61 月光
◯ 61 月光
「さて、出発しようか……」
夕暮れに目が覚めたので、テントを仕舞って歩き出した。星明かりで結構見える。灯りは無しで行く事にした。この体の目がそういう目なんだろうか? 風も殆ど無いのでゆっくりと砂を踏みしめて進んだ。
「結構寒いね」
上着を着ていても寒いくらいだ。闇のベールを服の上から被って進んだ。寒さも砂も気にならなくなった。少し進んで方向を確かめ、星を眺めながら夕飯を食べた。
「すごく綺麗だね。アストリューとも全然違うし、月があんなに大きい」
月の光で蒼い闇に見える……。ヴァリー達は大丈夫だろうか。明日の朝に竜が飛んでこなければ、何かあったとしか言えない。食後は少し休んで、また進み始めた。
砂の中に生物がいるのは何となく分かる。いつも植物に囲まれて過ごしているせいか、周りに何もいないと余計に感じるのだろうか。分からないけれど、ちゃんと命がある。こんな環境でも生きていけるんだ。考えたらそれもそうか、この環境に合わせて生まれてるんだ。
パウダー状の砂を出しててなんとなく思ってた、こんな無機質の物を作り出せるんだって。この世界ごと作った神がいるのだから当たり前かと、今思った。
そして仮の命の蝶を思い出す、ああ僕もあの蝶なのかなと、術にはそんな事は書いてなかったけれど、ポースの言葉は確かにその通りだ。今、真似事をしているんだって何となく感じる。
砂を持ち上げると指の間からこぼれていく……月明かりにきらきらと銀色が反射して綺麗だ。宝石なんかよりも綺麗だと思う。風に揺らめいて光を動かす姿は綺麗だ。レイの世界を綺麗にの意味が分かる気がする。こんな僅かな光でもこんなに蒼くて綺麗なんだ、昼間の色の着いた世界はもっと輝いてて綺麗だと思う。……暑いけど。
「ねえ、スフォラ。砂漠には何もないと思ってたけど、色々あるね。……すごく綺麗だ」
すごくシンプルで、それでいて複雑な世界を見ていると思う。この砂を泳いでる生きもの達を感じながら進んで行く。時々、星を見て進むが足が痛い。砂の上を歩くのは大変だ。まだ、夜半くらいだ……しばらくうつぶせで倒れていよう。これ、重力だよ。水の中のように浮力は働かないのかな?
スフォラはどうやって飛んでるんだろう。風の魔法でもなかったな。この下に引っ張られてる力のせいだよね、体が重いのは……疲れてるのもあるけど、なんか飛べるような気がして来た。ひっくり返って星を見ながら重力を感じていた。目を閉じて水の中の感じを思い出す。うん、浮いたね?
スピードはなかったけど飛んでる。歩いてるよりは早いかな? もっとかっこ良く飛びたいけど、これは練習だね。ふらふらと飛びながら進んだ。スフォラが応援してくれている。幽霊らしい特技が出来た。何か岩が見える。
「よし、あそこに向かって飛ぼう!」
いや、引力はあっちから来るとかどうだろうか? お、スピードが上がったメチャ早い、早すぎっ! そこで引力の事は考えられなくなった。すぐに砂の上に落ちた。重力も戻ったみたいだ。うーん、なんか分かったぞ? 目標はあった方が良く、闇雲に浮いてるだけだと進みにくいみたいだ。調整しながら飛んで岩にゆっくり着地した。出来た?
スフォラが賞賛を送ってくれている。うん、あんまり難しい事は考えずに飛んでみよう。ただこんな力があるって感じだ。
「……そうだねそろそろ食べておこうか」
練習してたらスフォラから栄養を取るように言われた。確かにお腹が空いたかもしれない。岩の上でサンドイッチを食べてたら、マリーさんから連絡が入った。通信が戻ってる?
「アキちゃん〜、元気〜?」
「うん、元気だよ? そっちに連絡出来なくて……繋がったんだね?」
「そうなのよ〜、何か第二皇子派と第七皇子派とで揉めてるらしいの、でも本人達の意志を無視して周りだけの騒動みたいね〜」
マリーさんには事が伝わってるみたいだ。
「ヴァリーから連絡あったの?」
「ないわよ〜、連絡が取れなくなってたから、そっちの神に連絡したの〜」
「ここの神様の所?」
そっか、神様経由か。……なら、やっぱり御家騒動なんだ?
「そうよ〜。メレディーナとも仲良しだから問題ないわ」
どうやら何か知らないうちに故障に見せかけて、連絡を取れないようにされてたみたいだ。犯人を捕まえるのに少し時間が掛かったみたいだった。どうやら神殿内部でも派閥争いが行われているそうだ。
「そっか良かった。悪神がまた出たのかと思っちゃったよ」
「そっちは心配ないわぁ。で、今は何してるの? 砂漠〜?」
僕はホング達と別れた話をした。
「まあ〜、ヴァリーが渦中の第七皇子? それは避けれないわねぇ」
「そうだよ。皇子の申し出を断って良いの? マリーさん」
別れた時、ヴァリーがショックを受けていたなと思い出した。
「勿論良いわよ〜、そんなめんどうくさいの嫌よぉ」
確かに、自分の身に置き換えたら嫌かもしれない。……友達じゃなかったら避けてるな。
「分かったよ。僕、さっき飛べるようになったよ」
新しい魔法を使えるようになった事を言ったら、マリーさんが画面の向こうで意外そうな顔をした。
「本当〜? おかしいわね。そっちは砂とか火とかが、出来るようになると思ったのに〜」
「え?」
「周りを見てるの〜?」
眉根を寄せて疑いの目で見ている。何を疑ってるんだろう?
「み、見てるよ? それで飛んでるんだけど……」
「まあ良いわ、ちょっと飛んでみてよ〜」
「うん」
僕は飛んでみせてみた。良い感じに飛んでると思う。さっきの岩の所に降りて感想を聞いたら。
「魔法は?」
「え? 違うの?」
「また逆よ〜、もうっ知らないんだから〜!」
通話が切れた。えー、マリーさん? 何で怒るんですか。……確かに魔力を使ってない。いや、レイも逆だったと言っていたから多分問題ないと思う。そんな事を考えてたらレイから今度は連絡が来た。
「やあ、アキ、飛べるようになったって? 今度、一緒に空の旅に行こうね?」
「うん、ありがとう。さっきマリーさんが怒ってたみたいだけど、大丈夫かな?」
「あー、大丈夫だよ。アキが次にどの魔法を習得するかで賭けをしてたからね、全員はずれたよ」
「そんな事してたんだ?」
何だそれは、心配して損したよ。
「まあ、ね、でも魔法じゃなくてまた世界と繋いだね。そっちの方が簡単だけど、魔法も頑張らないとダメだよ? 全く違う世界もあるんだ、魔法でしか動かせない所もあるからね。こっちに帰ってくるまでに魔法で飛ぶ練習もやってみると良いよ」
「分かったよ」
確かに、魔法で飛ぶ練習も必要かもしれない。レイとはそれで通話を切った。ホング達に連絡を入れてみると繋がった。
「そっちは大丈夫?」
「ああ、魔結晶のおかげでなんとかなったよ。でももう壊れた。連絡が取れるようになったんだな、故障だったのか?」
ヴァリーの声はちょっと疲れてそうだ。魔結晶がもう壊れたんだ? 何したんだろう……。横からホングの声もするけど内容は分からなかった。誰かと話してるみたいだ。
「そんなみたいな感じかな? 僕も聞いたけど良く分からなかったよ」
故障に見せかけるってどうやったんだろう? まあいいか。二人とも無事で何よりだ。
「済まないな、まだ迎えには行けそうにないんだ」
なんだか取り込み中みたいだ。こんな夜中に周りがバタバタしている音が聞こえる、何かあったんだと思う。
「大丈夫だよ。少し魔法の練習もしてるし、それに連絡取れてるから心配もちょっと減ったよ」
「確かにな。じゃあ、明日も一人で頑張れるか?」
「大丈夫だよ、ヴァリー。ホング気を付けて」
「そっちもな」
そこで通話を切った。スフォラに方角を見て貰って空に向かって飛んだ。ベールがないと夜の飛行は寒そうだな……。早くなったと言っても竜程は早く飛べない。十分程飛んだら休憩だ。あまり効率は良くないのかな、次は魔法で飛んでみる事にする。でも、やり方が分からない。うーん、魔力をどう使うんだろう?
「んー?」
魔力を外に伸ばして砂を持ち上げる。引力だから僕と砂両方に引き寄せるいや、僕に向かって引き寄せる。魔力を飛ばしてまた引き寄せる。来た?
「これだと超能力みたいだね?」
うん、これで行こう。僕を運ぶ魔法で良いんだ。最初のふらふら飛びよりも酷い、ぐらぐら飛びで進んで行く。……何時墜落しても不思議はない。低空飛行で飛びながら進んだ。三分くらいで力つきた。最初はこんな物かもしれない。
でも、効率が悪過ぎる。三分飛んで一時間休んでるし、しかも歩く速度くらいしかない。次は魔法とは違う方法で飛んで遅れを取り戻そう。
「うーん、まだ街は見えないね」
スフォラも励ましてくれていて、今はなんとか歩いている。朝が来たけれど迎えは来ない。人くらいの高さの岩があったので、その影にテントを張って軽く食べてから眠った。昼間の暑さで目が覚めて、水を飲んで喉を潤した。体もべとつくので外に出て裸になって体を水で洗い、ついでに着替えをして服を洗っておいた。一時間ぐらいで岩に干してた服がすっかり乾いていた。
昼間は岩陰も小さくなってテントに直撃だ。暑くて寝てられない。岩影が動かないかな? ……出来るはずだ。闇の魔法だし……ぴくりとも動かない。諦めて素直に闇のベールをテントにかけて涼しさを確保した。うん、これでよし。お休み。




