27 荷物
おおきなおせわ
◯ 27 荷物
ホングの住んでる世界に旅行だ。そこのルールでは僕は物品扱いだった。スフォラがメインの幽霊付きと見なされ、荷物扱いだったのだ。軽くショックを受けつつも、インテリジェンスアイテムとしてマーロトーン世界への入口を通る許可を得た。
荷物検査の順番待ちで他の荷物と一緒に紛れて待っていたら、何処からかくぐもった声が聞こえた。何か助けを求める声だ。近寄るとやっぱり助けてと聞こえる……。でも何処か分からない。
「誰かいるの?」
「おおー、天の助けか地獄の使者か? 何でも良いからちょっくら助けてくれ〜」
「何処〜?」
「下だー」
目線より下には荷物しか無い。カバンに何かごちゃごちゃとした物が縛り付けられていた。それを持ち上げてみたら、水がぽたぽたと漏れていたが別に誰もいない。
「ひー、濡れるのは勘弁してくれ……」
カバンから声がする。
「カバンが喋ってる?」
「何だと。違う、下だ! 下敷きになってたんだ、ゆっくり裏返して助けてくれ〜」
「あ、ごめん」
僕はカバンをひっくり返した。蓋が緩んだ水筒があったので、蓋を閉めて持ち運び用の収納スペースからタオルを出して荷物を拭いた。
「いやー、助かったぜ。俺様は濡れるのが大ッ嫌いだからな」
と、魔導書だというポカレスさんは喋った。表紙が少し濡れていたけれど、他は大丈夫そうだった。確かに水は大敵だと思う。かなりぼろぼろで、飾りに付いてる赤い石とかヒビが入ってるし……中のページもちょっぴりはみ出している。
「ポカレスさん……」
「おっと、助けてくれたんだ、ポースで良いぜ?」
「本当? 僕はアキだよ、ポース」
「お、アキか……よし、アッキだな」
僕は縛られてたカバンと色々な荷物を綺麗に整理して、水筒には新しく僕の分の水を入れてあげてしっかりと蓋を閉めておいた。
「ところで人間の場所はここじゃないはずだぞ、アッキ」
「うん、何かインテリジェンスアイテムに分類されたんだ」
「なんだ? そうは見えないがホムンクルスか? かなり精巧な造りだな、名のある奴の作品か?」
「マシュさんが作ってくれたんだよ。まさか荷物扱いにされるなんて思ってなかったよ」
「仕方ないさ、俺様でさえこんなところに押し込まれて水害に苦しんでるんだ、もっと大事にしやがれってんだ」
「そうだね、しかも持ち主は整頓が出来なさそうだね……」
「そうなんだよ、聞いてくれるか。これまで千人ぐらいは持ち主が変わったが、奴が一番扱いが酷い! 変な魔法薬やらが零れた机の上に平気で広げやがって、俺様の体が変色しちまってカッコが付かねえ!! 新しい体を作れと言ってもさっぱりだ」
声の調子で怒っているのが分かる。随分感情豊かな魔導書だ。
「酷いね、ちゃんと意識があるのにそんな事されたら」
「そうさ、分かってくれるのはアッキぐらいだ。同じインテリジェンスアイテム同士、仲良くしようぜ。また会えると信じてるぜ! またな、アミーゴ!」
どうやら、順番が来たみたいで、ポースがゆっくり消えて転移し出した。
「うん、その時はよろしく! ポース」
なんか陽気な魔導書さんだった。またいつか会えそうな気がする。
ホングの出身地は見た事無いくらいめちゃくちゃ大都会な場所を通り過ぎて、のんびりした雰囲気の田舎の町だった。大都会から離れる度に乗り物が原始的になり、最後は動物の背中に乗っての旅になった。落差が激しい。
「ビックリしたろ? ここら辺り一帯は開発はされないから、のんびりしてるんだ」
都会のど真ん中の教会にホングは迎えに来てくれていた。どんどん田舎になって来てるのを苦笑いしながら案内してくれている。
道は舗装されてなくてぬかるみがあったり、岩がむき出しになっていたりとかなり不便だ。空飛ぶ乗り物はここでは使われてないみたいだった。
「うん、都会とは全然違うね。こっちの方が落ち着くよ」
「そうか? あそこだけさ、ここの世界が発達してるのは。他はみんなこんな感じだ。あそこに近寄れるのは選ばれた者だけだよ。僕も余り出入りしてない……組合の拾ってくれた人が良かったんだ。一度こっちの教会に登録したら今度からこっちに直接来れるから、そうすると良いよ」
足の長い動物が岩を跨いでゆっくりと進んだ。ダチョウの様なガチョウの様なよくわからない動物にまたがって、ホングと一緒に進んで行く。この道では馬車とかも無理そうだ。
「それは助かるよ……ヴァリーはもう来てるの?」
「いや、あいつは明後日に来るよ。良い仕事が入ったみたいで片付けてから来るってさ」
「そうなんだ、頑張ってるんだ」
「新人の内に色々やっといた方がいいからね。所属がはっきり決まったら動けなくなるし、失敗してもまだ許されるから。アキもそろそろどこに行くかは決まったんじゃないか?」
「うん、大体は……。植物とかそっちの方だよ」
「そうか、僕達とは全然違うな……」
「そうだね、まだはっきりとは決まってないよ。それに、色々やる事があるし。ところで部長にこの植物とこの動物を調べるように言われてるんだ、ホングは分かる?」
ホングにメモを見せた。ザハーダさんが来たときにマーロトーンに行くと言ったら、後から磯田部長にこの植物と動物の生態を調べてこいとの命令があったのだ。
画像と、大まかな記録を送って良かったらマーロトーンに持ち出しの許可を取るから採取し、動物は捕獲して持って帰って来いとの事だ。その為の機械やらを色々持たされていて、持ち運びの収納スペースに全部詰めてある。
「これはそこら辺に生えてるよ。あれだ」
そう言って、ホングが指さした場所に頼まれてる植物があった。事前に送られた映像と同じだ。
「あっ…良かった。ホングの家の近くにもある?」
「あるよ、そこで取った方が良い。この動物は知らないな……後で調べてやるよ。仕事か?」
「そうなんだ。マーロトーンに行くって言ったら、部長に頼まれちゃって……」
「使えるものは何でも使うのがうちの組合だからな……」
ホングは苦笑いしながらも納得の表情だ。取り敢えず、一つはクリアだ。その後6時間かけて進んでやっとホングの住む町についた。お尻が痛い……腫れて無いと良いけど。
後で聞いたら近道を通ったみたいで、荷物が多かったらちゃんと舗装された道を通って、帰ってくるつもりだったみたいだ。その道を使うと通行税が掛かるし、丸一日掛かるくらい大回りするそうだ。
無闇に道を作って環境破壊するよりは良いのかもしれない、と思っておこう。アストリューも道が少ない。最も、道が要らないくらい転移装置があちこちに設置されてるけど。
ヴァリーは一度こっちに来てるので、近所の教会に現れるみたいだ。いつの間に……。
その日はホングの家族と一緒に夕食を囲んだ。母親とお兄さんお姉さんがいて、お兄さんが結婚しているのでその家族とで、大人数だった。父親はおらず、母子家庭で育ったとホングが話してくれた。家族同士、近所に住んでいて仲がいいみたいだ。
「ホングが出て行って、都会で頑張っているから、家はなんとかこの大人数でも助かってるのよ」
ホングのお姉さんが、久しぶりに帰ってきた次男に微笑みながら話した。どうやら、ホングは都会で働いている事になってるみたいだ。舞台は異世界間だけど実際にあそこに部屋を借りてるそうだ。僕でいうところのアストリューの家みたいなホングの本拠地だ。
「そうだ。後は早く嫁さんを貰って、落ち着かないとな」
「ぶっ、兄さん……」
「あの、泣き虫だったホングが、立派になってこうして友達を連れて帰ってきてくれるなんて嬉しいよ。彼女ならもっと良かったんだけどねぇ」
母親の言葉でホングの顔は真っ赤だった。
「出来ればいい子がいたら紹介してやってくれないかい?」
ホングのお母さんに頼まれてしまった。
「はあ、頑張ってみます」
と言っても、僕もまだいないのに……一緒に探すしかないか。
「良かったじゃないの〜、ホング、友達は大事にするのよ?」
お姉さんに言われて目を逸らしまくっている。まあ、ヴァリーがもてそうだから、そっちで紹介をして貰えばいいかな。
「分かってるよ」
ホングのインテリな感じが台無しだった。まあ、家族といるとそんなものかも知れない。
僕達は町の宿で部屋を取ってあるのでそっちに向かった。ただでさえ大所帯なので、眠るスペースが確保出来ないのだ。
宿はめちゃくちゃ近所だ。ワンブロック離れた位置で通りのすぐそばだった。しかも知り合いみたいで、知り合い価格で泊まらせて貰っていた。
「ホングは教会で働いてたの?」
家族との話でそんな話題が出て来たのだ。
「ああ、そうなんだ」
「へえ……どういう仕事?」
お互いベッドの用意をし終わってから話を始めた。
「……見せ物だよ。嘘か本当かわかる力を使って教会が実権を握る為の……駒というかまあ、そんな感じだったんだ。でも、異世界間管理組合の人に拾ってもらってからは良くなったよ。教会とも距離を置けるし、ちゃんとこの力を使って自分の意志で仕事も出来る。まあどのみち、僕は他の見目の良い同じ力の人が出て来たからお払い箱だったんだ」
「そうだったんだ。いい人に会えてよかったね」
「ああ、あのまま腐っていたら今の場所には行けなかったよ。この世界は家族ぐらいしか未練も無いしね」
苦笑いしている。
「……苦労したんだね」
どうやら、ホングの落ち着いた感じは、ここでの苦労のせいみたいだ。
「まあね、ところで何で体が変わってるんだ? 何があった」
「……わかるの?」
ついでのようにサラッと聞かれたので、これはバレてる?
「やっぱりか。いや、何となくな……カマをかけたんだが」
と、思っていたけれど、ホングは驚いた様子でそんな告白をしてきた。そんな……。
「そ、そうだったんだ?」
慌てたが口に出したものは引っ込まない。
「さて、吐いて貰おうか? 大体なんで髪がそんなに伸びてるんだ? アストリューだからっていきなりそんなに伸びないと思ったんだが、違わなかったな」
追求の眼差しと興味の入り交じった笑顔で迫って来た。ど、どうしよう……さすが審判を目指すだけある?!
「えーと、守秘義務で、いいかな?」
「……本当か?」
「うん、本当だよ。その、ちょっと死んじゃって……この体になったんだ」
「はあ? ちょっとって。馬鹿かっ!!」
マジ切れされてる……。
「いや、まあその……仕方ないだろ?」
「どうして、そんな平気なんだっ、自分の命だろっ!? 全く、ちょっと目を離した隙に友人を亡くすなんて……いや、いるけど。……何か複雑だ」
「う、ごめん」
ホングは爪を噛みながらイライラしている。眉間に皺を寄せて何か考えている。
「その処置が研修員にされるってことは、闇落ちの関わりがあったって事だな……確か規約にそんな事が書いてたから。それで守秘義務か? ……その顔は当たりだな」
思いっきり当てられて動揺していると、勝手に何か話しを進めて推理していった。さ、さすがだ。審判に今からでも成れそうな勢いだ。内心冷や汗ものだったりするのでもう、追求はそのくらいにして欲しい。
「ホング?」
しばらく黙りこんで、動かなくなっていたので話しかけてみる。
「……ああ、すまない。考えたら一番辛いのは本人と家族だな……」
切れた事を謝ってくれた。
「家族とは会えてるから大丈夫だよ」
僕がそう話したら、意外そうにして聞いてきた。
「そうなのか? 随分緩い感覚の世界なんだな……そうか、なら良いんだ。良かったよ」
「へへ、心配してくれたんだ? ありがとう」
頷いた後、笑って答えた。確かに死にたては辛かったけど、今は大丈夫だ。
「ヴァリーにもバレるかな?」
「どうだろ、あいつは意外と剛胆で大雑把だからな。気が付かれたら話すぐらいで良いんじゃないか? 気が付くかどうか賭けてみるか」
「賭けるって……」
「明後日に来るから、その後の四日間のうちに気が付くかだね……んー、昼ご飯を賭けるのでどうだ?」
「わかった。どっちに賭けよう……バレないに賭けるよ」
「じゃ、僕はバレる方だ」
ホングはにやりと笑った。ま、負けないぞ。そのまま眠って、次の日が来るまでぐっすり眠った。旅の疲れが出たみたいで夢も見なかった。




