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エゴで産む  作者: おおせ
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心気症女が妊娠

「気が強い奴ってのは、気が小さいからね」

藍子はあたかも世間をよく知ってるかのような顔と話し方でフライドポテトをつまみながら言った。

同い年の沙耶に対して先輩風吹かせたみたいでちょっと恥ずかしいなとチラッと思ったけども、いつものことだ。

こんな自分が恥ずかしいと思う時もあるのに特に沙耶のようなほっとけないタイプの子の前だとすぐに姉御のような振る舞いをしてしまう。素直にそうなんだぁと思ってくれる人ならいいが「なんだよ、こいつ。偉そうに」と思われたらいたたまれない。ただのイタイ人だ。

でも達観したかのようにそう話すのは自分がまさに気が強く見えて気が小さい奴だから当事者なのだ。

だからこそ堂々とそう言うのだが、言った後に少し保険をかけたい気持ちになって「ま、私の周りではね」と付け足した。

「ん〜まぁ、そうかぁ」

沙耶はそんな藍子の言葉に嫌悪を示すでも納得するでもなく、どうでもいいような返事をしながらテーブル上の呼び出しボタンを押した。

藍子と沙耶は中学生の頃からの友達で、社会人になってからは1年に1回沙耶が帰郷して来た時に飲みに行く程度しか会えてない。

けれどもそんな関係でも10年も続いていれば「女の友情」としては御の字だ。

半個室の居酒屋の一角、お互いの近況報告が済んだ後で、沙耶の職場のお局の愚痴になっていた。

店員がのれんをめくり注文用紙を手に取ると沙耶は「生」とだけ言い、後は目配せと曖昧な手ぶりで生ビールの追加を催促した。

藍子は店員が去るか去らないかのタイミングでタバコに火をつけ「でもどこにでもそういう奴いるよね。ふしぎだよ、本当」と煙に眉をひそめながら言った。

少しクラクラする。久しぶりのタバコだから軽いやつにしたけどな。などと思いながらそのお局とやらを大層なラスボスではなくその辺にたくさんいる雑魚キャラの1人なんだと沙耶に伝えようとした。

「そう、だよね。でも本当いや!あ〜会いたくない!あいつがいるから仕事行きたくないんよ、まじで!!」

その辺にたくさんいる雑魚キャラの1人だとしても沙耶の世界の中ではそいつはただ1人で沙耶の前に堂々と立ちはだかっているらしかった。

そりゃそうだ。夜空を見上げてみんな自分はこの広い世界の中でちっぽけだと思うのに、朝が来れば自分と嫌なものとだけが大きく幅を利かせた小さな世界にまた引き戻されてしまう。

沙耶がキンキンに冷えたジョッキを店員から受け取り一口煽ると、またお局がどれだけ沙耶をイラつかせているかを語り始めた。

その時藍子の舌の付け根、口の右奥が疼いた。

(また出たよ。)

それまでそのお局の姿形や声や喋り方を一生懸命に想像しようとしていた藍子の思考は一気に舌の右付け根に集中し始めた。

舌の疼きは今日は一回もなかったから油断していた。

昨日は寝る前に出て来てまた藍子の安眠を妨害していたのだった。

藍子は沙耶の言葉に相槌を打ちながらもまったく耳には入ってこなかった。

沙耶の前で平然を装うのが精一杯で、そばにあった梅チューハイ飲んで舌の疼きを流しこもうと試みた。

疼きは一瞬無くなったような気がしたがまたすぐ、少し存在感を増して現れた。

舌の疼きに全ての感覚を奪われるが、それを沙耶に悟られまいと上手く相槌を打ち続ける。愛想笑いも忘れない。

「本当に、あの若いエリアマネージャーに気に入られたいのが見え見えなの!」

沙耶が呆れ顔をする。

(エリアマネージャー、、若い、、)

藍子は沙耶の言葉を聞き逃さぬように頭の中で拾い集める。けれども文章になって入って来ていない。

水槽に投げつけたボールが一瞬沈んですぐ不規則に浮かび上がって来るように単語だけがポンポンと浮かんでいる。

でも異変にはきっと気付かれてない。

こんな事は日常茶飯事だからだ。

けれどふいに発狂しそうになる。とっさにフライドポテトを手にしてそれを口に運ぶ。

フライドポテトを噛む事なく右の舌の付け根に刺すようにして押し付けた。

こうすれば疼きが少しはごまかされるような気がする。

けれどもさすがにこれは沙耶もおかしく思うかもしれない。変に思われる前にフライドポテトを咀嚼して沙耶の話に相槌を打つ。

いつも咀嚼している間はなぜか疼きはどこかに消え失せた。

消え失せている間に

(舌ガンなら仕方ないじゃない。受け入れるしか。そうだったよね。そう決めたんだった。)

その事を思い出し、お酒の力もあってかそれからは疼きの存在はどこか遠くへ消えて戻って来なかった。


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