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90 意地

 ◯ 90 意地


 石階段を下りて連れて行かれた所はだだっ広い部屋で、高い丸天井の窓から月の光が入って来ていた。そこは月の衣の持ち主が集まる場所のようだった。少し説明を受けてからそこを通り抜けて、建物を幾つか通り、石階段を今度は上って豪華な彫りが施された扉の前に着いた。扉を開けて中に進んで行くと一つの部屋に入った。豪華なドレスやら色々な衣装が所狭しと並べられ、その中で五人もの女性が睨み合って話をしていた。その中の一人がヘッジスさんを見て、声を掛けて来た。


「お兄様。聞いて、ヨーコったら酷いの。あたしの見立てが悪いなんて言うの、なんとか言って」


「言ってた人間を連れて来た。取り敢えず見てからで頼む」


 げんなりした顔でヘッジスさんは妹さんに頼んでいる。……この状態は、さっき言われた月のベールの花嫁とかかな?


「アイス、ベールを貸してくれ……」


「はい……」


 ベールを渡したら、ヘッジスさんの妹さんは、後ろでにらみ合いながら話をしている中の一人の女性に見せていた。ドゥーフェスさんとヘッジスさんと三人で、そのまま隣の部屋に用意されてるカフェで待つ事になった。


「いきなり済まない。妹の友人が、衣装に合うベールが無いとごねて煩かった」


「大変そうですね、振り回されてそうですよ、大丈夫ですか?」


 ヘッジスさんの顔はさっきのやり取りだけで消耗した様子だった。ヘッジスさんは何とも言えない顔で視線を逸らしていた。


「……アイスの物がダメならしばらくは近寄らないでおく。もう無理だ」


 ……余程の騒動があったみたいだ。大人しく待つ事にしよう。どうやら、妹さんはここで衣装屋をやってるみたいで、ヘッジスさんの衣装も妹さんの見立てだという。

 そして予想通り結婚式があるのだそうだ。五人いた女性の内二人が同じ日に挙式するのだそうで、お互いが仲良さげにしつつも、ライバル心を燃やして、お互いより良い物を着けようとしての結果みたいだった。巻き込まれる方は苦労が多そうだ。


「気に入りますかね……」


「大丈夫だろう……あそこまでの手触りとキメの細かさ、癒しの効果が最大に付いて、ドレスに負けないでいてなお優美……だが、花嫁の方が喰われるかもしれない」


 ドゥーフェスさんが僕のベールを褒めてくれたが、アストリューではいわれた事が無い。光のベールは褒められるけど。


「そこまで知った事か」


 ヘッジスさんは知り合いを紹介しては断られ続け、残るは僕ぐらいしかいなかったらしい。月の衣の持ち主はそう多くなく困ってたみたいだ。僕のイメージ的には光のベールの方が花嫁って感じがする。

 そこに僕のベールを持って来てくれたヘッジスさんの妹さんをやっと紹介をして貰い、ベールを返して貰った。


「ごめんなさいねわざわざ……結局お兄様の物にしようって言ってるわ。これだとベールに負けてしまってドレスがダメになるって言うの。ドレスじゃなくて本人達だと思うけど……」


 肩をすくめてぺろりと舌を出して、妹のナミリルさんはこっそりストレスを発散しているみたいだった。


「いいえそんな、お役に立てなくてすいません。でも決まって良かったですね」


「ええ、本当に……。一緒に来ている家族の方も納得したみたいで、本当に良かった。でもこのベールは本当に綺麗……これに合うデザインを考えるから、ショーの時は是非ベールを貸してくれない?」


「ナミリル、アイスはここには頻繁に来れない」


 ナミリルさんが頼んできたが、ヘッジスさんが返事をした。


「そんな、折角こんなベールの持ち主なのに」


「無理だ」


「じゃあ、何でここに今日連れて来たのっ、結婚式だって来れないじゃない」


 へそを曲げてしまったヘッジスさんの様子に、ナミリルさんは半分怒って半分呆れた感じで責めている。


「諦めが肝心だ」


「確かにあのベールでは、自分達の方が霞むと気が付いたのか大人しくなったけど」


「いい結果だ。今のうちに全部決めれば煩くない」


「……そうね、戻るわ」


 何か思うところがあったのか、妹さんは急いで戻って行った。扉の向こうで気合いを入れる声がした。


「式は何時なんですか?」


「六日後だ」


「え、と」


「まだドレスが決まってなかったのか……」


「こんな無理難題を押し付けられても困る」


 確かに……妹さんも大変だ。突然ドアが開いて、女性がカフェに入って来て話しかけて来た。


「やっぱりさっきのベールが良いわ」


 後ろから妹さんが駆けつけてきて、その後ろから苛ついた女性が走って来た。


「抜け駆けは許さないわ。私が先よ?」


「何言ってるの、私が先に頼んだでしょ、今!」


「私が向こうでやっぱりあのベールにしたい、って言うのを聞いてからじゃないの、こっちに来たのは」


「私が盗み聞きしたとでも言うの? 人聞きの悪い!」


 睨み合いと罵り合いが始まった。とうとう仲良し仮面は剥がれた、とヘッジスさんが呟いた。うわ、これは……どうしたら良いんだ? 

 ヘッジスさんが無言で妹さんに目配せをした後、僕の手を引っ張ってカフェを走って出た。そのまま元の談話室に戻って息を整えた。後ろからドゥーフェスさんも遅れて談話室になだれ込んで来た。


「良いんですか?」


「あんなのに付き合えるかっ!」


 吐き捨てるように言って、後ろを確認していた。ここまでは追って来ていない。


「あの二人は別々の日に衣装合わせするべきだ」


 そうだね、それが基本だと思う。


「抜け駆けをさせない為に、同じ日にわざわざ予約するそうだ」


 ……そこまで何が駆り立てるんだろうか?


「結婚相手は?」


「とっくにあの衣装合わせには来ない」


「……大丈夫なんですか?」


「知らない」


 分かったのは、しばらくこっちには来ない方が良いという事だった。ほとぼりが冷めるまで、死神の組合には顔を出すのを止める事にした。

 ヘッジスさんはあの後、切れて彼女達に自分のベールの貸し出しを断ったそうだ。ドレスも断って良いとまで言ったそうで、それでやっと彼女達はおとなしくなった、と後でドゥーフェスさんに聞いた。僕のベールを付けるには中身が足りないとまで言ったらしいが、それよりも女性の執念は恐ろしいと思う。

 気に入った月の衣を見付けるまで結婚式の延期をしたらしい。妹さんがヘッジスさんに頼んでるみたいだけど、あの二人とは関わり合いたくないと突っぱねているみたいだ。

 君子危うきに近寄らず、当分はあの死神組合の印のドアは鬼門になりそうだ。


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