78 転化
◯ 78 転化
妹は明日の入学式を前に、鏡の前で制服のチェックに余念がない。今日は近くの公園で家族と花見だ。家のセキュリティーを、チェックし終えた神界警察の加藤さんを誘って、花見に向かった。桜が満開で綺麗だ。長居するとちょっと肌寒い。
こんな昼間に酔っぱらいの歌が聞こえる……。体が動かない? 隣を見れば、加藤さんも焦った顔で視線を動かしている。スフォラも通信が途切れているみたいで危険を訴えてくる。
妹が箸を持ったまま振りかぶって、母さんに突き立てた。母さんの口から悲鳴が上がった。父さんは自分の手首を抑えながら、妹の首に手を掛けようとしているのを、恐怖の表情で見ている。妹はまた箸を振り上げようとしていた。が、体が動かないうえに声すら出せずにいる。公園にいた人、全員が操られているみたいだ。
影の精神支配には同じ影の術を……僕は眠りの術を上から掛けた。家族と公園にいた人は争いをやめて大人しく眠った、加藤さんも眠ったが、僕はまだ動けずにいた。加藤さんの術を解除しようとしているが、うまくいってるのか分からない。スフォラが妨害を破って、なんとか連絡を取ってくれている。公園の外からガラスの割れる音が聞こえた。公園の外も影響を受けているみたいだ。
「私の術に干渉するとは、中々の使い手。だが、詰めが甘いよ?」
後ろから声がする。怖すぎて見たくはなかったが、勝手に首が動いて強制的に声の主の顔を見ることになった。
銀色の瞳と目が合った。痛いっ。向こうも何か嫌そうな顔を見せた。黒髪の高身長の女性が立っている。
「厄介な守りが付いてる……。その力は惜しいが、消した方が良さそうね」
大きな力を感じる。絡むようにしてこっちに向かって飛んでくる瘴気を感じながら、ぎゅうっと目を閉じた。加藤さんが間一髪で、なんとか目を開けて防護をしてくれたのを感じた。が、向こうの攻撃が強すぎて家族ごと飛ばされた。二時間も掛けた力作弁当が散らばって転がった。みんな無事だろうか?
ぼんやりと光る守りが家族を覆っているのが見える……良かった。加藤さんは腕が折れたみたいだった。また同じ様な瘴気が飛んでくる。なんとか闇のベールを皆の分まで広げる。
今度は目は閉じなかった。皆を守らないと。ベールはすぐに千切れてそのままどこかに投げ飛ばされた。ベールは直接の攻撃には弱かったけど、瘴気は防いでいるみたいだ。スフォラの防護も少しは効いている。ぐらつく視界に活を入れながら、体だけでも起こして相手を確認する。光のベールの上にもう一度闇のベールを張る。加藤さんが今度は倒れて動けていない。
「ふん、少しは出来るのかと思ったが、弱い」
「あなたは誰?」
相手の力の高まりを感じつつ尋ねてみる。ポケットの中の術を跳ね返す為の魔結晶は壊れていた。あの攻撃をもう一度受けるのは無理だ。
「そんな事は聞かなくていいわっ、雑魚がっ」
もう一度、銀の瞳の女性の力が頂点に達して今にも飛んでくるという時に、紅い炎が斜め後ろから割り込んで来た。そして蒼い炎が後ろにさがった女性を狙っていたように飛んで来た。それを女性は間一髪で更に下がって避けていた。
「そこまでよ〜」
マリーさんの声がした。良かった、蒼史と紅芭さん、黒服の死神が揃って攻撃を始めていた。
「もう来たのか。確かに早いな……」
器用に飛んでくる攻撃をかわしながら、背の高い女性は何か呟いていた。
「ティラン様こっちです!」
聞き覚えのある声が聞こえた。そっちを見ると、タキが簡易の転移装置を用意していた。女性は一香と同じように瞬きの間にそこに行って、直ぐに通って行ってしまった。
緊張が解けたせいかそれとも瘴気のせいか分からないけれど、そのまま気を失ったみたいだ。
「目が覚めましたか?」
「はい、メレディーナさ……」
僕は言いながら、倒れる前の事を思い出して飛び起きようとしたが、メレディーナさんに抑えられてしまった。
「ご家族は無事ですわ、落ち着いて下さい。アキさんの守りのおかげもあって、お母様の傷も大したことありませんでした」
「本当?」
「ええ、ご心配ありませんわ」
メレディーナさんの微笑みで少し落ち着いた。
「アキの眠りの術は癒しだからね、すぐに掛けたのが良かったよ。心の傷は深くないよ」
「他の皆は?」
「公園にいた人達も大丈夫ですわ。外の方々は軽傷でしたし、心配要りません」
「……良かった」
「それよりもアキさん。無茶をしましたね?」
「そうだよアキ、幽体がばらけそうだったよ? 治すのに苦労したんだからね? ただでさえ変なのにまた拍車がかかりそうだよ」
レイが唇を尖らせてぶつぶつと文句を言ってくるが、それってどういう状況だろうか? 分からない。こっちでは一週間も寝てたみたいだ。向こうでも一日、経ってることになる。町では色々と暗示をかけてあちこち修正しているみたいだ。
「加藤さんは?」
「大丈夫だよ。あのくらいは向こうでもしっかり治してるよ」
「良かった」
「今日はこのままここに泊まって貰いますね?」
「はい」
あのティランと呼ばれてた女性はタキと一緒にいたから、ヘラザリーンの部下だろうか? 何しに来たんだろう……。考えていたけれど、急に眠くなってそのまま眠ってしまった。レイが何かしたみたいだ。
「マリーさん泣いてるの?」
神殿のベッドの横で、マリーさんが目を腫らして何かを見ていた。
「アキちゃん目が覚めたのね? 良かったわ〜」
「うん。どうしたの?」
「アキちゃんの頑張りを見てたの〜」
どうやらスフォラの映像を見ていたらしい。僕ももう一度見てみた。反省するべきところは沢山あった。先に闇のベールで影の精神支配を絶てば良かったんだ。今頃気が付いても遅いけど、こんな経験はないのだから仕方ない。守られてばかりではこういう時に動けないんだね。
「ベールの中から話しかけてるのね、ちゃんと聞こえてるから新しく追加されたのかしら〜?」
「あれ? そうだね」
気が付いてなかった。小さな変化があったみたいだ。試したら、任意で僕の声を外に伝えれるみたいだった。
「小さい変化だけど、外へと向けた力は大きいわ〜」
「そうだね、外の皆に声が届くね」
「そうね〜、また実験してみましょ。前の闇のベール越しに掛けた眠りの魔法みたいに、良い結果が出るかもしれないわ〜」
あれは内側にいる人にしか効かなかったけど、今度は外に向けても出来るかもしれない。一人だけを眠らせるのに、ベールで覆わないと眠りの術が効かないのはちょっと使えないと思ってたけど、外に向けてなら役に立つと思う。っていうか本当は癒しの術のはずなんだけど……。どうしてこうなったんだろう?
マリーさんに連れられて、アストリューの家に戻ったら、紫月とスフォラが出迎えてくれた。妖精達は眠ってる時間だった。ポースが面倒を見てくれてたみたいだ。
「スフォラ、修理は済んだの?」
「とっくに済んでるぞ、全く分体がガタガタに壊れてたぞ? どんな攻撃を受けたんだ」
「えーと、こんなでこんな感じ?」
身振り手振りで説明してみたが、白い目で見られただけだった。すいません。
「マシュも映像を見たんでしょ〜?」
「見たが、威力があるのは分かった。何が違うか分からん。映像が近すぎて殆ど映ってないだろうが?」
「錐揉み状かしらねぇ、近いのは」
「回転し過ぎだな」
「そうともいうわねぇ、ぶつかると大変よ〜」
「想像したくないよ」
「ぶつかって来といて何言ってる! 吹き飛んで来ただろうが?」
ものすごく馬鹿にした顔で見られてしまった。打ち所が悪かったんじゃないのか、とマシュさんの目が言っている。
「そういえばそうでした」
ぶつかる度に、良く分からない方向に飛ばされたような気がするよ。そうか、スピンさせすぎ状態か……。バラバラになりかけるのが分かった気がする。
画面越しの董佳様はかなりぴりぴりとした様子で、話しているこっちまでその感じが移りそうなくらいだった。どうやら、タキ達は転移先からまた違う場所へと飛んだ後、異世界へと空間に穴を空けて出て行ったみたいで、色々と後始末が大変だ、と思い切り睨まれながら話された。僕が空けたんじゃないから睨まないで下さい。
それでも警戒態勢から厳戒態勢への早い切り替えが功を奏して、穴は直ぐに塞げた為に広がって手に負えなくなる事も無く、処理出来て良かったみたいだ。無理矢理の移動跡は管理組合が辿って場所を特定したらしい。
今はそこの世界はかなり揉めてるみたいだ。いきなり流通から異世界間の移動全てをストップされたからビックリしているみたいだ。
でも、厄介ごとがいきなり来たら何処もそんな感じになると思う。死神達が今は捜索中みたいだ。捕まると良いけど……。




