87 包容力
◯ 87 包容力
五月に入ってすぐのある日、呪符の時間経過に依る劣化の問題の解答を埋めて、基礎終了の為の試験は終わった。後は結果待ちだ。僕は学食に向かった。
学食横のサークルや、クラブの会員募集の張られている場所を通り過ぎた。この募集のやり方が変わった。職業、アルバイトの斡旋所の横に新しくサークル、クラブのメンバー募集受付の場所が出来た。募集の看板はそこと学食の両方に張り出される。張り紙は職員が管理し、一回につき一ヶ月間の張り出しのみと決まった。見やすくなったので良いと思う。
「千皓くーん、こっちー!」
沖野さんが手を振っている場所に向かった。
「あ、沖野さん、成田さん」
「おっ来たな。終ったか?」
「はい、なんとか」
「あ、加島さんだよ」
沖野さんはまた手を振って呼んでいた。後ろから木尾先輩も来た。今日は先輩の友人も何人か一緒みたいだ。挨拶が終って、基礎試験の結果を当然聞かれた。まあ、なんとか出来たと答えておいた。実技も緊張はしたものの、いつも通りの出来だったので大丈夫だと思う。
「クラスアップはいつでも受けていいけど、かなり勉強だよ〜」
「はい、色々講義を検討してます。なんか新しい講師の人が霊気を専門に扱う人みたいで、色々詳しく教えてくれるから勧められました」
進路相談の人が言っていたし、怜佳さんもいい人が入ったと喜んでいた。
「あ、それ、私も聞いたよ〜」
「美人の講師だって噂だ」
加島さんが横から残念そうな表情でそういった。霊気を扱えないとお近づきになれないから、木尾先輩も同様の表情だ。どうやら、美人の講師ということで、噂はあっという間に学園中の話題になったみたいだ。
「羨ましい」
木尾先輩に恨めしげに睨まれながらそんな事を言われたが、こればっかりはどうしようもない。
「千皓君と一緒に講義取ろうかな」
「はい、色々教えて下さい」
「逆だろう、愛美に良く教えてやってくれ。霊気というものの取扱を。こいつのは間違ってるから」
「相手を包むんだよ、愛の包容力ー」
「……絞め殺される」
どうやら妖気と霊気の合わせ業になってるみたいだ……。成田さんの乾いた苦笑いが張り付いた表情で何となく察する。
「女心は複雑なの」
沖野さんは普通に受け止めてるみたいだ。まあ、人の恋愛には口出しはしない方が良いというものだ。うん、黙っておこう。
「こつは力押しじゃダメだよ? そっと分からないくらいが良いって」
「そんなのつまんない〜、ちゃんとしっかり愛を受け止めて貰わないと」
「え、っと、霊気の話だよ?」
「そう、私の愛の力」
きらきらとした笑顔で返されてしまった。……沖野さんには同じなんだね。
「そっか、しっかり受け止めて貰ってるんだね」
「うふふ〜」
「鮎川、負けてるぞ?」
「……個性も必要みたいですし、磨けばスカイブルーが着れるかも?」
成田さんには諦めてもらおう。僕には説得は無理そうだ。思い込みは力だって良く分かったよ。
「愛の結晶〜?! 優基、頑張るね!」
一人ハイテンションな沖野さん以外は、学食を食べ終わっていた。
「ところで、神界でも夢縁よりちょっと前に組織の改革があったらしくて、その流れで夢縁の体制も変わったんじゃないかって聞いたんだ」
「本当ですか? 木尾先輩」
成田さんが驚いている。……というよりお金で単位が変えるなんて、不正がまかり通ってたせいだけど。
「ああ、間違いないみたいだ。この前、生徒規則本が新しくなっただろ?」
「ああ、折角買ったのに古くなって残念だ」
隣にいた木尾先輩の友人の園田先輩が、木尾先輩を恨めしげに睨んでそういった。制服の襟には星が五つ並んでいる。
「あの中に一つだけ納得いかない規則がある。猫とは仲良くしましょう、ってなんだ?」
友人の視線をさらっと流した犬派の木尾先輩は、ちょっと不満そうに言った。確かに書いてある。分かるよ、動物とは仲良くだ。ぼくが一人納得していたら、沖野さんが食べ終えたばかりのお皿をよせながら質問して来た。
「千皓君は猫派なんだね、バッジもそうだし」
「うん、家にもいるよ。三毛だけど」
「猫なんて、言う事聞かないし、頭悪いし爪で壁を掻くしちっとも可愛くないじゃないか」
木尾先輩、そんなことを言ったら降格処分か神罰が下りますよ? 密かにムッとしていたら、
「……これを書いた人が猫好きなんじゃないのか?」
と、加島さんが素朴に答えた。当たりだ。怜佳さんは無類の猫好きだ。っていうかすぐに分かると思うけど。
「……レイカ様の趣味か? 随分趣味を押し付ける神なんだな」
木尾先輩が本を見ながら苦笑いをした。
「猫は夢の案内人だからだと思うよ」
「あっ、それ聞いた事ある〜」
どうやら沖野さんが知ってたみたいだ。やっぱり、女性はこの手のことは詳しい。
「それで仲良くなのか? だからって……」
木尾先輩は僕の無言の視線に黙った。でも、まだちょっと不満そうだ。まあ猫を飼えとは書いてないのだし、このくらい良いんじゃないだろうか。
「猫は夢渡りを手伝ってくれると聞く。無下には扱うなとは金枠の生徒には常識だったが、実際は知らない」
と、加島さんがフォローらしき発言をしてくれた。
「事実かどうか分かってないなら、これは納得いかないな」
「書いてあるってことは事実ってことー?」
「そうだよ、ちゃんと夢で会えるよ」
お福さんとはアストリューにいても夢の中で会えるし、一緒に遊びに行っているし、時々は蓮華ちゃんとも会わせてくれる。勿論、宙翔とも会っていて、飲み会の連絡はいつも夢でされる。
「証言が出て来たか……なら、まあ受け入れても良いが」
やっぱり不服そうだ。確かにあれは一度やってみないと信じるのは難しいかもしれない。
「今度会いに行きますよ?」
「それは楽しみだ」
「ちゃんと反応して下さいよ?」
「わーい、千皓君が来てくれるんだー。いつも優基しか来ないから」
「行った覚えは無い」
「もう、このこのっ、照れ隠し〜。たまに一緒の夢見てるのにぃ」
「ち、違うぞ? 偶々だぞ?」
真っ赤な顔で成田さんは否定したが目が泳いでいる。
「沖野さんが押し掛けてるんじゃ……」
「っそ、それだ! 何か納得した。俺じゃない、愛美だ。か、勝手に来てるんじゃないぞ?」
「そんな〜照れなくても良いじゃないー。拗ねちゃうぞ?」
まあ、いちゃつき出したカップルは放っておいて、僕達はそれぞれ解散した。




