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5 緋蝶

 ◯ 5 緋蝶


 ひたひたと裸足で白い闇の中を歩いている。赤い蝶が毒々しい鱗粉を撒きながら追いかけてくる。一匹が二匹になり、三匹……数える事が出来ない程になり、真っ赤に視界が埋め尽くされる。何処からか恐怖の記憶を呼び覚ませと声が聞こえる。

 考えたくないと拒否をするけど、次々と記憶が戻ってくる。初めて誘拐され三人の犯人に囲まれた時、瘴気の固まりが迫ってくる時、ボヤ事件の映像を見た時、ハンシュートさんに殴られた映像を見た時、ちょっと多すぎるのよと困惑した声、池田先輩に首を絞められた時、一香と目が合った時、間直で鼓膜が破けそうなくらいの高い悲鳴が聞こえた。

 目を開け、飛び起きたら隣で見知らぬ女性が悲鳴をあげていた。僕はそのあまりの激しい悲鳴に驚き、自分も一緒に悲鳴を上げている事に、気が付いていなかった。お互いに目が合って、更に悲鳴を上げる僕達の部屋の壁が大きな音を立てて崩れて、何かが侵入して来た。後ろの窓から漏れる光で大男のシルエットが浮かび、こちらに歩み始めたのを境に、僕達は仲良くまた悲鳴を上げた。


「あ、マリーざん」


 逆光で見え辛かったけど、よく見るとマリーさんだった。隣で悲鳴を上げていた女性は更に悲鳴を上げていたが、マリーさんが近寄ったら、気絶してしまった。


「なによ〜、人の顔見て気絶するなんて、なってないわ〜」


 マリーさんはかんかんに怒っていた。僕は涙を拭きながらその様子を見ていた。ふと壁のあった方を見ると、隣の部屋で眠そうに目を擦っているレイが見えた。直ぐに部屋のドアが叩かれ、伊奈兄妹の声がした。マリーさんがドアを開けて中にいれていた。その後、直ぐに玄関で案内をしてくれた人が慌てて駆けつけて来た。


「お客様、大丈夫……」


 壁の穴を見て固まっていた。うん、分かるよ。マリーさんドアを使おうね、今度から。

 可哀想に女性は口から泡を拭き、痙攣したまま気を失っていた。大丈夫だろうか……。次々と館の従業員が集まっては、観光協会に連絡だとか医者をとか部屋の工事をとか色々混乱していた。



「大丈夫ですか?」


 気絶した女性はファルーラさんと言って、この館の専門のスタッフだった。悪夢を見せて驚かす予定で、更にその人の怖がっているものを調べる係だった。


「……失態を、御詫びします。余りにも大量の恐ろしい記憶が来たので、取り乱してしまいました」


 まだファルーラさんは半泣きの状態で、びくびくしながらこっちを見ていた。マリーさんとは目を合わせようとはしなかった。何となく気持ちがわかるけど。


「……なるほどね〜。よく考えたら、アキちゃんは怖い目に一杯遭ってるものね」


「ふうん、一香と目が合ったのが一番ダメだったのか。さすがにここの住人も、あの邪気の持ち主に睨まれたら怖いよね」


 レイが心を読んだのか、そんな事をサラッと言うと従業員達の顔色がぐっと悪くなった。その様子をちらりと横目で確かめつつ、目の前のカツラをかぶった人に向かってレイは話し始めた。


「まあ、こっちも壁を壊しちゃったし、おあいこでしょ。あの穴はそれで良いかな?」


 首を傾げてニッコリ微笑んで聞いている。


「う……そ、そうですね。ではそのように致します」


 話しかけられたカツラの観光協会の纏め役員の顔色も悪かった。なんせ、首が半分千切れて無いのだから。じっと見てたら気が遠くなりそうなので、そっちの方向はなるべく見ないようにした。


 仕切り直しで、部屋を移ることになった。新しい部屋で暗くなって来た空を眺めながら、余り眠れなかったとぐったりとしていた。紫月も僕の悲鳴で目が覚めてしまい、ちょっと不機嫌だった。

 日が沈むまで時間があるので、お風呂に浸かって気分を直そうと浴室に向かった。栓をして蛇口を捻ったら、赤い液体が噴き出して来た。血?

 館にまたしても悲鳴があがった。悲鳴を上げた従業員が見たのは、白目を剥いて浴槽に沈んでいる僕の姿だった。服を来たまま浴槽に沈んだ姿が殺されたかのようで、つい悲鳴をあげたのだそうだ。

 いや、発見してくれて嬉しいよ。驚かせたのは悪気があったんじゃないんだ。その前に血の浴槽の幻覚で気を失ってただけで……。夕食の準備が出来たので呼びに来てくれたのに、悪い事をした気分だ。

 僕以外の全員が笑いを堪えきれずに、肩を震わせていた。もう、顔から火が出そうだ。


「何時から喜劇の館になったんだろね」


 レイが目の端に涙を溜めながら言う。


「アキちゃん、素質があるんじゃない? ここでアルバイト出来るわよ」


 悲鳴をあげた従業員の後ろを歩きながら、マリーさんは肩を揺らして声を抑えつつも笑っていた。


「確かに」


 蒼史まで口元を隠しつつも、笑いをかみ殺せていない震え声で言った。


「兄さん、それは失礼ですよ」


 紅芭さんは苦笑いだが、その台詞も胸にグッサリ刺さるくらいは僕は落ち込んでいた。どんよりとした従業員の様子が痛々しい。


「スフォラ、あの場合は起こしてくれていいんだよ?」


 僕はスフォラの教育をする事にいした。まあ、確かに生きていたらあの状態だと危険だけれど、既に死んでる身では少々勝手が違う。首を傾げているスフォラに、今度は浴槽内で気絶したり眠りこけたら起こして貰うことにした。まあ、本体と繋がってない今の状態だと無理かな……。

 その様子を見ていたのか、また全員の背中が震えていた。そんなに笑わなくても……ちょっとした失敗じゃないか、拗ねるからね?



「この度は失態続きで申し訳ございません。こんな事はこれまでは無かったのですが……いえ、これからは気を引き締めサービスをさせて頂きますので、御気分を御直し下さい」


 館の主の役である夫婦が頭を下げた。この蒼刻の館の支配人らしかった。夜になり、事態を聞いて一度お詫びを、とご丁寧にも頭を下げてくださったのだった。他にもお客さんがいらっしゃるという事で、食事の前に小部屋で待っているときにご夫妻が駆けつけてくれた。

 そんな二人に謝罪された後に案内されたのは、大広間での立食式のパーティーだった。やっぱり薄暗い。こんな普段着で良かったのかな? と思いつつ楽しむ事にした。どのみち浴槽からの直行だし、ずぶぬれじゃないだけましだと思う事にする。

 マリーさんはちゃんとドレスだった。レイもなんだかいつもより派手目でしっかりした衣装な気がする。蒼史も珍しく蒼いネクタイのスーツ姿だし、紅芭さんはリトルブラックドレスだ。赤く揺れるピアスが印象的だ。

 いつも通りにスフォラ頼りのマナー誘導で切り抜けつつ、会場の壁際に立った。よく見ると天井にコウモリが何匹もぶら下がっていて、黄色い目が光っていた。料理はどれも気持ち悪そうだし、ジュースも真っ赤な色で、血を見て倒れてた僕は口をつけても良いのか迷っていた。

 紫月とスフォラは天井の本物のコウモリ達を見て興味津々で、紫と水色の目を凝らしてじっと見ていた。

 ジュースは匂いを嗅いだら、普通に甘い匂いがしたので恐る恐る味見したらイチゴ味だった。う、砂糖入れ過ぎだよ、甘すぎる。直ぐに水を貰いに行った。料理も恐る恐る試してみたが、見た目が目玉の形だったりと、グロくて味が濃いだけで材料は普通だった。直ぐに胸焼けがして食べるのを止めた。

 バルコニーに行って外に出たら、春の空気が気持ちがよかった。ここはこんなにどんよりとしていても、今は春なのだと説明を受けた。

 気を抜いた瞬間に、紫月が首筋に噛み付いた。幽霊の体に血は通ってないと思うんだけど、何か吸っている。マシュさんが言うには、エネルギーを貰ってるんだろうとの事だった。

 ごめんね、血のある体じゃなくなってと思いつつ、視線を感じたので振り返った。そこには赤い唇の横に小さな黒子のあるセクシー美女が立っていた。


「あら、コウモリごときに先を越されるなんて、興ざめだわ」


 と、不機嫌そうに言って、パーティーの方に戻って行った。話している唇の隙間から牙が見え隠れしていた。吸血鬼族だったみたいだ。血を吸うのは幽霊からもだったんだろうか……謎だ。確かに紫月は吸ってるけど。いやそんな事よりも、美女とのふれあいを逃した方が痛いかもしれない。


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