79 空気
◯ 79 空気
カシガナの木のつぼみがほころび始めた。薄紫の花びらが少し覗いている。紫月も暖かな春の日差しの下で楽しそうに歌いながら飛んでいる。カシガナの木は二メートル程の大きさに育って、しっかりと根を下ろしている。
ぼんやりと紫月とポースの歌を聴きながら、何と無しに空気に向かって悪い箇所を調べていた。
悪い箇所なんてないんだけど。……空気の形は分からなかった。ただ、歌声が良く聞こえる気がした。体感出来る感じ? 声の伝わる感覚を拾った。楽しい……。
体全体に伝わる振動はそんな感情を呼び起こしてくれた。伝わるのは喜びだ。楽しくて仕方ない感じ。ポースはもう少し強い感じがする。悪神にも負けない程の陽気さを持っているのだから、当たり前かもしれないけれど、闇を打ち払ってしまいそうなぐらいのものを感じる。本人は闇の力なのに変な感じだ。それともそれだから闇を巧く扱えるのかもしれない。ポースのやり方はそうなのだろう。
この振動は空気を伝わってくるんだ……止めたらどうなる? 声が止んだ。あ、なんかやらかしたかもしれない慌てて元に戻そうとしたが、紫月とポースがきょろきょろと周りを見ていて、歌声は元から止んでしまっていた。
「ごめん、何か間違ったみたいなんだ。歌を続けて……」
「なんだアッキか。悪戯はダメだぞ?」
「アキ、すごいよ? 声が消えたよ? どこに行ったの?」
目を輝かせて紫月が聞いて来た。
「うん、止めたんだよ。ごめんね? そんな本当に止まると思ってなくて」
「もう一回やって?」
「うん、そうだねじゃあ、なんか歌ってみて?」
声の振動を止めたり、全部を止めずに部分で止めてみたりしてみた。振動をまねて追加したらエコーのようになった。紫月はそれが気に入ったみたいで、何度もせがまれた。
「これはステージで映えそうだぞアッキ、もっと特訓してくれ!」
「確かにそうだね、音響にも力をもっと入れよう!」
その後は空気を圧縮して反響を利用したり、空気の層を作って音を籠らせたりと色々実験を繰り返した。レイが空から帰ってきて驚いていた。
「酷いよ、また楽しそうな事を独り占めしてーっ!」
空から抗議の声が降ってくる。
「だって、これはさっきからだよ? 独り占めじゃないよ。調度誰かに客席からの感じを見て欲しいと思ってたんだ」
「そうなの?」
僕とポースは同時に肯定した。
「そういう事なら任せてよ!」
直ぐに機嫌が良くなった。
「じゃあ、ポース、紫月始めてよ」
「良し、やるぞ?」
レイの注文は多かったけれど、良い所までは完成したと思う。
「後はちゃんと魔法でやろうね? アキ」
「ハッ」
仕舞った? またしてもおかしな方向からやらかしてたらしい。レイのニヤニヤ笑いが恨めしい。
紫月のアドバイスの通り肩の力を抜いて、変な力を込めずに魔法を使い出してからは割と良い感じに成長していた。相変わらず威力はないけれど、魔法を飛ばすのに威力が要らない方法を取ってからは、距離と威力は関係が無くなっていた。
空気と関係が良くなってからは、空を飛んでも風の影響を受けにくくなった。空気ごと飛んだら寒さも余り感じないし服も乱れなかった。でも皆の中ではビリだ。




