92 現場
◯ 92 現場
「ぐだぐだ言わずに調査に向かうぞ」
ヴァリーは立ち上がった。
「分かったよ。ところで皆は旅行の荷物は、紙に書かれてた物だけ持ってきたの?」
「いや、自分用のマントを持ってきた。砂漠では寒さに耐えれなかった……」
ホングは着替えの他にマントを新調したみたいだった。荷物はヴァリーのリクエスト物を除けば一番少なそうだ。
「それ以外は着替えくらいだ」
ヴァリーは相変わらずだ。荷物は最初と比べて幾分か減って背負いのカバンと、大きめのボストンバッグが一つになっていた。代わりに僕とホングの荷物が増えてるけど、手に持てる範囲に収まってるのでヴァリーにしては頑張ってると思う事にした。
「そっか、分かったよ」
まあ、テントは前のマリーさんのがあるから最悪はそれを使おう。
「それから、これを渡しておくよ」
頼まれていた魔結晶作りのセットを渡してあげた。前に説明してあったので、二人は嬉しそうに早速、魔力を込め始めた。
どうして自分で買わないんだろう? 通販で売ってるって言ってあるのに……。そりゃ言われる通りに可愛い女の子向けっぽいページだけど、そんなの気にしなくていいのに。帰りもあの盗賊達と向き合わないとダメだし、準備はしておくべきだろう。
休憩の間にここのお金を振り分けた。通貨の基準はどうだろうか、それも地図のように騙されてる可能性がある。こっちでの服装に合わせて、現地の言葉で話さないと騙されそうだとホングが言った。現地の人というとまださっきの盗賊しか見ていない、あれを参考にすると僕達はかなり浮く。
「取り敢えずは町に向かう?」
「そうだな、情報を集めるしかないな」
「スフォラの地図だとここから一番近い町は、半日くらい歩いた先になってるよ。あの盗賊達の向こう側だけど。調査方向はこっちで、歩いて三日の距離ぐらいに町がある」
指さして方向を示して説明した。
「分かった。調査を優先しよう」
「良し、一日で行くぞ?」
「はあ、出たよ。無茶が」
降参とばかりに手のひらを見せてホングが溜息を付きつつヴァリーを見て言った。
「大丈夫だよホング、道は蛇行してるけど空を行くなら真直ぐ進めるし。休憩も考えたらそのくらいで着けそうだよ」
この地図が合ってれば良いけど……。もう夕方の時刻に迫っている、空高くから道を確認した後はスフォラに誘導して貰いつつ、夜の間も進む事にした。十分から十五分程飛んでは休んで、疲れが取れて来たらまた飛んだ。夜の間は飛ぶことにだけ集中した。二人とも速いから着いて行くのが大変だ。夜明け前に街の近くまで来たのでそこでテントを張って眠り、街には昼前に入った。
食料は僕の持ち込みの物が消費され、空いたスペースにヴァリーの荷物が入れられて行った。食料を出した後は、荷物をなるべく有効に詰めれるように頑張って整頓し、ヴァリーの手荷物のバッグは収納スペースの中になんとか収まった。その代わり僕に軽い手荷物が一つ出来た。持ち運びの収納スペースの小さなバッグ一つだと、ここの旅のスタイルから見ると怪しいので、調度良くなった。
街から出てくる旅人の姿を確認するとホングの着ていたマントと良く似ていたので、ホングが僕達用に街の古着屋でマントを買ってくる事になった。帰りには売れば良い。
「アキが一番浮いてるよ。染色されてる色も仕立ても綺麗で、ここの物と比べると全く違うものに見える」
マントを羽織っていたら、ホングが僕のラベンダー色のシャツにダメ出しをしている。アストリューでも、地球でもそうは思わなかったけど、ここでは普通じゃないみたいだ。確かにここの服装は茶色やカーキのアースカラーが主流だ。レンガ色の街には良くなじんでいる。
「でも、ヴァリーも目立ってるよ?」
「ヴァリーはまた違う意味で目立ってるな……何となくスタイルが良いし、華やかだ」
何となく納得した。目印の銀の焔が特にそうさせるのかも知れない。世界が変わるんだから、現地ファッションもチェックしておいた方が良いかもしれない。マリーさんも喜ぶと思い、街の人の写真を撮っておくようにしようか、とスフォラに相談した。
街での買物は食料品を買い込んで、店の人に調理法を聞いてみながら進んだ。図書館があったのでホングが一時間だけ……と言って入って行ってしまった。僕達もそれぞれ欲しい情報を探してみようと入場料を払って中に入ってみた。
調査対象のゼベキューガを図書館で見つけたが、挿絵と送られて来た絵とが全く違っていた。どう見ても詐欺な仕事だ。図書館の挿絵の凶悪そうな姿のゼベキューガは、鳥の体に獰猛そうな足の爪と禿鷹の様な頭部とコウモリの翼の怪鳥と言っても良い相手だった。三メートルはありそうな随分大きい鳥と書いてあった。
調査はこのゼベキューガが対象で、生息地のギューザフト山脈での様子を見る事だった。卵が孵る時季だからちゃんと生まれているか巣を確認するという物だ。……どう考えてもこっちの依頼書に付いていた可愛い鳥の姿には見えない。
僕は薬草辞典をぱらぱらと捲ってスフォラのデータに入れていた。その隣の植物図鑑も手に取ってさっきデータ化しておいた。ヴァリーにはここの地図を探して貰っている。
「どう? あった?」
「旅行記があった」
どうやら、目的のギューザフト山脈を旅した物だった。ゼベキューガの卵が美味しいと書かれているみたいだ。
「成る程、人間に乱獲されてるのか……」
「あ、でもこれ、飼う実験もしている人がいるって書いてるよ?」
「本当だな」
そこの行を指さして二人で読んでいった。親鳥のゼベキューガは二、三週間に一度卵を産み、雛が生まれるのは春から夏に掛けての間だと書かれている。それを利用して飼う実験を繰り返していると書かれていた。どうやら研究している人がいるようだ。
「このククントの町に寄ってみようよ」
「山脈の向こうだぞ?」
詳しい場所は書かれてないけど、そんなに山脈から遠くないと思うんだけどな。
「闇雲に山脈を彷徨うよりは健全だと思うけど?」
野生の巣を探すとなったら苦労しそうだけど、育ててるのならそこからたどった方が情報も揃ってるだろうから容易いはずだ。
「それに賛成だ」
後ろからホングが声を掛けて来た。
「ホング、何処にいたの?」
「こっそりと地下の通路を抜けた所に行ったら、地図があったがアキの地図の方が精度が良いから放って来た」
映像をホングの使ってるスマホのような端末で見せて貰ったら本当だった。それにここの国の中しか書かれてなかった。山脈は隣の国との境目で旅の難所だった。旅行記のククントがこれだとどこか分からない。
旅行記には移動用に崖を登るトカゲに乗って進むか、余裕があれば大きな鳥に乗って移動出来るみたいだった。鳥を使ったらそれだけで依頼分の半分の金額を使う。働けと言っているんだろうか……?
「トカゲで十日、鳥で三日って書いてるよ」
「他の手段がある事を祈ろう」
その意見には僕も心底そうあって欲しいと願うよ。
「この旅行記、三十年前の物だよ。何か新しい移動方法が出来てる事を祈るよ」
図書館を出る時に受付のお姉さんに、ゼベキューガの卵料理に付いてなにげに聞いてみたら、五年程前から隣の国で盛んに食べられている、という答えが返って来た。僕達は隣の国への良いルートを聞いてから、お姉さんにお礼を言って図書館を後にした。
僕達は予測を立てた。どうやらこのゼベキューガは、野生では少なくなっているが家畜化しているのではないかと。飼育が成功して食べられているのなら希望が出て来た。
山脈を通らずに海から隣の国に船で渡る事にした。僕達は地図を見ながら、港町を目指して飛んだ。三日後には到着して宿でしっかりと一日休んだ。船の方が定期便が出ていて安上がりだったし、海流に乗れば二日で隣の国に入れて山脈はそこの町から目と鼻の先だった。
「ククントの町が分かったぞ。山脈の入口だ。ゼベキューガの卵料理の発祥地だってさ」
ホングが嬉しそうに聞いて来た情報を取って来た。そこそこ有名みたいで、船で着いた先のリーンベイトの港町で情報はすぐに手に入った。
「じゃあ、そこに行って調査だね」
「そこの雛と卵と飼われてる様子を送りつけてやる!」
ヴァリーは悪い笑顔になっていた。
「出発は直ぐにした方が良いよ。帰りの船が明後日を逃すと、船の整備で十日後まで無いって聞いたよ」
「分かった。急ぐぞ」
「卵料理は美味しいかな?」
「それは味見をしてこないとダメだ」
「そうだね」
「やっと楽しくなって来た」
「旅はのんびりとが良いよ」
「確かに、追い立てられてる気分だった。でも、予想外だったな」
ククントの町はのどかな田舎町のまま、一つの屋敷だけが大きく発達した感じが見受けられた。七年程前に飼育が成功した後は、それをリーンベイトの港町の食堂に下ろして、生計を立て始めた町の変わり者達の家だと紹介された。その屋敷の前で追い返されたけれど、こっそりと忍び込んで卵と十羽程の雛と二十羽の親鳥の様子を映像に納めて港町に戻り、卵を下ろしているという食堂でその料理を食べた。
「野生のゼベキューガを調べろとは書かれてないから契約違反じゃないし、これで帰っても文句無いはずだよ」
港町の宿でホングは満足げに言って、報告書をまとめていた。
「そうだな、契約はちゃんとこなした」
「じゃあ、明日の朝は早いし、もう眠ろう」
欠伸を抑えきれずに僕が提案したら、二人とも笑っていた。次の日の朝、僕達は帰りの船に乗った。帰りの船は三日掛かったが、天気には恵まれたので楽しめた。魔結晶作りもしっかりやって準備も万端だ。そこからの帰りもなるべく急いで、クリッパーランダ入りしてから十六日目に、最初の森の神殿に到着した。が、盗賊達がいない。
「盗賊がいない」
「今のうちに転移装置を……」
僕が気配を感じてホングに黙るようにジェスチャーして、建物の影に隠れようと動いていたら、
「アキちゃん〜、無事だったのね〜? 心配したんだからぁ」
と、叫びながら木の陰からマリーさんが泣きながら出てきて、僕に抱きついて来た。いや、再会は嬉しいけど、顔をスリスリは髭が痛いから……。
「マリーさん、大丈夫だよ」
「また連絡が取れないからこっちに乗り込んでやったの〜。そしたら盗賊が出て来て襲って来たから返り討ちにして、盗賊の頭領の所で情報を聞き出してたんだけど、埒があかなくてむかついちゃって〜、全員絞めて反省させて来たわ〜。どこに行ってたの〜?」
僕は哀れな盗賊達の事は無視する事にした。ここの神に貰ったメモを見せようと思って出したら、字が消えていた。ヴァリーの持ってた依頼書も字が消えていて、怒りで顔が真っ赤になっているヴァリーになんて声を掛けて良いか分からずにいた。ホングもさっきから無口になるくらい不機嫌だった。
「何かおかしいね……。でも映像に撮っておいたから大丈夫だよ」
恐る恐るヴァリーに刺激しないように言ってみた。
「大丈夫よ〜、消えたってうちの組合なら、ちゃんと調べさせれば誤摩化しも直ぐに出てくるわ〜」
マリーさんの言葉通り、紙は大事に持って帰って調べて貰ったら、ちゃんと組合のチェックを通った後が付いていたので、正式な依頼書だと判明した。組合は字が消えているのはどういう事か、クリッパーランダに問い合わせていた。報酬もマリーさんが盗賊をやっつけたので、出すように請求したみたいだった。……それは契約には入ってなかったのでは?
まあ良いか、僕の仲間という事で。理不尽な対応には理不尽さを……なのかな? スフォラの映像の盗賊達の様子も組合に提出しておいた。クリッパーランダの信用度はがっくりと下がった。解決するまで管理組合は交流を受け付けないみたいだ。
「マリーさんは十六日も盗賊と一緒にいたの?」
アストリューの家で一息つきながら聞いてみた。
「盗賊の頭領と話をしてたのよ。クリッパーランダって名前よ〜」
「! ……そっか、しっかりお仕置きしてくれてたんだ」
「そうね〜、お尻ペンペンしてあげたわぁ」
「そうなんだ、ありがとう〜」
「もうしませんって約束してくれたわ〜」
僕はちょっと溜飲が下がった。それから反省文を見せてくれた。マリーさんは無事に僕達が出発したのを聞き出した後は、反省文を正座をさせて書かせたらしい。僕達が帰ってくるまで延々と……。
それでこの大量の反省文があるのか。盗賊の手下達の反省文の分もあるからすごい量だ。
ぷるぷると震えた手で書かれた字が並んでいるのを読んで、少し可哀想な気がしたけれど、もう少しで殺されてたかもしれないと思うと、このくらいはした方が良いかもしれないと思い直した。それに他の人が被害にあっていたかもしれないのだから……。
その後はレイが盗賊を仕掛けておくなんて、と怒って訴えていた。当然通ったけれど、向こうの神は無い袖は振れなかったらしい。そんな事だと思った。
どうやら不良債権というレッテルが貼付けられて、世界の半分の管理の権利を条件に、管理組合と共に世界の再生が行われる事になった。主に神界のだけど……。不良な神の采配で腐敗した世界になられても困るのだから。それで再生が出来ない時は、世界ごと解体されるかもしれないそうだ。世界自体はそんな風には見えなかったけど。
「まあ、ただの脅しだよ、本当に解体されたのは過去に十回だけだよ」
「あるんだ」
「そうだね、ケースは色々だけど辛い作業だよ」
「うん……」
想像出来ないくらい大変そうだ。
「今回は早めに手が打ててるから大丈夫だよ。スフォラの映像を見た感じ、あの世界に住んでる人の方がちゃんとしてるくらいだし」
レイが行き詰まった神界の再生は直ぐに終る、と言ってくれたのでちょっとホッとした。それはそれとして、現地の通貨は全部使ってしまったし、レイが訴えてもお金としては帰っては来なかったように、僕達には何も出なかった。新人として管理組合の直接の初仕事は散々に終った。
ホングとヴァリーは新しい依頼を受けて働いてるみたいだ。僕はサレーナさんにお昼を奢る事になっただけだった。僕の埋め合わせに何人かお願いしたから、と奢る相手が三人程追加された。でも無事に帰ってきて、美女達と食事が出来たのだから良いか、とやっと自分の中で今回の旅を締めくくる事が出来た。




