、気づかないうちに調子に乗っていた部分が俺にはあった。
だから屋敷でのユイの言葉にイラッときたりしたのだろう。
だからその慢心をしない努力をしないと、いつか命を落としかねない。
「ああ、俺は今まで安全な世界で暮らしてきたからな。命を懸けるってことをまだ理解できてない…だから、それをちゃんと理解したいんだ」
「……よしわかった。それじゃあ私も協力するよ!」
ユイは椅子から勢いよく立ち上がり、そう言った。
「えっ?協力って何を?」
「今言ってたことをだよ!一人より二人の方がいいでしょ?」
「まあ、確かにそうかもしれないけど…」
「よし!それじゃあ決定!」
何で勝手に決めてんだと突っ込みたいが、まぁいいか。
俺としても、ユイが仲間ってのは、精神的な意味でも心強い。
「わかったよ。じゃあこれからもよろしく、ユイ」
「こちらこそよろしく、ソラ」